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偽りに満ちた愛

偽りに満ちた愛

By:  慶安(けいあん)Completed
Language: Japanese
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流産を五回繰り返した後、なぜ私の身体は赤ちゃんを守れないのかと医師に相談に行った。 しかしドアの外で、夫と医師の会話を耳にしてしまった。 「君が処方した中絶薬はなかなか良く効くな。彼女はもう五回も流産した。いつになったら子宮摘出手術ができる?安斎恵梨(あんざい えり)に俺の子供を産ませるわけにはいかないんだ」 「ああ、それと流産予防薬も追加で処方しておいてくれ。真希が妊娠したからな。絶対に健康な赤ちゃんを産ませるんだ」 医師が言った。「しかし恵梨さんの身体はこの数年で随分弱ってて、もう二度と子供を授かることは難しいかもしれないが……」 滝沢竜一(たきざわ りゅういち)は平然と答えた。「だから何?奴に子供が産めなくなるように、わざと何度も流産させてきたんだ!」 「まあいい、その話はこれまでだ。これから真希とマタニティ用品を買いに行くんだ」 ドアの陰でその言葉を聞きながら、私は全身の血の気が引いていくのを感じた。 結局、私が必死に守ろうとした愛は、ただの笑い話に過ぎなかったのだ。

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Chapter 1

第1話

「なぁ和也、今日は絵里と籍を入れる日だろ?すっぽかして、あいつ怒らねえの?」

「絵里が和也にベタ惚れなのは周知の事実じゃんか。和也が寧々のために行かなかったって知っても、怒る度胸なんてあるわけねえって」

「そうよ。絵里なんかが寧々に勝てるわけない。和也は昔っから寧々を溺愛してるんだから……」

……

彼らが口にする「寧々」という少女は藤原寧々(ふじはら ねね)、藤原和也(ふじはら かずや)の義妹だ。

ホテルの個室のドア前に立ち尽くす水原絵里(みずはら えり)は、全身の血液が凍りつくような感覚に襲われていた。

これが、長年愛し続けた男の正体だというのか。あまりにも浅ましい。

彼女は拳を固く握りしめる。爪が掌に深く食い込むが、胸を焼く絶望に比べれば、そんな生理的な痛みは万分の一にも満たなかった。

深く息を吸い込むと、扉を押し開けた。

バンッ!

喧騒に包まれていた個室が、瞬時に静まり返る。

「絵里……」誰かが息を呑んだ。

扉の前に立つその美貌に、誰もが目を奪われた。透き通るような白い肌、引き締まった腰のラインを強調するピンクのワンピース。ハーフアップにまとめた髪が、優美さを際立たせている。

だがその瞳は、氷のように冷徹だった。彼女の視線が、和也と寧々を射抜く。

「和也。これが、役所に行けない理由?」

和也の端正な顔に、一瞬だけ気まずさが走る。だがすぐに絵里のそばへ歩み寄った。

「入籍なんていつでもできるだろ。寧々が久しぶりに海外から帰ってきたんだ。兄として、歓迎会を開くのは当然のことだろう?」

絵里は冷ややかに笑う。

「一年に一度の交際記念日も、あなたにとっては『どうでもいい』ことなの?

