LOGIN「さて、と。日高は寝不足なんだろ? 今のうちに少しでも寝ておけよ。少しは気分も良くなるだろ」
花田くんの言葉に、日高くんは無言で頷いて目を閉じた。
花田くんはそんな日高くんに日陰を作る位置に立って、あたし達の方を見る。
「倉木さんは……休んでいれば大丈夫そうかな?」「うん、久しぶりに乗ったからビックリしちゃってるだけだと思う」
三人の中ではあたしが一番軽症だと思う。
花田くんはあたしの言葉を聞いて安心した様に頷き、そしてさくらちゃんの方を見た。「宮野さんは、乗る前から無理してたよね? 何で慎也が苦手な人いるか聞いたとき言わなかったの?」
少し怒気を含ませた声にドキリとする。
花田くんも気付いてたんだ。
「乗る前にも本当に大丈夫か俺聞いたよね?」「うっ……ごめんなさい」
気持ち悪いのも相まって顔を上げられない様だ。
さくらちゃんは
無理してでも、好きな人と一緒に乗りたかったのかな。
予想でしかないけど、そんな感じなんだと思う。
それに……。
「花田くん、それぐらいで……。きっと一人だけ無理だって言って皆を困らせたくなかったんだよ」あの時そんなことを言ったら、誰かが一緒に待っていることになっただろう。
皆で楽しもうって時にそんな水を差すようなこと言えなかったんじゃないかな?
「まあ、気持ちは分からなくはないけどさ……」怒りを吐き出すように溜息をついた花田くんは続けて言った。
「乗れないなら俺が一緒に待ってても良かったのに。俺、別にそこまで絶叫もの好きなわけじゃないし」その言葉にあたしは衝撃を受ける。
二人きりにさせるの、そっちの手もあったかー! 協力を頼まれたのはジェットコースターに向かっている途中だったから、その時にはもうその手は使えなかったんだけれど……。 何だかショックで俯いてしまった。「え? 何? 倉木さんどうした?」
「ううん、何でもない。気にしないで……」
「ええー……?」
ちょっと花田くんを困らせてしまったけれど、話せる事じゃないからそのままにしておく。
メイクの事しか興味なかったけれど、もうちょっと恋愛とか人間関係の方も学んだ方が良いかなぁ……。 自分のふがいなさに、そんなことを思ってしまう。 しばらくして、更に二つくらい絶叫ものを乗って来たという四人が戻って来た。「三人とも、具合はどうだ? 動けそうか?」
工藤くんに聞かれてあたしとさくらちゃんは「大丈夫」と返事をする。
さくらちゃんはまだ少し元気がなさそうだけど、具合が悪いというよりはさっき花田くんに叱られたからじゃないかな、と思う。
「日高? おーい」日高くんは……ぐっすり寝ていた。
横になっている訳でもなく、ベンチに座ったままの態勢でよく眠れるなぁと感心する。これはかなりの寝不足だったに違いない。
肌も荒れるわけだ。
でもみんなも来たしそろそろ起こさなきゃ。
「日高くん皆来たよ。そろそろ起きて」隣に座っていたあたしが肩を叩いて起こそうとする。
でも控えめな叩き方だったからか起きる気配はない。
これじゃだめだ。 ほっぺでも突けば起きるかな? そう思って顔に手を近付けると――。 ガシッ寝ていたはずの日高くんにその腕を掴まれた。
「っ! え?」掴まれたことにも驚いたけれど、メガネの奥で開いた目が鋭くこっちを睨んでいるように見えてビクリとする。
息を詰まらせていると、鋭い目が何度か瞬き見開かれる。「……あれ? ……えっと、倉木? ……さん?」
「あ、うん。……おはよう」
何と言えばいいか分からず、朝の挨拶をしてみる。
「やっと起きたか。じゃあ次はどうする? もう一つ大人しめなアトラクション乗るか? それか昼飯? ちょっと早いけど」工藤くんが提案すると、美智留ちゃんが「あたしはどっちでもいいけど」と答える。
さくらちゃんもどっちでもいいと言い、沙良ちゃんはお腹空いたからお昼にしようと言う。「えーもう一つくらい乗ろうぜ?」
と言うのは小林くんで、花田くんは。
「丁度昼の時間だと混むし、今食べた方がいいかもね」
と言う。
あたしも花田くんと同じ意見だ。
そして日高くんの。
「腹減った……。俺、朝食ってなかったから……」
という言葉でお昼にすることが決定した。
小林くんは不満そうだったけれど。
というか、朝ご飯食べなよ日高くん!
寝不足の上朝食抜きとか……美容以前に健康に悪い!
