「ついたー! さ、めいいっぱい遊ぶぜ!」
遊園地内に入った途端そう声を上げたのは小林くんだ。
可愛い系な顔立ちもあっていつも以上に子供っぽく見える。
「まずはジェットコースターだろ!? 絶叫ものは外せないぜ!」でも工藤くんも続いてそんなことを言うので、子供っぽいのは小林くんだけではなさそうだ。
「ほら二人とも、女子を置いてけぼりにしない。本来の目的は交流を深めることだろ?」今にも走り出しそうな二人を止めたのは花田くんだ。
見た目チャラ男っぽいけれど、何だか二人のお兄さんって感じに見える。
三人とも学校で見ているときとイメージが違っていて新鮮だ。「ああそっか、ごめん。女子は絶叫もの苦手な人いる?」
叱られて工藤くんがこっちを見て言う。
それでも絶叫ものに乗るのは絶対なのか、とあたしは内心苦笑した。
「あ、さくら苦手じゃなかったっけ? 大丈夫?」
聞かれて、沙良ちゃんがさくらちゃんを見る。
「大丈夫だよ」笑顔でそう答えたさくらちゃんだったけど、ちょっと無理しているように見えた。
本当に大丈夫なのかな? 無理してまで乗りたいの? 何で? 疑問に思いつつ、突っ込まないでおく。「じゃーあれ乗ろうぜ」
と小林くんが指さしたのはこの遊園地の売りでもある一番大きなジェットコースター。これから乗るんだと思って見ているだけでドキドキして来る。
ぞろぞろと向かう途中、花田くんが「飲み物買ってくるよ、皆何が良い?」と言い出した。みんなが思い思いのドリンクを口にする中、あたしは紅茶を頼んだ。
一人だと持つの大変じゃないかな? と思っていると、さくらちゃんが名乗り出る。「花田くん、あたしも手伝うよ」
「おう、サンキュ」
そうして二人が離れていくと、あたし達は先にジェットコースターの行列に並びに行く。
歩きながら美智留ちゃんが近付いてきて、こそっと耳打ちして来る。「あのさ、本人に内緒で言っちゃうのもどうかと思うんだけど……さくらって花田のこと好きなのよ」
それを聞いたあたしは驚いて美智留ちゃんを見る。
確かに言われてみれば、さっきもさくらちゃんは頬をピンク色に染めていた。もしかして苦手なジェットコースターに乗ると言ったのも、花田くんと乗りたいからじゃないだろうか。
「だからさ、灯里もさくらのこと応援して協力してくれない?」メイクオタクなあたしは恋愛には|疎《うと》くて、どう協力すればいいのか分からない。
でも可愛いさくらちゃんのためになるなら協力を惜しむなんてことはしない。
というか、初めからそんな選択肢はない。 「もちろん良いよ!」と少し勢い込んで答える。
「あ、でも何をすればいいかとかは分からないよ?」
そして今度は控えめに告げた。
美智留ちゃんは「ありがとう」と言った後で具体的な協力の仕方を話してくれる。「大丈夫、難しいことは頼まないよ。さくらと花田が二人でアトラクションに乗れるようにしてくれればいいから」
「うん、分かった」
それくらいならあたしにも出来そうだ。 飲み物を買いに行っていた二人とも合流して行列に並ぶ。人気のアトラクションだけれど、開園間際につくように早めに来たからかそれほど待たなくても済んだ。
「早和、乗ろうぜ」工藤くんがそう言って進もうとするのを花田くんが止める。
「だから慎也、目的忘れるなって」
「あ、そっか。じゃあ……日高、一緒に乗ろうぜ」
そうして日高くんの返事も聞かず腕を掴んで先に行ってしまった。
「じゃあ早和はあたしと行こ?」美智留ちゃんがすかさずそう言って小林くんを連れていく。
「それじゃあ……」とあたし達を見回す花田くん。
あ、さくらちゃんを選ばせないと! と思った瞬間、沙良ちゃんがあたしの腕を取った。「じゃあ灯里、あたしと乗ろっか」
「うん、そうだね。行こう」
沙良ちゃんナイス! と思いながら付いて行く。
でも協力しようと軽く意気込んでいたのに、結局あたしは何も出来なかった。美智留ちゃんも沙良ちゃんも状況判断が早くて凄いなぁ。