今回を逃せば、来年まで待たなきゃいけないって分かってるくせに」

それは二人の約束だった。

交際記念日を結婚記念日にする。一石二鳥で、特別な意味を持たせるはずだったのだ。

だが明らかに、和也には結婚する気などない。

彼が真に娶りたいのは寧々なのだ。

彼の、幼馴染であり義妹である寧々を。

何かを感じ取ったのか、和也が絵里の腕を掴もうとする。

「騒ぐな。帰ってから説明するから」

絵里はその手を乱暴に振り払った。

その時、寧々が口を開いた。

「絵里、ごめんなさい。私が悪いの。今日が入籍日だなんて知らなくて……」

うつむいて謝るその姿は、いかにも被害者といった風情だ。

絵里は常日頃から彼女を嫌悪していたため、無視を決め込む。すると寧々は顔を上げ、涙を浮かべた瞳で訴えかけてきた。

「許して。私、絵里と兄さんの幸せを心から祝福してるのに……」

祝福?絵里は鼻で笑った。

「猫かぶるのはやめてくれない?本気で祝福してるなら、わざわざ戻って来たりしないでしょ」

和也の表情が曇る。

「そんな意地悪な言い方はやめろ」

「何よ、大事な大事な妹を言われて不機嫌?」

絵里の目は、他人を見るように冷え切っていた。

和也は顔をしかめ、低い声で叱責する。

「絵里、場所をわきまえろ。滅多なことを言うもんじゃない!」

見ろよ。どれほど妹を庇うのか。

彼がそこまで肩を持つのなら、望み通りにしてやろうね。

「やったことは事実でしょう?何を怖がってるの?」

寧々の目元が赤くなり、傷ついた表情を作る。

「私と兄さんはそんな関係じゃないわ。どうして昔みたいに誤解ばかりするの?

二人の喧嘩の原因になるって分かってたら、私、帰って来なかった……」

寧々の涙声は、聞く者の庇護欲をそそるものだった。彼女が虐げられていると見た取り巻きたちが、一斉に絵里を非難し始める。

「絵里、それは言い過ぎだよ。和也と寧々は兄妹だぜ?そんなことにまで嫉妬するのか?」

「そうだよ。この三年間、あなたが寧々を受け入れないから、彼女は身を引いて出国したんだろ?また同じことを繰り返す気か?」

「調子に乗ってると、和也に捨てられるぞ!」

……

絵里は彼らの義憤に満ちた顔を、冷徹な目で見つめ返した。

かつては和也のために、こうした友人たちにも我慢を重ねてきた。どんな冗談を言われようと、陰で笑われようと、聞こえないふりをしてきたのだ。

だが、もう終わりだ。

絵里の言葉は鋭利な刃物のように響いた。

「妹が兄に毎日べったり張り付いてるのが、正当だとでも?

あんたたちの頭はどうかしちゃったの?それとも、そういう禁断の愛がお好み?

私が身を引いてあげるから、存分に見せつけてもらえばいいわ」

一同は呆気にとられた。

和也の前では従順だった絵里が、これほど辛辣になろうとは予想もしていなかったのだ。あまりにも言葉が過ぎる。

「絵里、どうしてそんなに私を侮辱するの?」

寧々は今にも泣き出しそうな顔で、あざといほどに哀れっぽく言った。

「私のことが嫌いなのは仕方ないけど、兄さんはあんなに絵里が好きなのに。こんなに尽くしてるのに、まだ不満なの?」

絵里は眉をひそめた。

他人は知らないだろうが、彼女は寧々の本性を熟知している。

和也と知り合って十年、交際して五年。

一年目の絵里の誕生日に、寧々は「事故に遭った」と嘘をついて和也を呼び出した。

二年目のバレンタインには「失恋した」と言い出し、自殺をほのめかして和也に泣きついた。

三年目、四年目……

寧々は無限に理由を作り出し、そのたびに和也は絵里を見捨てて駆けつけた。

そして三年前、寧々が突然出国を申し出た時も、周囲は「絵里が追い出した」と決めつけたのだ。

絵里の冷ややかな視線が、寧々をじっと捉える。

「まともな兄妹関係なら、入籍なんていう一大事を蔑ろにしたりしないわ。

どっちもどっちのクズとあばずれが、被害者ぶって私に寛容さを強要するなんて、笑わせないで。どの面下げて言ってるの?

恥を知りなさいよ」

寧々は顔を真っ赤にし、言い返すこともできずに涙をポロポロとこぼすだけだ。

和也は堪忍袋の緒が切れ、顔を紅潮させて怒鳴った。

「いい加減にしろ!自分が惨めだと思わないのか!

たかが入籍だろ。記念日が無理なら、お前の誕生日に変えればいいだけじゃないか。どうしてそれくらい大目に見られないんだ!」

大目に?

