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夢に沈む、想いの歳月

夢に沈む、想いの歳月

Oleh:  望月図南Tamat
Bahasa: Japanese
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陸遠真(りく とうま)に囲われていた女は失踪癖があった。 そのうえ見つかるたびに彼女は、如月清夏(きさらぎ さやか)の仕業だというのだった。 西村乃愛(にしむら のあ)が九度目の失踪を遂げた時、遠真は清夏をサウナルームに閉じ込めた。 室内の温度は容赦なく上昇していく。 60℃...... 70℃...... 80℃...... 清夏の顔は真っ赤に染まり、蒸し焼きのように息ができない。 その様子を前にしても、遠真は指に嵌めた指輪を弄びながら低く問い詰めた。 「これが最後のチャンスだ。乃愛をどこに隠した?」

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Bab 1

第1話

陸遠真(りく とうま)に囲われていた女は、決まってふいに姿を消した。

見つかるたびに彼女は、如月清夏(きさらぎ さやか)が自分を殺そうとしたと訴えるのだった。

九度目の失踪のとき、遠真は清夏をサウナ室に閉じ込めた。

ガラス扉が施錠されるやいなや、熱気が無数の針となって肌を突き刺し、容赦なく痛みが広がっていく。

温度計の針はぐんぐん上昇し──

60℃......

70℃......

80℃......

