Share

【第25話】甘い脅しと見当違いの安心

Author: 櫻恭史郎
last update publish date: 2026-07-31 18:10:01

 目をぎゅっと瞑り、両腕で身体を庇うようにして身を縮めるセラの姿を見た瞬間、ジェイドは、ハッとした。

 セラの小さな肩が、怯えたように震えている。

 セラの部屋の前まで来たとき、中から話し声が聞こえた。

 バーニーは下がらせたはずなのに、中から聞こえるのは男の声だ。まさか、ここにきてセラがローゼンタール家のものと内通しているのかとも思ったが、それにしては話し声が普通だった。内通者との密会なら声を落としてもいいはず。

 男とセラが会話している。

 一体、誰が……。

 扉をあけたセラの説明を聞いて、思わず怒りをあらわにしてしまった。見知らぬ男がセラに近寄って来た不快感、もしその男にセラが傷つけられていたらという恐怖、そして危機感の薄いセラへの苛立ち。

 思わず、感情に任せて彼女を追い詰めてしまっ

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮   【第105話】帝国の影

     キャンディが使う不思議な医療用の魔道具は、おそろしいほどの速さでセラの右肩を回復させていた。 監禁が始まってから、まだ十日ほどしか経っていない。それにもかかわらず、砕けて肉を裂いていた傷口は塞がり、全身を苛んでいた激しい痛みもかなり小さくなっていた。「どう、セラ姫。肩、動かせそう?」 キャンディがセラの右肩にそっと手を添え、伺うように顔を覗き込んできた。セラは慎重に右腕に意識を向け、わずかに上腕を持ち上げてみる。「はい。動くようです」「うん、いいね。骨まで細かく砕けていたけれど、ぼくってパズルも得意だからね。ある程度動かしてあげるとさらに回復が早くなるから、痛みが出ない範囲で少しずつ動かしてみて」「……骨がくだけていても、こんなに早く治るものなんですね」「まさかぁ、普通なら絶対に無理だよ」 キャンディは楽しそうに笑いながら、セラの服の隙間から覗く透明な糸——肌にクモの巣のように張り巡らされた魔道具を指先で軽く弾いた。「この透明な糸みたいなやつがあるでしょう? これはね、ただ外側に張り付いているだけじゃないんだ。セラ姫の肉の内側にまで深く潜り込んで、砕けた骨をつなげたり、引き裂かれた肉をつなげたりしているんだよ」「すごいですね」「そうでしょ! 元々は痛めつけるための拷問器具として開発したんだけど、応用してみたら医術にも使えたんだよね」 誇らしげに語るキャンディの様子に、おそろしい気持ちになる。「とはいえ、まだ骨も肉も、本当にくっついて元通りになったわけじゃないよ。今はこの糸で無理やりつなぎ留めているだけの状態だ。……ふふ

  • 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮   【第104話】闇に伸ばす希望

     レオンがセラの部屋を去り、鍵の上がる音が無情に響いたあと、部屋には再び静寂があった。 セラは重い身体を引きずるようにしてベッドへ戻ると、そのふちに深く腰を掛け、膝の上で固く手を握りしめたままじっと考え続けた。 今、何ができるだろう……。 ローゼンタール家の地下室にいたときは、こんな風には思わなかった。ただ、じっと、時がすぎるのを待ち、逆らわず、静かにすべてを諦めて受け入れる。それが、セラの生き方だった。 でも、今はちがう。 たとえ囚われていても、自由はここになくても、心まで縛られはしない。 自分が、そう思えていることが、なんだか、場違いにおかしくて、セラはくすっと笑った。 どうやら、己は、こんな状況でも、諦めていないらしい。 それは、すべて、ジェイドのおかげかもしれない。 戻りたい場所があるから。 ジェイドのもとへ帰りたい。彼の無事を、この目で確かめたい。 そのために、今の自分は何ができるのか。 セラ自身にとっても、自分が持つ能力は分からないことだらけだ。「……教えて、わたしに何ができるのか」 セラは目をつむり、全身の神経を澄ませて、己の周囲に漂う魔力の気配にそっと耳をすませた。 集中を深めていくと、周囲の空間に微細な魔力の揺らぎが感じられた。 今、近くに大きな魔力の動きはない。セラの右肩に張り巡らされた治療用の魔道具から、ごくわずかな魔力が揺らめいている程度だ。 だが、注意深く意識を向けると、部屋の四隅——天井の角のあたりに、魔力の気配が静かに潜んでいる

