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第19話「砕けた鏡の残響」

Author: ちばぢぃ
last update publish date: 2026-03-20 20:30:48

鏡が完全に砕け散った瞬間、部屋は深い沈黙に包まれた。

無数のガラスの破片が床に散らばり、それぞれが弱い青白い光を放っている。破片の一つ一つに、記憶の断片が映っていた。幼いシュウが父に抱きついている姿、タクミと初めて出会った日の笑顔、カナエがテニスラケットを初めて握った瞬間、ケンタがボールを蹴り上げた瞬間、リナが泣きながらスケッチブックを抱えていた姿――すべてが、バラバラに散らばりながらも、微かに息づいている。

シュウは膝をつき、震える手で一番大きな破片を拾い上げた。

破片の表面に、父の顔が映っている。静かに微笑み、こちらを見つめている。

父の幻影「……シュウ」

声は、もう録音ではない。ガラス越しに、直接響いてくるような、生々しい響きがあった。

シュウ「お父さん……本当に、ここにいたんだ」

父の幻影は、ゆっくりと頷いた。

父の幻影「俺はもう、体を持たない。ただの記憶の残滓だ。でも、お前がここに来てくれたおかげで、少しだけ……繋がりを保てている」

タクミが後ろから近づき、シュウの肩に手を置いた。声が掠れている。

タクミ「高槻の声……さっき聞こえたよな。あいつ、まだ生きてるのか?」

父の幻影の表情が、わずかに曇った。

父の幻影「高槻は、鏡の中に自分の意識を分散させた。俺の記憶をコピーし、利用して……この地下全体を自分の『脳』にしようとしていた。お前たちが装置を壊した時、ほとんどの部分は失われたが、一番深い部分――この鏡のコアだけは、残っていた」

シュウは破片を強く握った。ガラスの端が手のひらに食い込み、薄い血がにじむ。

シュウ「じゃあ……この破片を全部集めれば、高槻の意識も消せる?」

父の幻影は静かに首を振った。

父の幻影「集めれば、俺も消える。お前が一番大切にしていた記憶も、すべて失われる」

タクミが息を飲んだ。

タクミ「それって……シュウの父さんの記憶だけじゃねえってことか?」

父の幻影「そうだ。この鏡には、星見にまつわるすべての忘れられた記憶が封じられている。五人分の、誰も話さなかった本当の記憶が」

部屋の床に散らばった破片が、一斉に弱く点滅し始めた。

破片の一つから、カナエの幼い声が聞こえてくる。

カナエの声「……私、テニスなんかやりたくなかった。本当は、みんなと一緒にいたかったのに……」

別の破片から、ケンタの声。

ケンタの声「……レギュラーになりたくて、友達を置いてった。ごめん……」

リナの声も、かすかに響く。

リナの声「……あの夜、倉庫で一人で泣いてた。本当は、みんなに置いていかれたと思って、死にたかった……」

シュウの瞳が大きく見開かれた。

シュウ「みんなの……本当の気持ち」

父の幻影「高槻は、これを利用しようとしていた。忘れられた記憶を暴き、子供たちを狂わせる。だが、お前が鏡を割ったことで、記憶は解放され始めた」

タクミが周囲を見回した。破片の光が、徐々に強くなっている。

タクミ「解放って……どうなるんだ?」

父の幻影「記憶は、持ち主の元へ戻る。でも、戻りすぎれば……心が壊れるかもしれない」

シュウは立ち上がった。手のひらから血が滴り落ち、床の破片に赤い点を落とす。

シュウ「どうすればいい……お父さん、教えて」

父の幻影は、静かに、しかしはっきりと答えた。

父の幻影「鏡のコアを、完全に壊すな。一つだけ、赤い星の破片を残せ。それが、高槻の最後の意識を封じ込めている。お前がそれを手元に置く限り、高槻は完全には蘇れない」

シュウは床に散らばる破片の中から、赤く輝く一つを探した。見つけた瞬間、その破片だけが強く脈打った。

シュウはそれを拾い上げ、ポケットにしまった。

父の幻影「……よくやった」

声が、徐々に遠ざかっていく。

父の幻影「シュウ、俺はもうすぐ消える。でも、約束は守った。お前は泣かなかった。誇らしいよ」

シュウの目から、初めて涙がこぼれた。

シュウ「お父さん……行かないで」

父の幻影は、最後に優しく微笑んだ。

父の幻影「泣くな。星を見ろ。星見の空は、いつもお前を見ている」

父の顔が、ゆっくりと薄れていく。

最後に、父の声だけが残った。

父の声「タクミ……シュウを、頼む」

タクミは拳を握り、声を振り絞った。

タクミ「……任せろ」

父の幻影が完全に消えた。

部屋の破片の光が、一斉に弱くなり、消え始めた。

残ったのは、シュウのポケットの中で小さく脈打つ、赤い星の破片だけ。

タクミがシュウの背中を支えた。

タクミ「シュウ……大丈夫か?」

シュウは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。

シュウ「大丈夫……じゃない。でも、進まないと」

二人は砕けた鏡の残骸を背に、来た道を戻り始めた。

背後で、残った破片が、最後の光を放ちながら、静かに砕け散っていく音がした。

階段を上る途中、シュウはポケットの中の赤い破片を握りしめた。

まだ温かい。

まるで、父の心臓が、まだそこに残っているかのように。

地上への出口が見えてきた。

だが、出口の向こうで、何かが待っている気配がした。

足音ではない。

もっと静かで、もっと深い――

誰かの、息遣い。

シュウはタクミと顔を見合わせ、静かに頷いた。

星見の地下は、まだすべてを明かしてはいなかった。

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