メイクだけじゃなく生活改善もしたくなってきた。 ダメだ。 やっぱりあたしは日高くんに近付かない方がいい。 そう決意し、昼食の時はテーブルも別になるように座って日高くんから距離を取る。 ……なのに……。 昼食後、体験型のアトラクションに行こうという事になり、お化け屋敷に決定したんだけど……。それからひと月。 決意もむなしくその二つ名は皆に呼ばれ続けている。 流石に長ったらしいので短縮され、そっちの方が定着してしまったけれど。 あたし達が嫌がっているのが分かっているから美智留ちゃん達は言わないでいてくれるけれど、他の人は面白がって結構その短縮した二つ名で呼んでくるんだよね。「美の総長、今日も美しいな!」「うっせぇ! 美しさとかいらねぇんだよ!」 笑い混じりに呼ばれた陸斗が眉間に皺を寄せて叫ぶ。「美の女傑、またメイクしてね!」「その呼び方やめたらいいですよ!」 明るく呼ばれたあたしは笑顔で返した。 そんな感じで、あたし達も少しずつこの呼び方に慣れてきてしまっているところがまた怖い。 あたし達は呼び掛けて来る生徒達から逃げるように校門を出て、あたしの家に向かった。 今日は久しぶりに陸斗がメイクさせてくれると言うので、早目に帰るんだ。 今日家にはお母さんがいるけれど、陸斗のことは紹介済みなので問題はない。 帰ると、早速メイクを始める。 大好きな彼に、あたしの大好きなメイクを施すの。「お前はやっぱりメイクしているときが一番綺麗でカッコイイよ、灯里」 そう言ってくれる陸斗に、あたしは微笑んだ。 さあ、メイクの時間だ――。END
「ごめんな、困らせたかった訳じゃねぇんだ」 そんな風に素直に謝られたら怒れなくなってしまう。 陸斗はあたしの向かい側の椅子にこちらを見るように座り、頬を撫でた。「ちょっとした仕返しのつもりだったんだ。責任とってもらうとか言ったけど、本気だったわけじゃねぇ」「……じゃあ、どうして皆の前でキスまでしたの?」 それが一番の決定打だったため、恨めし気に聞いてしまう。 すると陸斗は少し視線を逸らして呟くように言った。「……止められなかったんだよ……」「え?」 聞き返すと、視線を戻してもう一度今度はハッキリと口にする。「灯里が可愛すぎて、自分で自分を止められなかったんだよ」「な、に……それ」 ズルイ。「俺はな、いつだってお前を欲しいと思ってる。あの日、初めてお前にメイクしてもらったときからずっと」 いつになく真剣な眼差しに、あたしは先程まで感じていた怒りや羞恥も忘れて陸斗に見入っていた。「灯里の事が好きで、大切だから我慢しているだけで……本当はいつでも俺だけを見ろよって思ってる。おまえの全てが、俺だけのものになればいいのにって思ってる」 獣のような目の奥に隠していた強い独占欲。 あたしも気付かなかったそれを今彼はさらしていた。「そんなだからさ、一度タガを外してしまったら止められなかった。止められなくて、お前が本気でやめて欲しいって思ってるの分かってたのにキスしちまった」 だからごめんな、ともう一度謝られる。 謝っていても、その目に今宿っているのはどこまでも強い独占欲。 でも、頬を包んでいる手は温かくて優しい。 あたしはこんな陸斗を見てどう感じているんだろう。 自問自答してみて
「文化祭の時のを見て同好会にって言ったんだから、美と健康ってのも同好会の主旨に入るんだろう? それを考えれば男子が入ってもおかしくはないんじゃないかな?」「そうだよな。俺も部活あるから手伝えねぇけど、出来ることあったら協力するぜ?」 花田くんの言葉に同意して協力を名乗り出てくれる工藤くん。 彼はそのまま小林くんに目を向けた。「早和はどうすんの? 部活には入ってないけど」 少し考え込んでいた小林くんは、工藤くんの言葉に顔を上げて「俺は止めとく」と答えた。「俺は俺でやりたいこととかあるし。まあ、手伝ってほしいことがあれば手伝うから、遠慮なく言ってくれよ」 そう言ってあたしと美智留ちゃんを交互に見る。「で? その同好会って何同好会なんだ?」 小林くんの質問に、あたしと美智留ちゃんは眉を寄せて考え込んだ。「うーん。メイクアップ同好会は直接的すぎるからダメって言われたんだよね」「うん。あくまでも主旨は美と健康で、メイクアップはその延長上にあるって感じじゃないと許可出来ないからって」 あたしが言われたことを思い出しながら言うと、美智留ちゃんも言われたことを思い出しながら繰り返した。「英語だとヘルシー&ビューティー同好会? 何か語呂がイマイチ……」「でもそのままってのもなぁ……」 そんな風に悩むあたし達に、陸斗が「そのままでいいじゃん」と言った。「美と健康同好会。語呂は悪くねぇんじゃねぇか?」「そうだね。略してビケン同好会、ありそうな名前じゃないかな?」 陸斗と花田くんはそれでOKと……。 もう一人の会員予定のさくらちゃんに視線を移すと、ニッコリ笑顔で言われた。「美と健康同好会、略してビケン同好会で良いでしょう? こういうのはどれだけ悩んで