  • 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮   【第103話】月明かりの檻

     ふと目を覚ますと、静かだった。 セラはすっかり見慣れた部屋のベッドの上で、ゆっくりと瞼を開いた。窓の隙間から差し込む青白い月明かりが、石造りの冷たい室内を静かに照らしている。暖炉の火は、すっかり小さくなっていた。 気絶してしまったのね……。 キャンディによる過酷な実験。体内に流れ込んできたすさまじい魔力の濁流。それに耐えきれなくなったセラの意識は、途中でぷつりと途切れてしまっていたらしい。 身体を少し動かそうとした瞬間、全身に走ったのは激痛ではなく、重く引きつるような強烈なこわばりだった。キャンディが施術したクモの巣状の糸のおかげか、右肩の傷そのものの鋭い痛みは幾分引きいていたものの、実験の苦痛に耐えようと全身の筋肉を硬直させ続けた反動が、今になって全身を重くしている。 セラはまだ鈍く痛む右肩を左手でそっとかばいながら、ベッドの上に辛うじて上半身を起こした。そろりと足をベッドから出す。ひんやりとした空気にさらされる。 セラは右肩に振動をあたえないよう、そろりそろりと窓辺へ近づいた。 窓枠に手をかけ、外を見下ろしてみる。 そこには月明かりがうっすらと照らし出す夜の闇と、遠くに見える見知らぬ森の影が広がっている。近くに人影は見当たらなかった。 深夜なのかしら。 この部屋には時計は置かれていない。今が夜更けの何時なのかも分からない。あたりは、森にかこまれている。ここがどんな場所なのかもよく分からない。 このまま……ここでずっと、ジェイドに会えないまま……あの実験を続けられるのかしら……。 自分の命がこの見知らぬ場所で終わってしまうのだと

  • 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮   【第102話】残酷な指先

     キャンディがセラの右肩を治療するときの仕草は、優しく、まるで壊れやすい繊細なガラス細工をそうっと扱っているかのような気遣いがある。「セラ姫、痛くはない?」「……」 キャンディはそうっとセラの身体に触れて、手際よくクモの巣状の糸を整え、紫青の温かな光を帯びた魔力を流し込む。いたわるように傷口の輪郭を触れる指先は、熟練の医師のようでも、慈愛に満ちた聖者のようでもある。邪悪な様子は微塵もない。 世話をされ、治療をされている間は、恐ろしい狂気などかけらも見えない。本当にただ優しく自分を特別に扱ってくれる相手なのではないかという錯覚さえ覚えてしまうほど、キャンディの態度は丁寧で穏やかだった。 けれど——治療が終わった途端、雰囲気が一変する。「よし、じゃあ次の実験に移ろうか」 キャンディは花が咲くような笑みを浮かべる。 その表情は、本当に嬉しくてたまらないとか、楽しいとか、そういったものに見えた。 キャンディの指先からのぼりたつ魔力が、ゆらりと揺らめきながら空中を漂い、セラの肩にある透明な糸を通じて体内に侵入する。そうすると、激しい痛みがセラの全身を襲った。 セラは与えられた痛みに必死で耐え、身を縮こまらせた。 ベッドの上で小さく丸まり、シーツを固く握りしめながら、浅い呼吸を繰り返す。苦痛に歪むこめかみから、ひとしずくの汗が落ち、白い枕に吸い込まれていった。 必死で空中をたゆたう魔力にふれて、内側に取り込むが、キャンディの魔力は大きくて強い。取りこぼした魔力が、セラの肩を引き裂くように痛めた。「じゃあ、これはどうかな」 キャンディが直接、透明な糸に触れて、魔力を流し込む

