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2.言い訳

last update publish date: 2026-10-15 20:31:04

あの浮気現場を目撃して、数日。

私は今日まで、ただただぼんやりと何事もなかったかのように、職場と家を往復する日々を送っていた。

そして、ふと頭をよぎる彼らの幸せそうな姿に、何度も何度も心を沈ませた。

ーーーだが、それも今日で終わりだ。

何故、私があんなアイツらのことで、ここまで落ち込まなければならないのだ。

今の状況に嫌気が差し、限界を迎えた私はついに衝動のまま全てに決着をつけようと、太一の会社へと押し入った。

急に現れた私に太一は驚いた様子を見せたが、すぐに社内の応接室へ案内すると、困ったように眉を下げた。

「真波、急にどうしたんだよ?連絡もつかないし、ずっと心配してたんだぞ?」

私の頬に触れる太一から、微かに知らない女性ものの香水の香りがする。

気持ち悪い。

他の女の…杏子の香りを漂わせて、平然と嘘を吐くとは。

「真波?」

いつもとは様子の違う、黙ったまま視線さえも合わせようとしない私に、太一の瞳は心配そうに揺れた。

…なんて、上手な演技なのだろうか。

腹立たしくて仕方ない。

こんなにも優しい顔して、私を裏切っていたのだ、太一は。

「…杏子と浮気してるでしょ」

やっと、私から言葉が発せられる。

冷たく静かなその一言に、太一は大きく目を見開いた。

「…浮気?俺が?」

「そうよ」

あり得ない、と言いたげな太一に、私は迷うことなく頷く。

すると、そんな私に太一はおかしそうに笑った。

「杏子って、真波の友達だろ?俺がその子と浮気って…。冗談にしては笑えないけど?」

「冗談じゃないわ。わかっているんでしょう?」

私たちの付き合いはもう5年だ。

私の表情を見れば、冗談を言っていないことくらいわかるはずだ。

私の様子を見て、ようやく本気だと悟った太一は、やがてこちらを安心させるように優しい表情を作った。

「真波…。俺は浮気なんてしていないよ。俺には真波がいるんだから。だから不安になって、連絡できなかったんだね」

柔らかくそう言い、太一が私の頭をゆっくりと撫でる。

けれど、その細められた瞳には、杏子を見つめていた時と同じ熱はない。

反吐が出る。

「太一に電話した日、私、太一の会社の近くのデパートに行ったの」

静かに紡がれ始めた私の言葉に、太一の瞳がわずかに揺らぐ。

「一階の化粧品売り場で全部見たのよ。『三嶋夫人、本日は何をお探しでしょうか?』ってね」

私はそんな太一に冷たい表情のまま、戯けたように店員の真似をして見せた。

先ほどまで私を気遣うように見つめていた太一の瞳には、もうそのような余裕は残っていなかった。

明らかにそこには焦りが宿っている。

私に見られていたなど夢にも思っていなかったのだろう。

「…き、聞き間違いだろ?三嶋夫人って…。あの子とは確かに会っていたけど、それは真波へのプレゼントの相談で…」

「へぇ。聞き間違い…?三嶋夫人は聞き間違いなの。じゃあ、キスしていたのは何よ」

「キ、キス…?してないよ、そんなこと。どうして俺が…」

「してたわよ。額と唇にね。昼間から人前で。これも見間違い?」

「そ、そうだよ。キスなんて、しないよ…」

私に責め立てられて、どんどん太一の声が弱くなっていく。

呆れた。

言い訳ばかり並べて、それが私に通用するとでも思っているのか。

この状況で。

「私に〝トラブルが〟なんて嘘ついて、杏子と楽しくデートしていたのね。最低」

私の強い言葉に、太一はついに黙ったまま俯いた。

もう、言い訳さえも言えないようだ。

どうするのだろうか、と太一の動向を窺う。

すると、太一の肩が小刻みに揺れ始めた。

「お前が…、お前が悪いんだろ」

太一から吐き出された小さな声に、自分の耳を疑う。

コイツは今、なんて?

「そもそも浮気されるようなお前が悪いんだろ?お前には、杏子みたいな可愛げがないんだよ」

バッと顔を上げ、こちらを射抜かんばかりに睨む太一の瞳には、もう先ほどの弱々しさはない。

文字通り、「悪いのはお前だ」という感情が前面に出ている。

いや、悪いのはお前だろうが。

何故、この状況で私を責められると思っているのだ。

「可愛げもなければ、甘えもしない。女なのに、男を立てようともしない。女としてどうなんだ、お前。そりゃ、浮気したくもなるだろう?可愛い女にさ」

めんどくさそうに表情を歪め、何度も吐かれる否定の言葉。

「…はっ」

あまりにも最低すぎるその姿はいっそ清々しく、思わず笑ってしまった。

こんなやつに、私は大事な時間も気持ちも費やしてしまっていたのか。

太一は親がいくつも会社を持つほどの家の出。

自信家で男尊女卑が強い部分もあるとは思っていたが、ここまでだとは思いもしなかった。

そう思った瞬間には、私の体は自然と動いていた。

ーーーパンッ!

太一の不快な声だけが響いていた室内に、乾いた音が鳴り響く。

気がつけば、私は手のひらで太一の頬を思いっきり叩いていた。

「もういいわ。私たち、これで終わりにしましょう」

「…っ!」

太一が驚いたように、こちらを見つめている。

そして、自分が何をされたのか理解すると、怒りに表情を歪めた。

「おっ、まえみたいな女!こっちから願い下げだ!この暴力女!」

叫ぶ太一に、これ以上伝える言葉などない。

私はさっさと彼に背を向けると、部屋をあとにした。

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