清夏の顔は茹で上がったように紅潮し、呼吸すらままならない。

遠真は扉の外に立ち、手元の指輪を回しながら低い声で言った。

「これが最後のチャンスだ。乃愛をどこに隠した?」

清夏は扉に縋りつき、必死に叩いた。

手のひらは焼けつくように熱く、血の滲んだ痕がガラスに残るがそれも蒸気に飲まれてすぐに消えた。

「知らない......本当に知らないの......」

喉は干上がり、裂けそうだった。

「遠真......お願い出して、もう限界......」

彼女には生まれつきの心臓疾患があり、二十代まで生きられたのも奇跡に近い。

この高温下では、いつ命を落としてもおかしくなかった。

だが遠真はまるで聞こえていないかのように温度調整のボタンを指先で叩きながら言った。

「たかがサウナだ。死にゃしないさ。お前が乃愛にやったことを思えば、この程度の痛みなんてどうってことない」

「まだ白状しないか?」

ボタンが押される音と同時に、清夏は自分の心臓が激しく脈打つのをはっきりと感じた。

「なら──もっと上げるぞ」

意識が遠のきかけたその瞬間、彼女の脳裏に数日前、西村乃愛(にしむら のあ)がSNSに上げていた位置情報がよぎった。

最後の力を振り絞り、叫ぶ。

「言う......!北市の遊園地、備品倉庫よ......!」

遠真はすぐに駆け出し、出ていく直前、部下に命じた。

「俺から連絡があるまで、絶対に開けるな」

──三十分後、ようやく電話が鳴った。

遠真は乃愛を見つけ出し、それをもってようやく清夏は解放された。

全身汗まみれで、体温は異常な高さを示していた。

彼女はそのまま意識を失い、昏睡状態で一夜を越えた。

うなされる中、遠真との記憶が走馬灯のように脳裏を巡る。

遠真は父の古い友人だった。

まだ幼かった頃清夏は内気で病弱で、彼はそんな彼女を気遣って、毎日のように如月家を訪れていた。

食も細い彼女のために、世界中から旬の果物や野菜を届けてくれた。

アメリカのパイナップルストロベリーや、アフリカの角瓜──夜明けに摘まれたばかりのそれらは、昼には清夏の食卓に並んだ。

スターたちが奪い合うような高級オーダードレスも、「きれい」と清夏がぽつりと漏らせば、翌日には贈り物として届いていた。

父はいつも彼女の頭を撫でながら冗談めかして言っていた。

「遠真の奴、お前をお嫁さんにするつもりなんじゃないか?」

清夏は「ないない」と笑いながらも、顔を真っ赤に染めていた。

──十八歳の誕生日。

遠真は、街全体を巻き込んだようなプロポーズを仕掛けた。

清夏の好きな白バラで街中が埋め尽くされ、北市の空にはドローンが「清夏、俺と結婚してくれ」と文字を描いたそれは、三日三晩空に浮かび続けた。

豪華客船の甲板で遠真は彼女を背後からそっと抱きしめ、顎を首筋に埋めた。

「清夏、俺と結婚してくれ。今生でも、来世でも、そのまた次の世でも、ずっとお前を愛し続ける」

盛大な花火の下、清夏は涙を浮かべながら頷いた。

──だが、半年も経たないうちに、如月家は破産した。

父はそれを悔やみ病に倒れ、最期の時──遠真の手を握りながら、掠れた声で言い残した。

「遠真......清夏を頼んだぞ。絶対に傷つけるんじゃない......」

遠真は深く頷いた。

「任せてくれ」

それ以来、清夏は陸家で暮らすことになった。

北市では誰もが噂していた──遠真は、自分のすべての愛を如月清夏に捧げている、と。

......あの女が現れるまでは。

西村乃愛。

新しく雇われた助手で、不器用で、エビの殻すら自分で剥けない女だった。

「この子さ、ほんとドジで。エビも剥けないんだよ」

「書類もすぐ無くすしさ」

遠真が清夏の前で初めて乃愛に触れたとき、その声には確かに甘さが宿っていた。

高級茶葉を安物のミルクティーにすり替えて、大口の契約を潰しても遠真は彼女の頭を撫でながら笑った。

「うちの乃愛は、純粋で素直なんだ」

清夏のクローゼットにあった限定ドレスにインクをぶちまけても、遠真は眉ひとつ動かさず、すぐに同じものを買って乃愛に与えた。

──清夏の二十一歳の誕生日。

ケーキを切っていた遠真の手が止まり、ぽつりと呟いた。

「乃愛、ブルーベリー好きだったな」

「ここにいたら、ケーキ全部食べるって騒いだだろうな......」

──そのとき、清夏の中で何かが壊れた。

乃愛という女はすでに遠真の心の中に入り込んでいた。

彼女の居場所は、どこにもなかった。