あたし、ちゃんと協力出来るんだろうか。
不安になったけれど、取りあえず邪魔だけはしない様に気を付けよう。そう気を取り直し、あたしはジェットコースターを楽しんだ。
絶叫ものに乗ったのは二年ぶりくらい。
というか、遊園地に来たのも久しぶりだった。
久しぶりのジェットコースターは絶叫しっぱなしで、喉が痛い。
ドキドキハラハラで楽しくもあったんだけれど……。結果、あたしはさくらちゃんと日高くんと一緒にベンチで潰れていた。
「女子二人はともかく……日高、お前もか」小林くんが呆れの眼差しで日高くんを見下ろしている。
「……いや、ちょっと今日は寝不足で……」言い訳をする日高くんだけれど、気持ち悪そうでそれ以上は言葉が出せないみたいだった。
「三人は俺が見てるからさ、慎也たちは遊んで来いよ。一つか二つほど乗ってくれば三人も動けるようになってるだろ」「そっか? わりぃな、司」
と言いつつも、工藤くんは嬉しそうだ。
まあ、遊びに来たのに潰れている人を介抱して時間が潰れるのは嫌だよね。 「心配だけど……花田が見てくれてるなら安心かな」「さくら、灯里、大丈夫?」
沙良ちゃんが言って、美智留ちゃんがあたし達を覗き込んできた。
心配そうな顔にぎこちなく笑顔を見せる。
「大丈夫。ちょっと休めば動けるよ」
「あたし達のことは気にしないで……。遊んできて?」
あたしに続いてさくらちゃんもそう言った。
あたしよりさくらちゃんの方が辛そうだ。やっぱり無理しちゃってたのかな?
「そう? ……じゃあ花田、お願いね」
「おう、行って来いよ」
そんなやり取りをして美智留ちゃんたち四人はアトラクションの方に向かった。
強迫なんて大袈裟な。 ……いや、まあ。ちょっとは強迫っぽいかも知れないけれど。 昼食は何にしようかとなって、日高くんが「ハンバーガーで良くねぇ?」なんて言うから、また迫りそうになった。 ハンバーガーが悪い訳じゃ無いけれど、チェーン店のメニューでは野菜が少な過ぎる。 しかもセットメニューで頼んで付けるのは野菜じゃなくポテト。 気持ちは分かる。 あたしもどうしても食べたくなるときはあるから。 でもそういう時は夜などに多めの野菜を取ることにしてる。 日高くんがちゃんと夜に野菜を食べてくれるなら良いけれど、ちょっと疑わしい。 そんな話をすると、「ちゃんと食うから」と力なく言われた。 勢いのなくなった日高くんに、ちょっと色々言い過ぎちゃったかなと反省する。 なので、彼の言葉を信じてお昼はハンバーガーにする事にした。 でもこんな事なら家であたしが何か作った方が良かったかも知れない。 家を出て結構歩いちゃったから、もう無理だけれど。 店の中で注文した品を食べながら、話題はやっぱりメイクの事。 とは言え楽しいのはあたしだけで日高くんはもう相槌を打つことしかしてくれなくなった。 「ああ」とか「そうか」とか。 流石にあたしばっかり楽しく話しても仕方ないので、共通の話題を振ってみる。「そういえばGW明けたらすぐに中間テスト始まるね」 でも、その話題でも日高くんは嫌な顔をした。「GW始まったばかりだってのにテストの話すんなよ……」 まあ、確かにそういう反応になるよね。「そんなに嫌そうな顔するってことは、日高くんって勉強苦手?」 授業の様子を見ているとそれほど勉強が出来ない様には見えないけれど、いつも眠そうな感じだし、授業に集中出来ているのか怪しいところ。 苦手くら
