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名門御曹司様の契約婚約者。〜なのに、なぜか囲われています〜
名門御曹司様の契約婚約者。〜なのに、なぜか囲われています〜
Auteur: 朝比奈未涼

1.浮気

last update Date de publication: 2026-10-15 20:27:51

ーーークソ野郎。

私は心の中でそう吐き捨て、煌びやかな扉を睨みつけた。

あの扉の向こうで、もうまもなく結婚披露宴が行われる。

それも数ヶ月前まで結婚を考えていた私の元恋人と、かつて親友だった女の、だ。

あんなやつらと、間違っても関係が続かなくて本当によかったと心から思える。

…が、傍から見ると私は26歳にして、親友に恋人を寝取られた負け犬だった。

そんな状況、誰が受け入れるものか。

だから私は元恋人よりもうんと素敵な男を用意した。

全てはこの状況を覆す為に。

*****

人生最悪の日。

それは何の変哲もないとある休日のことだった。

ジュエリーショップに勤務する私、須藤真波(すどうまなみ)には、5年付き合っている2歳年上の恋人がいる。

彼の名は三嶋太一(みしまたいち)。

彼は親の持つ会社の一つを任されている、いわゆる社長だ。

忙しい太一と予定を合わせることはなかなか難しい。

その為、私は彼との時間を少しでも作るために、時間ができるとよく彼に電話をかけていた。

「太一?今日休みだし、買い物でも行かない?私、今、太一の会社の近くにいて…」

『…あー』

スマホ越しに聞こえてきた太一の声は、明らかにテンションが低い。

それだけで、今日は難しいのかも、と察してしまう。

『ごめん。ちょっと今、トラブルが起きてて…。離れられそうにないんだ』

残念そうな太一の声音に、わかっていても胸が締め付けられる。

太一は悪くない。

ただ一生懸命、社長として仕事をしているだけだ。

わがままを言っているのは私の方なのだ。

そうなんとか自分に言い聞かせていると、ふとスマホの向こうから人々のざわめきのようなものが耳に届いた。

まるで私と同じように、人混みの中にいるような音が。

「後ろすごく騒がしいね?大丈夫なの?」

『あ、ああ。そのトラブルについて、ちょうど今、白熱してて…。これ以上は…』

歯切れの悪い太一の返答と背後の騒がしさに、何となく会社内の混乱が伝わる。

心配だが、これ以上は迷惑になるだろう。

「わかった。無理はしないでね。また行こう」

こうして私は名残惜しく思いながらも、早々に太一との電話を切り、スマホを鞄へと入れた。

太一と一緒ではないのは残念だが、こればかりは仕方ない。

買い物なら1人でもできる。

私は目的地だった太一の会社のすぐ近くにあるデパートに着くと、早速化粧品売り場へと向かった。

慣れた足取りで進む先に、親しげな男女の姿がある。

カップルだろうか?

羨ましい…。

そう思うと同時に、何故か彼らに見覚えがある気がした。

背の高い男性の右腕に、まとわりつくように抱きついている小柄な女性。

男性は女性の額に口づけを落とすと、そのまま今度は愛おしげに唇を重ねた。

昼間から公衆の面前で何を…と、呆れてしまうのだが、やはり、どうしても視線を逸らせない。

…あれ?

アッシュブラウンの髪に整った顔立ちと優しげな表情の男性。

ーーー間違いない、あれは太一だ。

さらにその隣にいる黒髪の女性は、私の親友、松本杏子(まつもとあんず)だった。

え?

見間違いだろうか?と、自分の目を疑うが、やはり視線の先にいる彼らは太一と杏子に見える。

「…っ」

やっと目の前にいる彼らの正体に気づくと、私は言葉を失った。

バクバクと心拍数が上がる。

太一は会社にいるはずだ。

こんなところにいるはずがない。

それも杏子とあんなふうに。

居ても立っても居られず、私は近くの物陰に身を潜め、息を殺して確かめるように2人を見つめた。

すると、ちょうどそのタイミングで売り場の責任者らしき女性が杏子に丁寧に声をかけた。

「三嶋夫人、本日は何をお探しでしょうか?」

三嶋夫人…?

何を言っているの?

店員の女性から出た言葉が信じられなくて、頭が真っ白になっていく。

しかし、そんな私の様子など知る由もない杏子は、照れくさそうに微笑んだ。

否定など一切せずに。

「今日は新作の口紅を少し見たくて…」

「かしこまりました」

まるで杏子こそが、太一の妻であるかのように、話が進んでいく。

杏子の隣にいた彼も店員の言葉を受け入れ、穏やかな笑みを浮かべている。

そして杏子を見つめる彼の瞳はどこまでも優しく、愛情を隠そうともしていなかった。

眩暈がする。

今目の前で繰り広げられる全てが受け入れられない。

信じられない光景に、私の世界は脆くも崩壊した。

ガラガラと音を立てて。

「私、次はあそことあそこのが見たいな」

「いいよ。好きなだけ見よう」

「やったぁ。太一、大好き」

「俺もだよ、杏子」

あぁ。私は一体何を見させられているのか。

こんなもの、見たくない。

帰りたい。

気がつけば私は逃げるようにその場から離れていた。

足早に歩く私の頬に、ぽつりと雨が当たる。

それはやがて勢いを増し、ザァザァと私の体を強く叩いた。

*****

帰宅後、私はさっさとシャワーを浴びると、ただただ薄暗い部屋のソファの上で塞ぎ込んでいた。

濡れたままの髪から、ポタッと一粒の雫が落ちる。

それから今度は、私の瞳から涙が溢れた。

三嶋夫人、って何。

どうして杏子は当然のように三嶋夫人として、受け答えしているの。

どうして太一はあんな目で杏子を見るの。

なんで、2人があんな、キスして…。

先ほどから繰り返される自問自答に、2人の幸せそうな姿が思い浮かぶ。

胸が張り裂けそうだ。

2人とも私の大切な人なのだ。

それなのに、2人は…。

その時、ブーッとまたスマホが鳴った。

この部屋の光源はそれしかなく、連絡が来るたびに液晶が眩しいほどに光る。

画面に目をやれば、太一からの何件目かわからないメッセージが表示されていた。

『今、仕事終わった。どこにいる?迎え行こうか?』

『真波?今、どこ?』

『どうして電話に出ないんだ?何かあったのか?』

私を気遣うような言葉たちに、ほんの少し前の私なら愛おしさを感じていたはずだ。

だが、今はその言葉一つ一つに嘘が滲んでいるような気がして、酷い喪失感を覚えた。

もう、見たくない。

私はスマホを手に取ると、さっさと電源を落とした。

ーーーもう、何も考えたくない。

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