やがて乃愛は屋敷での立場を確立し、さまざまな手口で清夏を挑発してきた。

清夏は歯を食いしばり、すべてを堪えた。

気づかぬふりを決め込んだ。

だから──乃愛は失踪ゲームを始めたのだ。

わざと清夏に居場所のヒントを漏らし、首を傾けて笑う。

「ねえ、遠真が私のために、あなたをどこまで追い詰めるか......賭けてみない?」

──このゲームは八度繰り返され、清夏は八度、すべて敗れた。

夢の中で遠真の冷ややかな顔が迫ってくる。

清夏は叫びながら目を覚ました。

寝間着は冷たい汗でぐっしょりと濡れていた。

彼女はベッドに背を預け、窓の外をぼんやりと見つめた。

......もう、いいかもしれない。

かつて救いだと信じていた遠真は、もうどこにもいなかった。

そう悟ったとき、彼女はトランクの底から合格通知書を取り出し、ひとつの電話番号を押した。

「須藤先生......M国の芸術学院、予定どおり入学します」

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第1話
陸遠真(りく とうま)に囲われていた女は、決まってふいに姿を消した。見つかるたびに彼女は、如月清夏(きさらぎ さやか)が自分を殺そうとしたと訴えるのだった。九度目の失踪のとき、遠真は清夏をサウナ室に閉じ込めた。ガラス扉が施錠されるやいなや、熱気が無数の針となって肌を突き刺し、容赦なく痛みが広がっていく。温度計の針はぐんぐん上昇し──60℃......70℃......80℃......清夏の顔は茹で上がったように紅潮し、呼吸すらままならない。遠真は扉の外に立ち、手元の指輪を回しながら低い声で言った。「これが最後のチャンスだ。乃愛をどこに隠した?」清夏は扉に縋りつき、必死に叩いた。手のひらは焼けつくように熱く、血の滲んだ痕がガラスに残るがそれも蒸気に飲まれてすぐに消えた。「知らない......本当に知らないの......」喉は干上がり、裂けそうだった。「遠真......お願い出して、もう限界......」彼女には生まれつきの心臓疾患があり、二十代まで生きられたのも奇跡に近い。この高温下では、いつ命を落としてもおかしくなかった。だが遠真はまるで聞こえていないかのように温度調整のボタンを指先で叩きながら言った。「たかがサウナだ。死にゃしないさ。お前が乃愛にやったことを思えば、この程度の痛みなんてどうってことない」「まだ白状しないか?」ボタンが押される音と同時に、清夏は自分の心臓が激しく脈打つのをはっきりと感じた。「なら──もっと上げるぞ」意識が遠のきかけたその瞬間、彼女の脳裏に数日前、西村乃愛(にしむら のあ)がSNSに上げていた位置情報がよぎった。最後の力を振り絞り、叫ぶ。「言う......!北市の遊園地、備品倉庫よ......!」遠真はすぐに駆け出し、出ていく直前、部下に命じた。「俺から連絡があるまで、絶対に開けるな」──三十分後、ようやく電話が鳴った。遠真は乃愛を見つけ出し、それをもってようやく清夏は解放された。全身汗まみれで、体温は異常な高さを示していた。彼女はそのまま意識を失い、昏睡状態で一夜を越えた。うなされる中、遠真との記憶が走馬灯のように脳裏を巡る。遠真は父の古い友人だった。まだ幼かった頃清夏は内気で病弱で、彼はそんな彼女
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第2話
「清夏、本当にいいのかい?」須藤先生の声には驚きがにじんでいた。「君は身体が弱いし、ご家族の許可は得たの?」以前、清夏も留学を考えたことはあった。けれどそのたびに遠真に止められてきた。最初のうちは、彼も辛抱強く言い聞かせてくれた。「清夏、いい子だからね。お前は体が弱いし、遠出なんてさせたくない。病気がよくなったら、俺が世界中連れてってやるから」──でも、次第にその口ぶりは冷たくなった。「お前の父さんはお前を俺に託していったんだ。ちゃんと守らなきゃならない。わかるよな?無駄に手間かけさせないでくれ」その態度が変わらなかったからこそ、清夏は今回も、海外の学校に合格したことを言い出せずにいた。「......私にはもう家族なんていません」清夏は口元を引きつらせながら、かすれた声で言った。「須藤先生、どうしても......自分の力で外の世界を見てみたいんです」電話の向こうでため息がひとつ聞こえた。「......わかったよ。開講まではあと一週間。