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5.いい男

last update Date de publication: 2026-10-20 18:30:00

あれからどのくらい経ったのだろうか。

私の腰に手を回し、密着したまま離れようとしない絶世の美青年をチラリと見ては、私はご機嫌にグラスを揺らした。

ああ、なんて素敵な夜だろう。

気分が良すぎて、何杯でも酒が飲める。

「ずっと俺の顔、見てるね」

愉快そうに口元を緩める彼の笑顔は、誰もを虜にしてしまいそうなほど、美しい。

私はそんな彼に、イタズラっぽく瞳を細めた。

「ふふ、こんな絶世の美青年見ないと損でしょう?」

そう言って彼のネクタイを軽く引き、彼の耳元に唇を寄せる。

「…嫌?」

私から囁かれた言葉に、彼はまぶたを伏せた。

長いまつ毛が落とす影は、彼をどこか妖艶に見せる。

「全然」

そして、楽しげな彼の甘い声が私に届いた。

ーーーああ、本当、いい夜。

グラスに残るシャンパンを、またクイッと飲み干す。

私は最高の気分で近くにいたウェイターに空のグラスを渡すと、シャンパンの入ったグラスを再び受け取った。

まだ全然飲み足りない。

もっと、飲みたい。

それなのに。

「飲み過ぎじゃない?」

気がつけば、彼が私の手からグラスを奪い取っていた。

半笑いでこちらを見つめる瞳は、相変わらずどこか嘘くさく、何を考えているのかよくわからない。

「飲み過ぎじゃない。このくらい普通だから」

その手にあるグラスを返せ、とキツく彼を睨んでみるが、彼は全く怯まない。

「でも頬が赤いよ?」

「お酒を飲んでいるからね。赤くもなるわよ」

こちらの主張を聞いても、一向にグラスを返そうとしない彼に、私は痺れを切らしてグラスへと手を伸ばす。

…が、彼はそれを難なく避けると、グラスをウェイターに渡し、そのまま私を抱き寄せた。

ふわりと甘いムスクの香りが鼻をかすめる。

「体も熱い。やっぱり飲み過ぎだね」

「は?熱くなんてないけど?」

「いや…」

眉間にシワを寄せ、迷惑そうにしていると、彼はその綺麗な顔を私に近づけた。

そして、コツンと自身の額を私の額に当てた。

「うん。やっぱり熱い」

そう低く甘い声音で囁き、ゆっくりと彼が私から離れる。

コイツ、慣れてやがる。

微笑む彼に、私は心の中で拍手喝采を送った。

さすが女を相手取り、虜にする職業だ。

女をよく熟知している。

スタイル、顔、言動。

どれを取っても彼は完璧だ。

彼の身を包んでいる高そうなスーツは、明らかにオーダーメイドに見える。

さらに生地も仕立ても、素人目で見ても、上質だとわかった。

何よりあの左腕で光るシルバーの腕時計。

文字盤の縁に埋め込まれた無数にある深いグリーンのジュエリーは、照明を受けるたびに、違う色味の輝きを見せている。

「ん?気になるの?これ」

私の視線に気づいた彼が、トン、と指先で時計を軽く叩く。

「…うん。エメラルド…じゃないわよね?」

「そう。よくわかったね。アレキサンドライトだよ、これ」

あまりにも自然な彼からの返答に、私は言葉を失った。

職業柄、あれがどれほど希少なものか私は知っている。

それをあんなにもふんだんに埋め込んだ時計を、何食わぬ顔で使用しているとは。

一体、金銭感覚はどうなっているのか。

レンタル彼氏とはそんなにも儲かるのか。

それとも、彼はただのレンタル彼氏ではないのか。

一度疑問に思うと、どんどん彼の〝普通〟ではないところが目につく。

彼には確かに軽薄そうな雰囲気があるというのに、どこか妙に所作が洗練されており、優雅なのだ。

「水を一つ」

ぼんやりと彼を観察していると、彼はスッと片手をあげ、近場にいたウェイターから流れるようにグラスを受け取っていた。

やはり、美しい。

とても板についている。

まるでどこかの貴族のようだ。

「はい、とりあえず、これ飲んで」

「…ありがとう」

彼は本当に、ただのレンタル彼氏なのだろうか。

売り上げナンバーワンにもなると、こういう貴族のような振る舞いにでもなるのだろうか。

そんなことを思っていると、ふと、私たちを遠巻きに見ていた人たちの楽しそうな話し声が耳に届いた。

「か、かっこいいね…。真波の恋人…」

「本当、お似合い。絵になる2人だよ」

「ずっと見ていられるね」

私たちの仲睦まじい姿は、正直彼の完璧すぎるところもあって、本日の主役である新郎新婦よりも視線を集めていた。

それはそれでいいのだが、所詮彼は雇われ恋人。

こんなにも注目されている場で、ほんの少しでもボロが出てしまうと、一瞬でニセの恋人を連れてきたことがバレ、笑い者にされてしまう。

「君は俺とこうやって密着するのが好きだよね」

「…え、あ、ええ」

また私の腰を抱き寄せた彼に、思わず間の抜けた返事をしてしまう。

そんな設定、私の記憶が正しければ、作った覚えはないのだが。

「キスも好きだよね。よくねだってくる君は本当にかわいいよ」

「そ、そうね」

そんな設定も作った覚えはない。

イタズラっぽく微笑む彼の視線。

明らかにこちらをからかっている声音でも、それはどこか甘く、私の心臓を加速させる。

甘い毒が、ゆっくりと体内を巡っていくよう。

「ああ、ここではできないことが多すぎる。今すぐに君の望みを叶えてあげたいのにな?」

「望み?」

「そう。キスして欲しいでしょ?いつものようにとびきり甘いものを」

「…まぁ、そうね」

何を言っているのだ、コイツ。

そう確かに呆れているはずなのに、体は実に正直で。

彼の甘い毒に、私はいつの間にか絆されかけていた。

設定にはない彼の甘い言動の数々に、さすがに心臓が悲鳴をあげている。

あまりにも危険すぎる甘い攻めだ。

このままでは、本気で彼を好きになってしまいそうだ。

…だが、彼は所詮、今日のためだけに雇った私のうんと素敵な恋人〝役〟。

本気になってはいけないし、彼はあくまで仕事としてそうしているだけだ。

頭がぼんやりする。

体もどこか熱い。

きっと、彼の毒と、お酒のせい。

このままでは、いけない。

少し外の風に当たり、気持ちを落ち着かせなくては。

「もうここには居たくない。外に出たいわ」

「…そう。じゃあ、このつまらないパーティーから抜け出そうか、ダーリン」

「ええ、そうしましょう」

怪しく口元を緩める彼に、私も作り笑顔を浮かべる。

それから彼は流れるように私からグラスを取ると、ウェイターに渡し、私を抱き寄せたまま、ゆっくりと会場外へと歩みを進めた。

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