一通り終えて日高くんの顔の全体を見る。 うん、チークやシェーディングは必要なさそうだ。 他にもコンシーラーが固まっていないか、眉のバランスはとれているかなど全体を見てチェックする。 うん、メンズメイク初心者としては満足いく出来に仕上がったと思う。 ゆっくり息を吐きながら、口元から笑みが零れる。「うん、完成」 鏡を持って、日高くんにも見えるようにする。「どうかな? 若さを出しつつ、男らしく見えるようにしたんだけれど。清潔感も出てイケメン度上がったと思わない?」 そう言って反応をわくわくと待っていたんだけれど、日高くんは何故か固まっていた。 自分の顔に見惚れてるとか言うわけではなさそうだけれど……。 むしろあたしが見られている様な?「えっと……日高くん?」「っ、あ……終わったのか……?」 いや、あたし完成って言ったじゃない。「そうだよ。ほら、どう?」 そう言って鏡を差し出して、同じことをもう一回言った。「……へぇ、何か色々塗ってたからどんなケバイ顔にされるかと思ったけど……。イイじゃん。思ったより自然な感じだし」 好感触な反応にニコニコと笑顔になる。「良かったぁ」 そう口にすると、日高くんがこっちを見てまた固まってしまう。 さっきからどうしたんだろう?「何? あたしの顔何かついてる? あ、まさか化粧崩れちゃってる!?」 だとしたら大変だ。すぐに直さなきゃ。 そう思って鏡を返してもらおうと手を伸ばすと、何故かサッと避けられる。「……ちょっと、鏡返して」「あ、わりぃ。つい何と
「さて、いよいよ本番。メイクするよ」 切り替えるようにパン、と手を叩いてから準備をする。 化粧品類を並べ、とっておきの化粧筆も用意する。 この化粧筆は高校入学祝いにってお母さんが買ってくれたんだ。 もう、文字通り飛び跳ねて喜んだよ。 しかもスポンジとは全く違う化粧ノリに感動して泣きそうになった。 化粧が崩れるから泣かなかったけれど。 そうして準備を終えると改めて日高くんの顔を見る。 乾燥はしていない。 |脂《あぶら》ぎっているところもない。 他に気になっているところは眉だけど……。「眉の余分な毛、抜いても良い?」「はぁ!? 痛い事するとは聞いてねぇぞ!?」 と両手で眉をガードされた。 仕方ないので目立つ部分だけ剃らせてもらうことにする。 剃り終えたら改めて、下地クリームからメイクの始まりだ。 目を閉じて、ゆっくり浅めの深呼吸をする。 そうして目を開けたら、あたしはメイクの事だけに集中するんだ。 人に施すときはいつもやっているルーティン。 下地クリームを塗りながら、どのパーツをどう描こうか。 イメージしていたものとの違いを修正していく。 最後の仕上げの時に調整できるように、描きすぎない様気を付ける場所を頭に入れる。 頭の中である程度のイメージが完成したら、コンシーラーで目の下のクマをカバー。 日高くんのは寝不足による青クマだろうから、オレンジのコンシーラーを乗せて指でぼかしていく。 そのうえで更にベージュ系のコンシーラーを軽く乗せ、同じようにぼかす。 あとは小鼻の赤みにイエロー系のコンシーラーを乗せた。 不摂生のせいで肌が乾燥していただけなんだろう。 肌に凹凸は無いし、ニキビも少ない。
一人暮らしだからそうなってるんなら、家に居れば良くなるって事だろう。「前言わなかったか? 俺の地元は隣の県なんだよ。そっから通いとか流石に無理だってーの」 言われて思い出す。 そう言えば日高くんが総長をしていたっていう火燕、だっけ? その火燕が主に活動していたのが隣の県なんだっけ。 と言う事は地元はそっちの方って事だ。 いくらこの辺りが県境の近くだって言っても、流石に遠すぎる。 確かに通いは無理だ。「……それなら、どうしてここに来たの? 地味男でいるなら近くの高校でも良かったんじゃない?」 ちょっと、突っ込んで聞いてみる。 応えが無かったらこれ以上聞かないようにしようと思ったんだけれど、日高くんは普通に教えてくれた。「親父に地味男になるって言ったのは今の学校に受かってからだからな。地味男の格好は、念のためってやつだ」「そもそもどうして総長やめてこっちに来たの?」 一番の疑問を口にすると、すぐには返事がなかった。 突っ込み過ぎたかな? と思ったけれど「あー……まあいっか」と軽い調子で呟き話してくれる。