準備を急ぎなさい」電話を切った直後だった。階下で玄関のドアが「バンッ」と激しく叩き開けられる音がした。遠真が荒々しく踏み込んでくる。その身に纏う冷気に、空気まで凍りつきそうだった。一言も発さず、彼は清夏の腕を乱暴に引き外へと連れ出そうとする。昨日の火傷で痛む手のひらを強く握られ、清夏は顔をしかめながらも抵抗した。「どこに連れてくつもり......!」「乃愛に謝りに行くぞ」その言葉に、清夏の胸が音を立てて沈んだ。「......なんで、私が?」「昨日、お前が乃愛を拉致したせいで、足を捻挫した」その声は氷のように冷たかった。「病院で一晩中泣いてたんだ。いまも目が腫れぼったい。原因を作ったお前が、謝るのが筋だろ」清夏は、ふっと笑った。何かと思えば──たかが捻挫。「......遠真、それ、私じゃない」胸の奥が重く痛むのを堪えながら、静かに言い返した。「乃愛のSNSに投稿された位置情報をたまたま見ただけで......」そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。彼の目の奥に浮かんでいたのは、怒り、疑念、そしてほんのわずかな憎しみ──そう、これまでの八回と何も変わらない。彼は最初から信じていなかった。「言えよ。もっと巧
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第3話
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第4話
突然、全身から力が抜けていくような感覚が清夏を襲った。喉元までこみ上げていた言い訳のすべてを彼女はそのまま飲み込んだ。「そう思うなら、それでいいわ」かつての彼女なら、悔しさに涙を浮かべて必死に反論していたかもしれない。でも今までそんな言葉で何かが変わった試しなど一度もなかった。だったらもう、何を言っても無駄だ。あと数日もすれば、この家とも、この人たちとも、何の関わりもなくなるのだから。清夏は身をかがめ、足元のハイヒールを脱いだ。サイズの合わないそれは、かかとを赤く腫れさせ、見るからに痛々しかった。裸足のまま、彼女はゆっくりと歩き出す。──この靴も、遠真が用意させたものだった。彼はいつも「わがままばかり言うな」と清夏を咎め、無理に履かせてきた。けれど一度もサイズが合っていないかもしれない、というごく当たり前のことを考えようとはしなかった。寂しさと惨めさを背負って遠ざかっていく清夏の背中を、遠真はふと眉をひそめながら見つめた。──追いかけようか。そんな迷いが一瞬、足を前に出しかけたそのとき。「遠真!」後ろから、乃愛が駆け寄ってきた。彼の腕にそっと身体を寄せ、甘えるように笑う。「清夏さん、まだ私のこと怒ってるのかな?そうじゃなきゃ、あんなふうにあなたの顔に泥を塗るみたいに、一人で帰ったりしないよね?」その一言が、冷や水のように遠真の胸に落ちた。──同情なんて、する必要はない。あんなふうになったのは、清夏自身の蒔いた種だ。遠真はそれきり一度も振り返ることなく、乃愛とともにホテルの奥へと消えていった。背後に残した頼りない背中は、まるで何もかもを置き去りにしていくようだった。その後、東家との提携は自然とまとまり、乃愛は「忙しくて部屋を探す暇がない」と言い訳して、当然のように陸家へと転がり込んできた。遠真は淡々と清夏に言った。「彼女、親もいなくてずっと苦労してきたんだ。社長として、見て見ぬふりなんてできないだろ。安心しろ、すぐ出ていく。お前には何の影響もない」そのとき清夏は、窓辺に座って愛犬のシロを抱きながら、遠くの空をぼんやりと見つめていた。彼の言葉にも、ただ黙ってシロの頭を撫で続けるだけだった。遠真が部屋を出た途端、乃愛の表情から猫をかぶった笑顔が消えた。
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第5話
