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第15話

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拓真は、テーブルに突っ伏して声もなく泣き続けていた。

本当は、ずっと前から芽依の本性に何度も気づいていたのかもしれない。いや、気づかないふりをしていただけかもしれない。私が決して離れていかないと高を括って、何度も私の気持ちを試してきた。

そして、張りつめていた糸は、ついにぷつりと音を立てて切れた。

私は、黙って涙をこらえる拓真の様子を見ていた。彼は自分の手を噛みしめ、ポケットから薬を取り出して一気に飲み干し、ようやく落ち着きを取り戻した。

顔を上げて、苦笑いを浮かべた。

「……梨乃。もうお前に許してもらえないことは分かってる」

彼は自分の頬を何度も叩いて、そして私の前に膝をついた。

「あの頃の自分を、今の俺が許せないんだ。本当にごめん……」

私は立ち上がり、こみ上げる涙を拭い、彼の目をまっすぐ見つめた。

「私が好きだった椎名拓真は、あの事故で死んだと思うことにしたの」

ドアを開けて外に出ようとすると、彼が私の名前を叫んだ。

「梨乃!

俺がいなくても、ちゃんと幸せになって」

私は頷いた。

「きっとね」

外に出ると、汐見市には珍しく小雪が舞っていた。父の車に乗り込み、心からの安堵を感じた。

翌日、見知らぬ番号からのメッセージが届いた。

【いつも安らかで、幸せが続きますように】

拓真が去ったことを、私はその時初めて実感した。

私の日常は再び平穏を取り戻し、家と病院を往復する日々。時折、友人たちと集まることもあり、穏やかな幸福を感じていた。

気づけば新年を迎え、両親と一緒におせち料理の準備をしていた。その時、父の携帯が鳴り、彼は電話に出た後、重い表情で戻ってきた。

「さっき、椎名おじさんから連絡があってな……拓真が、亡くなったそうだ」

私は手を止めたが、また何事もなかったかのように、手を動かし始めた。父は話を続けた。

「拓真は新藤を問い詰めたらしい。最初は否定していたが、彼女の電話での会話を聞いてしまってな。『やっと一之瀬を追い出せた』とか言ってたらしい。観念した新藤は、全部白状したそうだ。

で、その直後に拓真が怒りで心臓発作を起こして、病院に運ばれたが、昨夜亡くなったそうだ」

涙もろい母は、目にハンカチを当てて言った。

「で、新藤は?ちゃんと罪に問われたの?」

父はうなずいた。

「拓真の親父が、長年かけて彼女の犯罪の
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