「俺の親父も昔総長やっててな。じいさんもどっかの学校で番長やってたとかで……いわゆる不良一族? とでもいうのか?」「……それはそれで凄いね」 コメントに困る。「とにかくそんなだから、小さい頃から護身術代わりにケンカの仕方ばっかり教えられてよぉ。まあ、不良になるのは当然の成り行きだよな」「そう、だね……」 ……ん? そうなのかな?「で、火燕はホント実力主義で、ケンカが強い奴が総長なんだよ。それでケンカの英才教育を受けてた俺は中学生にして総長になっちまった訳」「ケンカの英才教育&hellip
「さて、じゃあ早速始めようか。メガネ取って顔良く見せて」 部屋についてやっとメイクが出来ると思ったら元気が出てきた。 あたしは日高くんを座らせると、早速そう指示を出す。 日高くんは何やら諦めの境地に達した様な顔をして、溜息をつきながら指示通りメガネを取っている。 そうして見えやすいように髪をかき上げると、本当に溜息が出るほど整っている顔だなぁと思う。 ただ、すぐに肌や唇の乾燥。 そして目の下のクマに目が行き、頬が引きつる。 昼食の改善をしてみたけれど、すぐに効果が表れるわけじゃないから乾燥などは仕方がないか。 口元の傷はあともう少しで見えなくなりそうだといったところ。 日高くんの顔の状態を見てやっぱりと思いつつ、最初にやるべきことは決まった。「日高くん、まずは顔を洗って来て」「は?」 日高くんは意味が分からないとばかりに目をパチクリ。「……今朝、顔洗って来たけど?」 まあ、それはそうだろう。 不思議がる日高くんにあたしは説明する。「日高くん、朝の洗顔って水だけ? 洗顔フォーム使ってる?」「水だけだけど?」「うん、それはOK。じゃあ洗ってるときや顔拭くとき、ごしごし擦ってない?」「擦ってるな」「それよ!」 突然大きな声で指さしたので、びっくりさせてしまった。「そうやってごしごし擦ると肌に負担がかかって乾燥してしまうの。夜の洗顔も擦ってるんじゃない? 多分そのせいで乾燥肌になって来てるんだよ」「……はあ……」 解説しているあたしに、日高くんは気のない返事をする。 まあ、興味ない人に色々言っても仕方ないか。「取りあえず、そういう事だから顔洗おう。擦らずにね」
「それじゃあナンパ邪魔して悪かったなぁ?」 ニヤリと笑う日高くん。 そして彼はメガネを外してあたしを真っ直ぐ見た。「で? 仕方ないから俺で我慢しておこうとか?」 妖艶に微笑んでそんなことを言う日高くん。 これが本当に初めて会う女性とかならドキッとかするのかもしれないけれど……。「……」 あたしは寧ろ死んだ魚の様な目で見返していた。 予想外の反応だったんだろう。日高くんも何やらおかしいと気付いたのかメガネを戻して黙り込んだ。「はあぁー……。うん、取りあえず行こうか、日高くん」 大きなため息をついて、本当に用件だけを口にする。 何だか待ち合わせだけで疲れた。「え? 何で俺の名前……ってか行こうかって……く、倉木……なのか?」 本気で信じられないものを見たという驚愕の表情。 あたしはそれに容赦なく止めを刺す。「そうだよ、倉木 灯里です。もういいからさっさと行こう」 そう言って歩き出したあたしの背後で、日高くんの「嘘だろう?」という呟きが聞こえた。 歩き出してからも何度も「嘘だろ?」「マジで?」と聞いて来る日高くん。 あたしはそれにウンザリして|率直《そっちょく》に聞いた。「本当にあたしが倉木だって。そんなに変わった? 中学の時はメイクしたってちゃんとあたしだって気付いてもらえてたよ?」「中学の時なんて知るか! 普段の地味子しか知らない状態で今のお前見たらハッキリ言って別人だ!」 相当ショックだったのか叫びながら言われる。 でもその言葉で理由が分かった。「あ、そうか。中学の時は地味子してなかったっけ」 中学の時と違って、今はギャップがありすぎるんだ。