ええ、もちろん。

絵里の心は、凪のように静まり返っていた。

「和也。別れましょう」

室内がどよめく。

和也は数秒呆然とした後、苦々しい顔になった。

「また別れるとか言うのか?三年前もそうやって騒いで、寧々に気を遣わせて追い出したくせに。まだ飽き足らずに彼女を追い詰める気か?

お前はどうしてそんなに性格が悪いんだ。籍を入れてやるって言ってるのに、まだ寧々が許せないのか?これ以上悪辣な真似をするなら、俺だって考えがあるぞ!」

和也に庇われ、うつむいた寧々の口元が微かに歪み、勝ち誇った笑みを浮かべるのを、絵里は見逃さなかった。

それを目にした絵里は、まるで大輪の薔薇が咲いたような、艶やかな笑みを返した。

「ええ、いいわよ。入籍はやめましょう。結婚もなし」

言い捨てて、絵里は踵を返す。

背後から和也の怒号が飛んだ。

「今ここから出て行ってみろ。寧々にちゃんと謝らないなら、絶対に許さないからな!」

周囲は皆、絵里が折れて謝罪すると高を括っていた。

あれほど和也に惚れ込んでいたのだから。

だが、予想は裏切られた。絵里は足を止め、振り返って彼らを一瞥すると、宣言した。

「ちょうどいいわ、証人になって。私、水原絵里はここに誓います。今日限りで藤原和也とは他人。復縁なんて天地がひっくり返ってもありえない。

もし私がこの誓いを破ったら、その時は藤原和也が、一生女に縁がないまま、野垂れ死ねばいいわ!」

「……っ!」

捨て台詞を残し、絵里は呆気にとられる人々を尻目に、毅然と個室を後にした。

どうやってタクシーを拾ったのかも覚えていない。ホテルを離れた車内で、絵里はひたすら和也に関する連絡先を削除し続けた。

突然の着信音が、彼女の意識を現実へと引き戻す。

ディスプレイに表示された、見知らぬ、けれどどこか懐かしい番号を見て、心臓が止まりそうになった。

通話ボタンを押すと、鼓膜をくすぐるような、甘く低い声が響いてきた。

「結婚したいなら、俺を検討してみないか?」

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第1話
流産を五回繰り返した後、なぜ私の身体は赤ちゃんを守れないのかと医師に相談に行った。しかしドアの外で、夫と医師の会話を耳にしてしまった。「君が処方した中絶薬はなかなか良く効くな。彼女はもう五回も流産した。いつになったら子宮摘出手術ができる?恵梨に俺の子供を産ませるわけにはいかないんだ」「ああ、それと流産予防薬も追加で処方しておいてくれ。真希が妊娠したからな。絶対に健康な赤ちゃんを産ませるんだ」医師が言った。「しかし恵梨さんの身体はこの数年で随分弱ってて、もう二度と子供を授かることは難しいかもしれないが……」私の夫、滝沢竜一(たきざわ りゅういち)は平然と答えた。「だから何?奴に子供が産めなくなるように、わざと何度も流産させてきたんだ!」診察室で竜一はなおも話し続けていた。「ちょうどいい。お前も産婦人科医だ。妊婦が普段何を食べればいいかアドバイスしてくれ。真希に作ってやりたいんだ」向こうに立っていた医師で彼の友人でもある風間昴(かざま すばる)は眉をひそめた。「秘書の真希さんにそこまで気を遣うのか?恵梨さんが君の妻だろう!」竜一の表情が曇った。「どうしてあの女の話を出すんだ?」「妻だとしても、俺の心の中では真希の方が大切だ!」「それに、あの女はもう三十だ。顔中そばかすだらけで毛穴は黒ずみ、肌はカサカサ。見てるだけで吐き気がする。まるで水風船のように膨れ上がった体に、スタイルなんてものはない。離婚しないだけでも十分に親切なんだ!」昴は呆然とし、友人がこのような恥知らずな発言をするとは信じられない様子だった。「しかし君が今の成功を掴んだのは、全て恵梨さんの支えがあったからじゃないか?