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四度目の婚姻届、もうあなたを待たない
四度目の婚姻届、もうあなたを待たない
Author: ミルクは甘さ控えめ

第1話

Author: ミルクは甘さ控えめ
蒼士が市役所を出ていったとき、受付案内の画面にはまだ私たちの番号が表示されていた。

窓口の職員は私を見て、それから玄関のほうへ目をやった。

「お手続きは、どうなさいますか?」

口を開いたものの、声が出なかった。

後ろから、順番を待つ人の苛立った声が聞こえた。

私はようやく窓口から離れ、次の二人に場所を譲った。

手の中の婚姻届は、強く握りしめたせいでしわだらけになっていた。

朝、家を出る前に、自分でバッグに入れたものだった。

そのとき蒼士は、緊張する私を笑っていた。

「婚姻届を出すだけだろ。そんなに身構えるなよ」

そう言って、私の白いシャツの襟を整えてくれた。

「出し終わったら、夜は千紗が好きな牛すじうどんの店に行こう」

あのときの私は、今日だけは蒼士が私だけを見てくれると、本気で信じていた。

けれど由良から電話がかかってくると、蒼士は振り返りもしなかった。

17時半、市役所では窓口を閉める準備が始まった。

職員がカウンターの書類を片づけながら、私に声をかけた。

「本日の受付は終了します。改めてお二人でいらしてください」

私は待合用の長椅子に座ったまま、足がしびれて立ち上がれなかった。

ようやく蒼士からメッセージが届いた。

【電気は直った】

【先に帰ってて。俺もあとで戻る】

その2行を、私はいつまでも見つめていた。

まだ市役所にいるのかと尋ねる言葉はなかった。

謝罪の一言さえなかった。

外はすっかり暗くなっていた。

私は一人で新居に帰った。

玄関には、スリッパが3足並んでいた。

グレーは蒼士のもの。アイボリーは私のもの。

その隣には、ピンク色の起毛素材のスリッパがあった。

前に遊びに来た由良が、床が冷たいと言ったからだ。

蒼士はその翌日に買ってきた。

私の分も、ついでに暖かいものに替えてくれないのかと尋ねたことがある。

蒼士は届いた荷物を開けながら、こちらも見ずに答えた。

「千紗は寒さに強いだろ?」

玄関の鍵が開いたのは、もうすぐ22時になろうというころだった。

蒼士が、夜風の冷たさをまとって入ってきた。

手には焼き栗の紙袋を提げていた。

リビングに立ったまま、私は蒼士を見つめた。

「帰りに買ったの?」

蒼士は一瞬、言葉に詰まった。

「由良が食べたいって言うから、並んでるついでにもう一つ買った」

紙袋を私に差し出した。

「まだ温かいぞ。いつまでもむくれるなよ」

私は受け取らなかった。

蒼士が眉をひそめた。

「今日のことは、わざとじゃない。あっちは本当に真っ暗だったんだ。電話口で泣いてたのに、放っておけるわけないだろ」

私は目を伏せた。

「じゃあ、私は?」

蒼士は少し黙った。

「千紗は違うだろ」

その言葉なら、もう何度も聞いてきた。

千紗は違う。

暗いところも平気だ。

寒さにも強い。

泣いたりしない。

蒼士は焼き栗をローテーブルに置き、少しだけ声を和らげた。

「明日、もう一度行こう。それでいいだろ?」

私は紙袋を見つめた。

袋に印刷されているのは、西町商店街にある店の名前だった。

由良がいちばん気に入っている店だ。

市役所からはずいぶん離れている。

街を横切って焼き栗を買いに行く時間はあっても、私と婚姻届を出すために戻る時間はなかったらしい。

私は本人確認書類をバッグから取り出した。

いつものように蒼士の引き出しに入れず、自分のスーツケースの内ポケットにしまった。

それに気づいた蒼士の顔が険しくなる。

「千紗、今度は何のつもりだ?」

私はファスナーを閉めた。

「別に。明日、話せばいいよ」

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