  • 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮   【第101話】狂気の実験

     その部屋での時間は、セラにとって恐ろしく、歪んだ形で過ぎていった。 キャンディは毎日つきっきりで、セラの世話をした。壊れた右肩のために動けないセラに代わり、着替えから身体を拭くことまで手際よくこなす。おそろしい気持ちで抗おうとしたが、キャンディはそれをゆるしてくれない。服を脱がしはしても、ただ着替えさせたり、身体を拭くだけだったり、それ以上の危険はないようだった。食事のときには、セラが「自分で食べられます」と言うのも聞き入れず、熱すぎないよう丁寧に息を吹きかけ、スプーンですくって口元へと差し出してくる。 まるで大事な人形でも扱うような手厚さだった。 セラには、それが恐ろしかった。 優しく丁寧な態度をされるほど、それ以外のおそろしい部分が際立つ。 レオンは、朝と夕の二回、必ず部屋に顔を出した。 けれど、彼がここに来るのはセラを心配してのことではないようだった。部屋に入るなり、セラと目を合わせようともせず、キャンディへ苛立ったように詰め寄る。「おい、いつになったら公式の文書とやらが届くんだよ」「そんなの、ぼくの知ったこっちゃないね。待つしかないだろ、来ないんだから」 キャンディはスプーンをかき混ぜながら、面倒そうに肩をすくめるだけだ。「……」 レオンは苦々しく舌打ちをすると、ベッドの上に横たわるセラの姿をちらりと一瞬だけ見つめ、あきらめたようにさっさと部屋を出ていってしまう。 バタンと閉まる扉を見つめながら、セラは冷えていく胸を押さえた。 レオンが……王妃様に仕えているだなんて……。 要塞で過ごした時間

  • 呪われた能力持ちの令嬢が、身代わりで向かった婚約先は、優しい獣の住まう宮   【第100話】求知の狂気

     セラは、ベッドの上に横になり、二人の男を交互に見つめた。 二人の真実をさらした男たちの会話が、セラを置き去りにしたまま淡々と交わされる。「セラ姫も目覚めたんだし、きみは王妃様のところに報告に戻ったら?」 キャンディが、まるで明日の天気でも尋ねるような軽快な調子で言った。対するレオンは、組んでいた腕を解くと、不機嫌そうに鼻を鳴らす。「おい、手ぶらで帰れるわけがないだろう。王妃様はうたぐり深いお方なんだからな」「それもそっか。まあ心配しないで、公式な文書を用意させるよ、お偉いさんがたがね。約束のものは半分しか受け取れなかったけど」 肩をすくめてからかうように言うキャンディに、レオンの苦々しい視線が向けられる。「お前たちがおのぞみのジェイドの死体を持ち帰れなかったのは、そっちの手駒がひ弱すぎたせいだろ。おれがいなきゃ、どっちも手に入ってなかったね。王妃様はお怒りだろうな」「それは……残念ながら、そう。ちゃんと書類も褒美も用意させるから、気をわるくしないでよ。王妃様によろしく言っておいてね。まあ、お偉いさんがたは動くのが遅いから、書類が届くまではここで手伝ってよ。人手はどこでだって足りていないんだから」 二人の口から当然のように飛び出す『王妃様』という言葉、そして『ジェイドの死体』というおそろしい響きに、セラの胸が激しく脈打った。 王宮で渦巻いていた不穏な気配。あの優雅なお茶会の中心にいた王妃が、隣国と通じ、継子であるジェイドの命を狙っていた。そして、セラを側で護衛していたレオンは、最初から王妃の手先としてセラやジェイドを監視し、手引きしていたのだ。 すうっと血の気が引き、冷たい足枷をはめられたような感覚に襲われるセラを前に、レオンはどこか苛立ちを滲ませた声で言った。&nbs

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status