あの女がスポンサーを探し、投資家を紹介してくれなければ、五年前に君の会社は倒産していたぞ」その言葉は竜一の痛い所を突いたらしく、声を荒げた。「過去の話はもう終わったことだ!いつまでも蒸し返すな!」「あの女には十分な金をやっているだろう?真希は俺しかいないんだ!」昴は諦めたように妊婦向けレシピを手渡した。「竜一、君は本当に変わってしまったな」「もうこれ以上は言わない。友人として忠告しておくよ。人間は最低限の良心を持つべきだ。苦楽を共にした妻をここまで酷く扱えば、いつか必ず報いを受ける」竜一は彼を睨みつけると、レシピ
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第2話
家に入ると、竜一は慣れた動作で身をかがめてキスを迫り、両手は私の体をさすり回した。彼の体にまとわりつく真希の香水の香りに、胸がむかっとした。手で彼を押しのけた。「やめて。さっき家事を終えたばかりで、汗びっしょりなの。まだシャワーも浴びてないし」彼の目にかすかな嫌悪が走ったが、それでも辛抱強そうに言った。「ご苦労だったな、恵梨。これからは家政婦に任せればいい」「何せお前は俺、滝沢竜一の妻だ。甘やかしてるんだから、そんな雑用をさせるわけにはいかないだろう」そう言うと私から離れ、書斎に向かった。仕事が残っていると言い訳しながら。深夜になってようやく寝室に戻ってきた時、私は背を向けて眠っているふりをした。彼が眠りにつくと目を開け、彼のスマートフォンの画面が光り、通知が表示されるのを見た。手に取ると、LINEのピン留め連絡先に登録名はなく、アイコンはセクシーな野猫の画像だった。プロフィールを開くと、真希の自撮り写真が何枚も目に飛び込んできた。二人の会話は甘ったるいものだった。【竜一さん〜今日のオフィスで、気持ち良かった?】【お前と言う女は、本当に俺を惚れさせるぜ】【竜一さん〜今夜は車の中でやらない?まだ試したことないんだもん!】【いいぜ、お前がそう言うならな!】【竜一さん〜新作のバッグが欲しいなぁ】【全部買ってやるよ。俺を喜ばせてくれれば、何だって買い与えるさ】上にスクロールすると、送金記録が無数にある。ざっと見積もっても少なくとも六千万円、インスタグラムにアップされた様々な宝石類は言うまでもない。そして彼女の誕生日には、竜一はなんと時価億円を超えるオーシャンビューの別荘まで買ってあげた。二人のツーショットでは、竜一が彼女を見つめる目は深い愛情と優しさに満ちていた。同じ誕生日でも、私は彼に無駄遣いをさせたくなかったので、遊園地に連れて行ってほしいとお願いしただけだった。しかし「年齢的に似つかわしくない」という理由で断られてしまった。胸が締め付けられるように痛み、彼らのチャット画面を閉じた。私は彼のために心身を削って尽くしてきたというのに、彼は別の女のために湯水のように金を使い、心臓を抉り出して捧げたいほどだった。一晩も寝らず、思い切って友人に連絡し、信頼できる離婚弁護士を紹介してく
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第3話
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第4話
彼女はそう言い終えると、突然私の袖を引っ張り、泣きながら哀れっぽく懇願した。「恵梨さん、私が会社のお金を狙っているわけじゃないんです」「あのお金も株式も、社長が私の働きを評価してくださっただけのもの。もし気に障るなら、すぐに返却しますから!」私が反応するより早く、竜一が駆け寄って私の手を掴み詰問した。「恵梨、いったいそんな小さいことで何を騒ぐんだ?」「ボーナスも株式も従業員福利厚生だと言っただろう?なぜ真希を困らせる!」振り返ると、他の社員たちが集まり、私を指さして非難しているようだった。