「同好会、ですか?」「あたしたちで?」 文化祭から一週間ほど経ったある日の放課後。 担任に話があるからと呼び出されたあたしと美智留ちゃんが職員室に向かうと、同好会を作ってみないかと提案された。「ああ。文化祭の実演が思った以上に好評でな、各学年からまたやって欲しいという要望があったんだ。そんなことを言ってもメイクなどは校則違反になるしと渋ったらグローバル教育を謳っている学校なのに硬すぎる。放課後くらいは良いじゃないかと保護者からも非難が殺到してな……」 ウンザリと言った様子に、その対応をしたのも担任の先生だったんだろう。「まあ、そう言うわけで放課後に活動するなら良いことにしようと職員会議で決まってな。お前たちが会長と副会長をやって同好会を作ってくれるならと各学年の希望者に伝えたところなんだ」「それで、同好会ですか……」「ああ。いきなり部にするわけにもいかないし。愛好会からとも思ったんだが、顧問を名乗り出てくれる先生が何人かいたから同好会という形になった」 なんだか突然の話だったのでどうすればいいのか分からない。 返事を迷っていると、出来る限り早めに決めて音楽の先生に伝えて欲しいと言われた。 音楽の先生が顧問になるからと。 そうして二人で職員室を出ると、いつの間にか息を詰めていたみたいで二人そろって「はぁー」と深い息を吐いた。「……どうする?」 最初にそう聞いて来たのは美智留ちゃん。 「どうしよっか」 あたしはすぐに答えを出していいものかと思って曖昧に答える。「話聞いて、どう思った?」 次に美智留ちゃんは質問を変えてきたので、それには素直に答える。「……純粋に嬉しかったよ。なんか、認めて貰えたって感じで」「そうだよね!」 あ
「皆無事に両想いなれたんだなぁ……。なあ田中、やっぱり俺達も付き合わねぇ?」 突然どうしたと言うのか。 そんな素振りもなかったのに付き合おうなどと言うとは。 工藤くん何かあったのかな?「付き合わないわよ。周りがカップルになったからって手近なところで付き合うとか止めてくれる?」 言われた美智留ちゃんは淡白だった。 素振りもないと思っていたけれど、やっぱり恋愛してるわけでもなかったみたい。 でも工藤くんは食い下がっていく。「でも杉沢さんからお前守んなきゃねーし!」 ん?「だから守らなくていいって言ってるでしょうが」 んん?「えっと、どうしてそこで杉沢さんが出て来るの?」 話が見えなくて説明を求めた。 二人の話によると、あたしと陸斗から離すために連れて行った先で杉沢さんが美智留ちゃんに付き合おうかと言ったらしい。 また何でそんなことになったのか……。 杉沢さん、あたしを追っかけてきたんじゃなかったっけ? いやまあ、諦めてくれるならそれに越したことは無いんだけれど……。「でもあれは本気で言ったわけじゃないって。灯里がダメだった時の保険みたいなもので、キープしとくかって感じの軽い気持ちだったよ」「だから、その後に本気になってたんだって。田中、将来の事聞かれたとき美容師になるって決意したとか言ってただろ? あの時杉沢さん鋭い目ぇして獲物を狙うような顔でお前見てたんだって!」 それは……身に覚えがあるので、きっと工藤くんの言っているのは間違っていない。 杉沢さんが何を思って美智留ちゃんに本気になったのかは分からないけれど。 でも工藤くんの話を美智留ちゃんは本気にしていないのか、「はいはい」とどうで
「お疲れさん」 そう言って教室に入って来たのは制服に着替え終えた陸斗だ。 その後からは美智留ちゃん以外のいつもの仲間が入ってくる。 美智留ちゃんはあたしと一緒に教室で撃沈していた。 あたしのメイクも次から次へって感じだったけれど、美智留ちゃんのヘアセットも止めどなかった。 まさに目が回る忙しさ。 そうして疲れ果てたあたし達は体育館で行われている後夜祭も参加せず、教室で休ませてもらっていた。「皆は後夜祭楽しまなくていいの?」「あたし達に気を使わなくてもいいんだよ?」 あたしと美智留ちゃんがそう言ったけれど、皆は首を横に振る。「気にすんなって、今はこの仲間うちで一緒にいたいんだよ」 という工藤くんの言葉に皆今度は頷いた。 人数分のジュースが用意されて、代表で工藤くんが音頭を取る。「えーっと、皆お疲れ様。田中が言い出した実演も好評で、無事文化祭が終わって良かった。成功を祝って、乾杯しよう!」『カンパーイ』 揃ってジュースを掲げ、一気にゴクゴクと飲む。 ぷはぁ! と息を吐き出すと、昨日と今日の文化祭の話で花が咲く。 離れた体育館の方から聞こえる盛り上がっている声をBGMに、初めは無難な話題が上がっていた。 どの出し物が良かっただとか、二年の喫茶店メニューが無難すぎるだとか。 そこから徐々に個人の話になっていく。「で? 結局お前ら付き合ったの?」 花田くんにそうぶっちゃけて聞いたのは工藤くんだった。「はは、ド直球で来たな」 困ったように笑った花田くんは、それでも答えをはぐらかすことはしなかった。 隣のさくらちゃんの肩を抱き、ハッキリと言う。「俺達付き合うことになったから、よろしく」「あ、あたしからも、よろしく」 さくらちゃん