清夏の言葉が終わらないうちに、シロの悲鳴がピタリと止んだ。彼女は正気を失ったようによろめきながら外へ飛び出す。中庭には鮮やかすぎる血の跡が広がっていた。シロの頭はぐったりと垂れ、すでに息はなかった。清夏はその場にへたり込み、全身を震わせた。喉が詰まったように声が出ず、涙すら出てこない。父はもういない。三年間ずっと寄り添ってくれたシロも、今、彼女のもとを離れた。──どうして。どうして、私に温かさをくれたものたちは、みんなこうして去っていくの。彼女はただ、たった一匹の命を守りたかっただけだった。けれどそんな小さな願いすら、容赦なく打ち砕かれた。遠真が屋敷から駆け出してくる。清夏の姿を見た彼の脳裏に最初によぎったのは、慰めの言葉ではなかった。「もうあなたの愛なんて、いらない」清夏のさっきの言葉が、まるで棘のように喉に引っかかって離れなかった。息苦しさを覚えながら、遠真は彼女の腕を乱暴に引き上げ、壁に強く押しつけた。「清夏、お前はいつまで子どもみたいな真似をする気だ?こんなふざけた言葉で人の気を引くつもりか?」「お前は十八のときからずっと俺のそばにいる。それで今さら、俺の愛なんていらないって......じゃあ、誰の愛が欲しいんだよ」怒気をはらんだ彼の視線を真っ向から受け止めながら、清夏は搾り出すように言った。「どいて」もう、愛だの想いだの語る気力さえ残っていなかった。彼がかつて、どれほど自分を大切にしてくれていたか──そんな過去の面影は、もうどこにもない。あの日、乃愛が現れた瞬間からふたりの結末は決まっていたのだ。部屋に戻った清夏は、丸く身体を丸めて横たわった。階下からは、笑い声と談笑が絶え間なく聞こえてくる。「ねえ遠真、清夏さんってほんとわがままだよね?たかが一匹の犬で、なんであんなに騒ぐのかしら」乃愛の甲高い声が、飾り気のない悪意をまき散らす。遠真の声も聞こえた。冷ややかな笑みを含んでいた。「放っておけ。あいつは昔から甘やかされすぎて、感情の区別もついてないんだ」「如月家はもう無い。あいつ自身、心臓病まで抱えてる。陸家にいなきゃ、どこへ行くっていうんだ」「今回はしっかりしつけてやるよ。あの性格、矯正しないと一生ダメになる」その声を聞きながら
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第6話
清夏は心臓病の発作を起こしたが適切な処置が間に合わず、病院で一晩中の緊急治療を受けた末、ようやく一般病棟へ移された。その翌日病院から連絡を受けた遠真は、マルディブのビーチにいた。電話越しの医師がこう告げる。「患者の如月清夏さん、緊急連絡先にあなたの名前を登録していました」遠真は一瞬言葉を失い、それからすぐに帰国便を手配した。その傍らには、完璧なメイクを施した乃愛の姿があった。病室へ飛び込んだとき、遠真は目の前の光景に思わず息を呑んだ。病床に横たわる清夏は、痩せ細り蒼白な肌がなおさら弱々しく見える。胸の奥に、今さらながらの罪悪感が押し寄せた。声を和らげて、彼は言った。「清夏......ごめん、遅くなった」清夏は何も言わず、ただ静かに天井を見つめていた。まるで、そこに彼の存在などないかのように。遠真は喉を鳴らし、珍しく言い訳を口にした。「昨日の電話、わざと無視したわけじゃない。ただ......お前に少し、反省してほしくて」沈黙が流れた。そして不意にその空気を破るように、乃愛が泣き出す。「清夏さん、全部私のせいなの。無理に遠真を連れ出して、こんなことになっちゃって......」「二人は長い付き合いなんだし、どうか私のせいで仲違いしないで......」そう言って彼女は自分の頬を強く打った。「あなたが動けないなら、私が代わりに叩く。許してくれるまで、何度でも」その姿に、さっきまで清夏を気遣っていた遠真の顔が一変する。「やめろ、乃愛!何してるんだ。悪いのは俺だ。お前が謝る必要なんてない」清夏はもう何もかもが滑稽に思えた。何ひとつ言っていないはずの自分が、いつの間にか責めている側に仕立てられている。彼女は目を閉じ、かすれた声で言った。「出て行って。ひとりにして」ふたりが病室を出たのを見届けて、ようやく緊張の糸が切れた。そのまま浅い眠りに落ちていったが──「バンッ!」激しい音で扉が蹴り開けられ、清夏は跳ね起きた。遠真が、手にした検査報告書を彼女の上に乱暴に投げつける。「見ろよ、これが現実だ。お前、昨夜は心臓発作なんて起こしてない。救急処置も受けてない!」「ここに証拠がある。お前は一体、何を言い訳するつもりだ?」彼はなによりも欺かれることを嫌う男だっ
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第7話