どうやら私の対応が行き過ぎだと思われているらしい。真希は得意げな表情で私を見ていた。私は眉をひそめて手を振りほどいた。「会社を管理しているのはあなただ。誰にいくらボーナスを渡そうと、私は干渉しない」そう言うと、竜一の表情には構わず背を向けた。ホテルを出ようとした時、竜一が追いかけてきて不機嫌そうに私の手を掴んだ。「どこに行くんだ?このあと祝賀会があるぞ!」「大人のくせに、どうしてそんなにすぐ癇癪を起こす?みっともないと思わないか?」真希もついてきて、悔しそうに謝罪した。「恵梨さん、お怒りでしょう。祝賀会が終わったらすぐにボーナスも株式もお返しします。どうか社長に当たらないでください」「恵梨さんは社長夫人です。祝賀会にいらっしゃらなければ。ご一緒に参りましょう」真希の目底に潜む怨念を見て、思わず冷笑が漏れた。おそらく私に取って代わり、一日も早く社長夫人の座に就きたいのだろう?ホテルのシャトルバスが停まり、竜一と真希は自然に並んで座った。私は何も言わず、一番後ろの席に座った。道中、真希は竜一を引き込みながら二人だけの話題で盛り上がり、言葉の端々に竜一が自分をどれほど大切にしているかを誇示した。私はまるで部外者のようで、場違いな存在だった。後部座席のミラー越しに竜一が私を見て言いたげな様子だったが、何度か口を開こうとしても真希に遮られた。ホテルのレストランに着くと、私を知らない社員が真希に向かって叫んだ。「奥様、ごきげんよう」「奥様、ご無沙汰しております。またお美しくなられて」一瞬にして空気が凍りついた。内情を知る社員が慌てて新入社員に注意し、気まずい沈黙が流れた。竜一は急いで私を個室
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第5話
彼は慌てて真希を支え起こすと、鋭い口調で私を詰問した。「彼女は敬意を表して乾杯を申し出たのに、その無礼な態度は何だ?」「さっきから延々と拗ね続けている。真希のどこが気に入らない?一人の娘をいじめるとは!」真希は彼の胸に寄り添い、目を赤く腫らして悔しそうな様子だった。しかし私に向けられた視線には悪意が満ちていた。怒りが込み上げ、私は負けじと反論した。「敬意?飲みたくないと言ってるのに無理強いするのが敬意だと?目がどうしたの?」竜一は公衆の面前で反論されるとは思っていなかった。彼は顔面が蒼白になった。「その罵り合いの様子を見ろ。良家の夫人にあるまじき姿だ!」そう言うと、乱暴に私を押した。不意を突かれた私は、テーブルの角に下腹部が激突し、激痛が全身に走った。私はよろけて、ついに支えきれず床に倒れ込んだ。鮮紅色の血液が腿の間から流れ出した。竜一の目が大きく見開かれたが、なおも冷たく言い放った。「力を入れてないぞ、恵梨。芝居はやめろ!」しかし私は激痛で意識が不明としており、返答できる状態ではなかった。答えがないことに業を煮やし、竜一は乱暴に私の腕を引っ張り上げた。「いい加減にしろ、恵梨!これ以上わがままを言うな!」「会社の大勢の前で、恥ずかしくないのか!」「真希をいじめた件も大目に見てやったのに、今度は被害者ぶるのか?」「最近何の病気も痛みもないだろう?なぜ床に転がっている!」傍観していた社員たちがささやき合った。「まさか……血が……これは演技じゃないわ」「奥様が気絶しそう。早く病院に……」「秘書のために妻を殴るなんて。世間で言われるような好人物じゃないわね」竜一の表情が激しく揺らぎた。愛人か、それとも糟糠の妻か。決断する間もなく、真希が胸にすがりついてすすり泣いた。「社長、お腹が痛い……」彼は即座に彼女を抱き上げて外へ向かったが、入口で足を止めた。「お前たち、恵梨も連れてこい」病院へ向かう車中、私の体から流れ出た鮮血がシートを染めていた。その衝撃的な赤を見て、竜一は初めて真希を置き去りにし、私を抱えて緊急治療室へ駆け込んだ。真希は看護師に支えられながら、怨念に満ちた眼差しで彼の背中を見つめるしかなかった。私は手術室に運び込まれ、執刀医は昴だった。血
