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夢に沈む、想いの歳月

夢に沈む、想いの歳月

By:  望月図南Completed
Language: Japanese
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陸遠真(りく とうま)に囲われていた女は失踪癖があった。 そのうえ見つかるたびに彼女は、如月清夏(きさらぎ さやか)の仕業だというのだった。 西村乃愛(にしむら のあ)が九度目の失踪を遂げた時、遠真は清夏をサウナルームに閉じ込めた。 室内の温度は容赦なく上昇していく。 60℃...... 70℃...... 80℃...... 清夏の顔は真っ赤に染まり、蒸し焼きのように息ができない。 その様子を前にしても、遠真は指に嵌めた指輪を弄びながら低く問い詰めた。 「これが最後のチャンスだ。乃愛をどこに隠した?」

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Chapter 1

第1話

陸遠真(りく とうま)に囲われていた女は、決まってふいに姿を消した。

見つかるたびに彼女は、如月清夏(きさらぎ さやか)が自分を殺そうとしたと訴えるのだった。

九度目の失踪のとき、遠真は清夏をサウナ室に閉じ込めた。

ガラス扉が施錠されるやいなや、熱気が無数の針となって肌を突き刺し、容赦なく痛みが広がっていく。

温度計の針はぐんぐん上昇し──

60℃......

70℃......

80℃......

清夏の顔は茹で上がったように紅潮し、呼吸すらままならない。

遠真は扉の外に立ち、手元の指輪を回しながら低い声で言った。

「これが最後のチャンスだ。乃愛をどこに隠した?」

清夏は扉に縋りつき、必死に叩いた。

手のひらは焼けつくように熱く、血の滲んだ痕がガラスに残るがそれも蒸気に飲まれてすぐに消えた。

「知らない......本当に知らないの......」

喉は干上がり、裂けそうだった。

「遠真......お願い出して、もう限界......」

彼女には生まれつきの心臓疾患があり、二十代まで生きられたのも奇跡に近い。

この高温下では、いつ命を落としてもおかしくなかった。

だが遠真はまるで聞こえていないかのように温度調整のボタンを指先で叩きながら言った。

「たかがサウナだ。死にゃしないさ。お前が乃愛にやったことを思えば、この程度の痛みなんてどうってことない」

「まだ白状しないか?」

ボタンが押される音と同時に、清夏は自分の心臓が激しく脈打つのをはっきりと感じた。

「なら──もっと上げるぞ」

意識が遠のきかけたその瞬間、彼女の脳裏に数日前、西村乃愛(にしむら のあ)がSNSに上げていた位置情報がよぎった。

最後の力を振り絞り、叫ぶ。

「言う......!北市の遊園地、備品倉庫よ......!」

遠真はすぐに駆け出し、出ていく直前、部下に命じた。

「俺から連絡があるまで、絶対に開けるな」

──三十分後、ようやく電話が鳴った。

遠真は乃愛を見つけ出し、それをもってようやく清夏は解放された。

全身汗まみれで、体温は異常な高さを示していた。

彼女はそのまま意識を失い、昏睡状態で一夜を越えた。

うなされる中、遠真との記憶が走馬灯のように脳裏を巡る。

遠真は父の古い友人だった。

まだ幼かった頃清夏は内気で病弱で、彼はそんな彼女を気遣って、毎日のように如月家を訪れていた。

食も細い彼女のために、世界中から旬の果物や野菜を届けてくれた。

アメリカのパイナップルストロベリーや、アフリカの角瓜──夜明けに摘まれたばかりのそれらは、昼には清夏の食卓に並んだ。

スターたちが奪い合うような高級オーダードレスも、「きれい」と清夏がぽつりと漏らせば、翌日には贈り物として届いていた。

父はいつも彼女の頭を撫でながら冗談めかして言っていた。

「遠真の奴、お前をお嫁さんにするつもりなんじゃないか?」

清夏は「ないない」と笑いながらも、顔を真っ赤に染めていた。

──十八歳の誕生日。

遠真は、街全体を巻き込んだようなプロポーズを仕掛けた。

清夏の好きな白バラで街中が埋め尽くされ、北市の空にはドローンが「清夏、俺と結婚してくれ」と文字を描いたそれは、三日三晩空に浮かび続けた。

豪華客船の甲板で遠真は彼女を背後からそっと抱きしめ、顎を首筋に埋めた。

「清夏、俺と結婚してくれ。今生でも、来世でも、そのまた次の世でも、ずっとお前を愛し続ける」

盛大な花火の下、清夏は涙を浮かべながら頷いた。

──だが、半年も経たないうちに、如月家は破産した。

父はそれを悔やみ病に倒れ、最期の時──遠真の手を握りながら、掠れた声で言い残した。

「遠真......清夏を頼んだぞ。絶対に傷つけるんじゃない......」

遠真は深く頷いた。

「任せてくれ」

それ以来、清夏は陸家で暮らすことになった。

北市では誰もが噂していた──遠真は、自分のすべての愛を如月清夏に捧げている、と。

......あの女が現れるまでは。

西村乃愛。

新しく雇われた助手で、不器用で、エビの殻すら自分で剥けない女だった。

「この子さ、ほんとドジで。エビも剥けないんだよ」

「書類もすぐ無くすしさ」

遠真が清夏の前で初めて乃愛に触れたとき、その声には確かに甘さが宿っていた。

高級茶葉を安物のミルクティーにすり替えて、大口の契約を潰しても遠真は彼女の頭を撫でながら笑った。

「うちの乃愛は、純粋で素直なんだ」

清夏のクローゼットにあった限定ドレスにインクをぶちまけても、遠真は眉ひとつ動かさず、すぐに同じものを買って乃愛に与えた。

──清夏の二十一歳の誕生日。

ケーキを切っていた遠真の手が止まり、ぽつりと呟いた。

「乃愛、ブルーベリー好きだったな」

「ここにいたら、ケーキ全部食べるって騒いだだろうな......」

──そのとき、清夏の中で何かが壊れた。

乃愛という女はすでに遠真の心の中に入り込んでいた。

彼女の居場所は、どこにもなかった。

やがて乃愛は屋敷での立場を確立し、さまざまな手口で清夏を挑発してきた。

清夏は歯を食いしばり、すべてを堪えた。

気づかぬふりを決め込んだ。

だから──乃愛は失踪ゲームを始めたのだ。

わざと清夏に居場所のヒントを漏らし、首を傾けて笑う。

「ねえ、遠真が私のために、あなたをどこまで追い詰めるか......賭けてみない?」

──このゲームは八度繰り返され、清夏は八度、すべて敗れた。

夢の中で遠真の冷ややかな顔が迫ってくる。

清夏は叫びながら目を覚ました。

寝間着は冷たい汗でぐっしょりと濡れていた。

彼女はベッドに背を預け、窓の外をぼんやりと見つめた。

......もう、いいかもしれない。

かつて救いだと信じていた遠真は、もうどこにもいなかった。

そう悟ったとき、彼女はトランクの底から合格通知書を取り出し、ひとつの電話番号を押した。

「須藤先生......M国の芸術学院、予定どおり入学します」

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