清夏の胸に、突如として不安が駆け上がった。今回の「失踪ゲーム」は、乃愛が事前に住所も日時も一切教えてこなかった。彼女は衣の端をぎゅっと握り締め、自分に言い聞かせる――大丈夫。もうすぐ留学先の登校日。それまでに陸家を出て、国外へ飛べばそれでいい。体調が少し戻ると、清夏はすぐに荷造りをして陸家へ戻った。しかし玄関を出た瞬間、鬼の形相で立ちはだかったのはほかならぬ遠真だった。「人を傷つけて逃げるつもりか?どこへ行く気だ?」燃えるような目で睨みつけるその姿は、清夏の中で最も深く根付いた恐怖を呼び起こす。彼がこんな顔をするときは、決まって「罰」が待っていた。監禁され、乃愛の居場所を白状するまで何度も何度も問い詰められる。清夏は反射的に一歩下がった。声が震える。「な、何のこと?意味が分からない......」キャリーケースがガタンと倒れた。次の瞬間、遠真は彼女の喉元を強く掴み上げた。「まだ白々しいことを!また乃愛がいなくなった。お前の仕業じゃなきゃ誰なんだ?隠しておいて逃げるつもりか?逃げきれると思ってるのか?」息が詰まり、顔がみるみる紫色に変わっていく。清夏は必死で彼の手を叩きながら、やっとの思いで絞り出す。「今度はほんとに知らないの......」「知らない?ふざけるな」遠真は冷笑しながら、彼女を庭の池のそばへと引きずった。目の奥には、狂気めいた光が宿っていた。「お前が小さい頃から水が怖いのは知ってる。泳げないんだよな?」彼は膝をつき、彼女の手首を握りしめて、涙すら滲ませながらつぶやく。「清夏、悪いな。今の俺には時間がないんだ。乃愛が一秒でも長く外にいたら、何があるか分からないんだ......」そしてそのまま、ためらいなく彼女の頭を水に押し込んだ。「素直になれ。考えが変わったら、手を挙げろ。な?」冷たい水が口と鼻を塞ぎ、清夏はもがき苦しむ。幼いころの記憶が、一気に蘇った――あの日、海辺で遊んでいた彼女は高潮にさらわれ、意識を失い、ひと月も命の危機にあった。父は泣き明かし、やつれてしまった。それを知った遠真は、いつも彼女を守ってくれたのに――今、こうして彼女を水に沈めているのも彼だった。もう限界、という瞬間、彼のスマホが鳴った。咄嗟に手を放し、電話を取る
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第08話
遠真は現金の詰まった金庫を抱え、海辺へと急行した。犯人たちとの長いやり取りの末、ようやく乃愛を解放してもらえたのだ。帰り道、車は猛スピードで走っていた。助手席の乃愛は手首をさすりながら、甘えた声を出す。「遠真、あの人たち、本当に乱暴だったの。手首がまだ痛い。ねえ、小さなケーキでも買ってくれない?怖かった分の埋め合わせに」遠真はハンドルを握りながら「いいよ」と答えたものの、意識はすでに別のところにあった。――乃愛を助け出したその瞬間、ようやく自分が何をしたのかを思い知った。清夏の足を自らの手で折り、庭に置き去りにした。あの不器用な女が、自分ひとりでどうにかできるはずもないのに。重傷を負った彼女は、今頃どれだけ苦しんでいるのだろう。ケーキ屋の前を通りかかったとき、遠真は急ハンドルを切り、そのまま自宅へと引き返した。「先に陸家に戻る。ケーキは使用人に買わせよう」乃愛は心の中でいぶかしんだ。これまでは失踪ゲームが終わるとすぐに、遠真は必ず清夏を責めに行った。だが今日の彼は、明らかに様子が違う。焦りとも、後悔ともつかない表情――乃愛は内心いらだちを覚えた。自分は命を落としかけたというのに、清夏の足が一本折れたくらいで何を悩んでいるというのか。とはいえ今はまだ、清純で健気な花を演じるとき。無駄に波風を立てるべきじゃない。車が陸家に到着するやいなや、遠真は飛び降りて庭へと駆け出した。邸内をぐるぐると何周も探し回ったが、清夏の姿はどこにもなかった。「執事!執事はどこだ!」何度も叫んだ末に、ふと気づく。――そうだ。数日前、自分はすでに使用人たちをすべて解雇していたのだった。不安が津波のように押し寄せる中、遠真はスマホを取り出して清夏に電話をかける。だが、返ってきたのは無機質な音声案内だけだった。「おかけになった番号は、現在使われておりません」何度も、何度もかけ直す。二十八度目の発信を終えたとき、彼はようやく気づいた。――あのとき、清夏も自分に二十八回かけてきたのだ。しかし自分はそれを「鬱陶しい」としか思わず、一方的に突き放した。拒絶され続けるというのは、こんなにも絶望的なものなのか――彼はがく然としながらもふと閃いた。「清夏は足を怪我してる。治療
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第9話
