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第3話

Auteur: ひまわり
家に戻ると、啓介はいつも通り、志保の靴や上着を脱がせるのを手伝ってくれた。

夕食の時間、彼は志保の腕を気遣い、ナイフとフォークを使ってステーキを一口大に切り分けて、口元まで運んでくれた。

ちょうどその時だった。テーブルに置いてあった啓介のスマホが震え、着信音が鳴り始めた。

志保の視線が自然と画面へと向かう。そこに表示されていたのは、名前の代わりに表示されていたのは、ただ一つ、ハートの絵文字だった。

志保の眉がわずかにひそめられる。

啓介はその着信を見た瞬間、ナイフとフォークを置いてすっと立ち上がった。そして志保の額に軽くキスを落とす。

「今夜は会社でどうしても外せない会議があるんだ。すぐ戻るから、待っててくれ」

志保はわざと、疑うような声で尋ねた。

「こんな時間に?会議なんて本当にあるの?」

啓介はポケットから細身のブレスレットを取り出し、それを彼女の手首にそっとつけた。

そのまま彼女の鼻先を、指先でちょんとつついた。

「最近仕事が立て込んでて、どうしようもないんだよ。

これはお詫びの印。うちの奥さんに贈る贖罪の品ってやつ」

そう言って、車の鍵を手に取ると、彼はそそくさと家を出て行った。

啓介が出て行ってから間もなくして、志保のスマホに玲奈からメッセージが届いた。

文字列と数枚の写真。

【明日、石川財閥の新作発表会にいらっしゃい。素敵なサプライズがあるわよ〜】

そのメッセージは送信から数分後、すぐに取り消された。

追って、一言だけ追加される。

【ごめん、送る相手間違えちゃった】

志保にはすぐにわかった。これは偶然なんかじゃない。

削除される前に、写真はすべて保存済みだった。

拡大して確認すると、玲奈が男と、キャンドルの灯りに照らされながらディナーを楽しんでいた。対面に座る男性は顔こそ映っていないものの、片手の輪郭だけで、志保には十分だった。

啓介――彼女の夫だった。

彼の左手の薬指は、わざわざ結婚指輪を外されていた。だが、そこにはうっすらとしたリング痕が残っていた。

そして今、彼は玲奈の手首に、まばゆいばかりの豪華なブレスレットを丁寧に巻いている。

志保はそれを知っている。あのブレスレットは、世界的ジュエリーブランド「ブリオネル」の限定ダイヤモンドモデルで、過去に超高値で落札されたことで話題となった逸品。

啓介が少し前、海外オークションにまで足を運び手に入れたと聞いていた。

彼が今夜、志保につけたブレスレットは、あのブレスレットの、ただの「おまけ」にすぎなかった。

翌朝、啓介は早くから出かけて、新作発表会の準備に向かった。

今回の発表会では、「ある有名画家との新たな提携」が発表されると噂され、業界でも大きな話題になっていた。

啓介の出発から少し経ち、志保もタクシーで会場へと向かった。

広い会場の一角。志保の視線が、あるシルエットにぴたりと止まった。

そこにいたのは、啓介が長年心に秘めてきた――「心の中の人」。

そして、志保にとってかつて一番の親友だった。

――浅倉玲奈。

志保と玲奈は、著名な画家・浅倉昌峰(あさくら まさみね)から直々に弟子入りを許された、唯一の二人だった。

だが才能面では、志保のほうがいつも一歩先を行っていた。

学ぶ速度も早く、技術も美しさも群を抜いていた。

それに加え、浅倉の孫・慎吾との婚約も決まった。

何をとっても玲奈を上回る志保に対して、玲奈は一度も嫉妬を見せたことはなかった。むしろ距離を縮め、まるで心から志保を慕うような素振りを見せていた。

だが、その仮面が剥がれたのは、結婚式の前日だった。玲奈は慎吾を奪い、志保はすべてを失った。

あとのことは、思い出したくもない。

啓介が志保を「救って」くれた。そう信じていた。けれどその手は、彼女を別の奈落へと突き落とすものだった。

そして今、ステージの中央に立つ啓介は、玲奈の手を取りながら、堂々と宣言した。

「今回、石川財閥が提携する『ミステリアスな画家』こそが、レーナさんです」

彼の瞳は輝き、玲奈を見つめるそのまなざしには、一切の迷いもなかった。愛情が隠しきれないほどに滲み出ていた。

記者の一人がマイクを向ける。

「石川社長、以前からレーナさんとは長年のお知り合いだと聞いています。

これまでご結婚されていない理由、もしかして将来、レーナさんと……というご予定があったからでは?」
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