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第4話

Penulis: 望月図南

突然、全身から力が抜けていくような感覚が清夏を襲った。

喉元までこみ上げていた言い訳のすべてを彼女はそのまま飲み込んだ。

「そう思うなら、それでいいわ」

かつての彼女なら、悔しさに涙を浮かべて必死に反論していたかもしれない。

でも今までそんな言葉で何かが変わった試しなど一度もなかった。

だったらもう、何を言っても無駄だ。

あと数日もすれば、この家とも、この人たちとも、何の関わりもなくなるのだから。

清夏は身をかがめ、足元のハイヒールを脱いだ。

サイズの合わないそれは、かかとを赤く腫れさせ、見るからに痛々しかった。

裸足のまま、彼女はゆっくりと歩き出す。

──この靴も、遠真が用意させたものだった。

彼はいつも「わがままばかり言うな」と清夏を咎め、無理に履かせてきた。

けれど一度もサイズが合っていないかもしれない、というごく当たり前のことを考えようとはしなかった。

寂しさと惨めさを背負って遠ざかっていく清夏の背中を、遠真はふと眉をひそめながら見つめた。

──追いかけようか。

そんな迷いが一瞬、足を前に出しかけたそのとき。

「遠真!」

後ろから、乃愛が駆け寄ってきた。

彼の腕にそっと身体を寄せ、甘えるように笑う。

「清夏さん、まだ私のこと怒ってるのかな?そうじゃなきゃ、あんなふうにあなたの顔に泥を塗るみたいに、一人で帰ったりしないよね?」

その一言が、冷や水のように遠真の胸に落ちた。

──同情なんて、する必要はない。

あんなふうになったのは、清夏自身の蒔いた種だ。

遠真はそれきり一度も振り返ることなく、乃愛とともにホテルの奥へと消えていった。

背後に残した頼りない背中は、まるで何もかもを置き去りにしていくようだった。

その後、東家との提携は自然とまとまり、乃愛は「忙しくて部屋を探す暇がない」と言い訳して、当然のように陸家へと転がり込んできた。

遠真は淡々と清夏に言った。

「彼女、親もいなくてずっと苦労してきたんだ。社長として、見て見ぬふりなんてできないだろ。安心しろ、すぐ出ていく。お前には何の影響もない」

そのとき清夏は、窓辺に座って愛犬のシロを抱きながら、遠くの空をぼんやりと見つめていた。

彼の言葉にも、ただ黙ってシロの頭を撫で続けるだけだった。

遠真が部屋を出た途端、乃愛の表情から猫をかぶった笑顔が消えた。

彼女はすぐさま二階に駆け上がり、清夏のアトリエへと踏み込んだ。

そして怒りのままに暴れ始めた。

絵の具の瓶が床に飛び散り、イーゼルが倒れ、描きかけの作品が次々と汚されていく。

異変に気づいた清夏が駆け込むと、彼女は両腕を広げて乃愛の前に立ちふさがり、大切にしていた何枚かの絵を必死に庇った。

「なにしてるの、やめて!」

乃愛は絵の具をひと掴みし、無造作に傍の絵へと塗りつける。

「こんなガラクタ、見てるだけでイライラするの。どうせ私がこの家の奥さんになるんだし、いらないものは処分して当然でしょ?」

清夏が血のにじむ努力で描き上げた絵が、次々と破かれ、塗りつぶされていく。

胸が締めつけられるような痛みが襲った。

「それは......芸術展に出す予定だった、私の命みたいな作品なのよ!触らないで!」

彼女が声を荒げて叫ぶと、乃愛は面倒くさそうに肩をすくめ、首から外したダイヤのネックレスを床に放り投げた。

「え、そんなに大事だったの?このネックレス、遠真がくれたのよ。数億したらしいけど......それで帳消しってことでどう?」

そして、何かを思い出したように笑う。

「あ、そうだ。清夏さんって、そういうお情けとか受け取れないタイプだったわよね?じゃあもう二枚くらい壊して、バランス取らなきゃ」

清夏の我慢は限界を超えた。

彼女は壁際に飾っていた一枚の絵へと飛びついた。

それは──亡き父と一緒に描いた、たったひとつの思い出。

川辺を駆ける小さなふたりの影。

空と水面に広がる金色の夕陽。

──お父さんは旅立つ前に言ってくれた。

「俺はこれから陽の光になる。ずっとお前のそばにいるよ」

その絵に冷たい目を向けた乃愛は、無造作に手を伸ばして奪い取ろうとする。

「そんなに好きなら、壊してあげる」

清夏を突き倒し、絵を無理やり引きはがそうとしたそのとき──シロが玄関から飛び込み、勢いよく乃愛の手首に噛みついた。

悲鳴とともに絵は彼女の手を離れ、ガラス窓を割って階下へと落ちていった。

清夏は半ば転げるように階段を駆け下り、絵を拾い上げて戻ってくる。

けれど、リビングではすでにシロが檻の中に押し込まれ、乃愛は包帯を巻いた手を見せながら、遠真に泣きついていた。

遠真は険しい表情でソファに腰を下ろし、低く言い放つ。

「これが......お前の飼ってる獣か」

清夏は檻の前に駆け寄り、シロを抱きしめながら身を投げ出す。

「シロは私を守っただけ!文句があるなら、私に言って!」

「清夏さん、なんでそんなひどい嘘を......」

乃愛は涙ながらに訴える。

「私、暴れてなんかいない......絵が可哀想で止めようとしたの......それなのに、こんな仕打ち、責められるなんて」

「嘘をつかないで!壊したのは、あなたでしょ!」

清夏の声は、怒りに震えていた。

「もういい!」

遠真の怒鳴り声が響き渡る。

「そんなことが言えるってことは──最初から本気で絵なんて描いてなかったんだろ」

その声は、刃のように鋭かった。

「だったら全部燃やせ。どうせまた繰り返すだけだ。犬も同じだ。人を噛んだ時点で、生かしておく理由はない」

部下たちが命令を受けて動き出し、清夏の腕の中から絵とシロが容赦なく引き離された。

爪先まで裂けるような痛みに、彼女の指先は震えた。

血走った目、引きつった口元。

ふらふらと倒れ込みながらも、彼女は膝で床を這い、遠真のもとへとにじり寄る。

上着の裾をつかみ、声を震わせて懇願した。

「お願い、遠真......お願いだから」

「この絵は、お父さんが残してくれた最後の形見なの......シロは、私が一番つらかったときに、ずっとそばにいてくれた......どちらも、私にとっては命なの」

「どうか壊さないで......お願い」

けれどその声は、遠真の心には届かなかった。

彼はただ、乃愛の包帯の巻かれた手首をそっと取り上げ、気遣わしげに見つめていた。

誰からも止められることなく、庭では火が焚かれ、清夏の絵が一枚、また一枚と炎に包まれていく。

檻の中、シロの鳴き声も次第に力を失っていった。

清夏は女中に押さえつけられたまま、燃え盛る火を見つめ、声を張り上げて叫んだ。

「遠真......あなた、本当にどうしちゃったの......今までのこと、全部忘れたの?」

「もう、あなたの愛なんて......いらない」

少し間を置いて、彼女は最後の願いを吐き出すように絞り出した。

「絵なんて、もうどうでもいい......だから、お願い、シロだけは返して......お願い、ほんとに、お願いだから......」

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