乃愛はいまだ玉の輿の夢に酔いしれていた。だが次の瞬間、遠真の冷たい言葉が、現実という名の氷水をぶちまけた。彼は彼女をじっと見据えその視線には、信じられないほど馬鹿げた冗談を聞かされたときのような嘲りが浮かんでいた。「何を勘違いしてる?俺は最初から、お前と結婚するつもりなんてなかった。たとえ形だけでも、あり得ない」「俺がこの人生で妻にすると決めてるのは、清夏ただ一人だ」「お前なんて、ただの遊び相手だよ」その声は氷のように冷たく、彼は仰向けに煙草をくわえて火を点けた。煙に包まれた顔には、もう温もりのかけらもない。「ずっと俺のそばにいたなら、自分が何者かくらい分かってるだろ?」乃愛は頭が真っ白になった。遠真は確かに彼女を甘やかしてくれた。数百万円のバッグ、千万を超えるアクセサリー、彼女が望めばすぐに手に入った。彼女のためにバカンスを優先して、大事な商談を断ったことさえある。失踪ゲームが終わるたび、彼は決まって彼女の味方だった。そのすべてが、特別な愛の証だと思っていた。誰にも奪えない、唯一無二の関係だと信じて疑わなかった。なのに、彼の口から出たのは、あまりにも惨めな言葉。冗談──きっと冗談に違いない。なんとか愛想笑いで誤魔化そうとした瞬間、彼女の目は遠真の視線とぶつかった。それは、上から見下ろす者が、足元の虫けらに向ける軽蔑の眼差し。貧民街で育った彼女が、何度も見てきた視線だった。遠真はそばに置くことは許し、甘やかすことはしても決して絶対に、彼女を陸家の女にはしない。乃愛はその事実に気づきながらも、賢く黙って見ぬふりをした。わざとらしく笑ってみせる。「遠真、冗談よ。そんなに真に受けないで」彼はほっとしたように小さく息を吐き、少しだけ冷気を解いた。「今後は、そういう冗談はやめてくれ」遠真には常に娯楽が必要だった。だが清夏のいないこの夜、彼は初めて空虚というものを噛みしめた。水を飲もうと立ち上がった足は、まるで意思を持つように自然と清夏の部屋へと向かった。部屋は荒れていた。物が探られた痕跡がそのまま残っている。最後に清夏がすべての贈り物を燃やしたあの夜のまま。彼は所在なく部屋を歩き回り、机の上の割れた写真立てを見つけた。中の写真は真っ二つに裂か
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第10話
翌日、友人は気落ちした遠真を元気づけようと彼を食事に誘った。レストランで偶然、乃愛に出くわした。友人は彼女を見つけて、遠真の耳元でささやいた。「なあ、あれってお前が囲ってた女じゃないか?挨拶ぐらいしてくか?」遠真はかぶりを振った。清夏がいなくなって以来、何ひとつ興味が持てなくなった。今日こうして出てきたのも、友人の誘いを無下にしたくなかっただけだ。ちょうどそのとき、乃愛の向かいに座っていた中年の女が口を開いた。「まったく、あんたも情けないよ。あれだけ遠真と付き合っておいて、まだ陸家に嫁げてないなんてさ」乃愛は不満げに眉をしかめた。「ママ、私だって好きでこうなってるわけじゃないの。お金持ちなんて簡単に引っかからないのよ。十回も失踪事件を起こしたってのに、まだ未婚だなんて」「でもね、あの女清夏っていうんだけど、あの女のせいにしてやったのよ。私がいなくなったのは、彼女が裏で手を回したせいだって」「そのせいで、遠真はどんどん私に同情するようになって、気づいたら彼女を遠ざけてたわ。あの女が絶望して出て行った今となっちゃ、陸家に入るのも時間の問題よ」中年の女は満足そうにニタニタと笑った。「さすがは私の娘、考えが周到ね。誤解を煽って彼の同情を引き出すなんて、一石二鳥だわ。そういえば、この前の自作自演の誘拐で手に入れた二十億は?少しママにも回してくれない?」乃愛は笑いながらカードを差し出した。「半分はあの連中に分けたから、残りは十億。あまり派手に使わないでよ、ママ」──遠真の足が、その場で止まった。ざわつく店内の喧騒が、まるで遠くの波音のようにぼんやりと耳をかすめていく。頭の中が真っ白になった。乃愛は孤児でもなければ、清純なお嬢様でもなかった。すべては清夏を陥れるために仕組まれた壮大な罠だった。では、自分が彼女にしてきたことは......?あれほど何度も侮辱し、責め立て、仇に頭を下げさせたことは一体何だったのか。目の前がぐらつくほどの衝撃に、遠真は意識を失いかけた。慌てた友人が、よろめく彼の体を支えた。「おい、大丈夫か!」遠真は手を振って制し、震える手でスマホを取り出した。「......乃愛が会社に入ってからの動き、全部洗い出せ。金に糸目はつけるな」特別補佐は即座に行
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