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第6話
ちょうどその時、私の弁護士が連絡を取り、離婚協議書を病室まで届けてくれた。「ちょうどよかった」私は弁護士から書類を受け取り、竜一に差し出した。「不満な点があったら見ておいて。問題なければ、早めにサインして」竜一の両手は震え、その薄っぺらい何枚かの紙を握りきれないほどだった。「恵梨、あ、あんた、何言ってるんだ?」「離婚?冗談だろ?ありえない!」私は窓の外を見つめ、彼の方を向かなかった。「もうここまでだ、竜一」「あんたはもう私を愛していない。私もあんたを見限った」「これ以上続けても、ただお互いを苦しめ合うだけよ」彼の目は次第に血走り、協議書をベッドサイドに叩きつけた。「嫌だ!認めない!」彼はまだ言いたいことがあるようだったが、昴が入ってきて、患者の休息を妨げるとして追い出した。病室の外で、竜一はなおも諦めきれずに叫んでいた。「なんでだ?俺たち、こんなに長い間一緒に来たのに、なんで離婚だなんて言うんだ!」「あんたは俺を一番愛してたんじゃなかったのか?どうして――!」彼の言葉が完結する前に、昴が断固とした口調で遮った。「忘れたのか?」「お前の子が、ついさっき流れたのは、誰のせいだ?」「お前のせいだ!お前はもう彼女の子供を五人も殺したんだぞ!それでもまだ足りないのか?」「それに、お前と真希のあのドロドロした関係を、お前自身、胸に手を当てて考えてみろ。普通、誰が耐えられるというんだ?」竜一は瞬間的に声を失い、壁にもたれて無力に床へと滑り落ちた。昴は身をかがめて彼の肩をポンと叩いた。「俺はお前たち夫婦と長い付き合いだ。恵梨さんがお前のためにしてきたことは、俺は全部見てきた」「五年前、お前の会社の資金繰りが悪化し、借金取りに詰め寄られた時、あの娘が前に立ってくれなければ、お前はとっくに八つ裂きにされていただろう」「その後も、彼女があちこち飛び回ってスポンサーを探し、あの社長連中に付き合って酒を飲み、胃出血になるまで飲んでも、お前に言い出せなかったんだぞ」「それなのに、お前はどうだ?お前がやってきたことを見てみろ、彼女に顔向けできることが一つでもあるか?」「お前自身で、よく考えろ!」竜一は苦しそうに頭を抱え、胸が万の矢で貫かれるような痛みを感じた。そうだ、どうして忘れていたのでしょ
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第7話
竜一が病院の入り口に差しかかったところで、待ち伏せしていた真希に呼び止められた。「竜一さん、やっと会えました……」涙をぬぐいながら近づく真希が言った。「恵梨さん、私のせいで怒ってるんですか?」「こんなことして恵梨さんに申し訳ないのは分かってるけど、それでも竜一さんのことが好きすぎて……!あなたなしじゃ生きていけないの!」「だから……恵梨さんと離婚して、私たち堂々と一緒になりませんか?」しかし真希の予想に反して、竜一は嫌悪に満ちた表情で彼女を強く押しのけた。「何をほざいてる?頭おかしいんじゃないのか?」「恵梨は俺の妻だ。離婚なんてありえない」「さっさと消えろ。二度と俺と恵梨の前に現れるな。彼女を不快にさせるな」真希の表情が一瞬でこわばった。信じられないという様子で問い詰めた。「……何ですって?」「滝沢社長、私が一番好きだって言ったじゃないですか!」「もしかして恵梨さんに脅されてるんですか?やっぱりあの人って理不尽な女なんですね!」竜一の目に怒りが浮かんだ。「よくもそんなデタラメを……!」「警告しておくが、俺の妻を貶めるような真似はやめろ!」そう言うと、車のドアを開けて乗り込もうとしたが、真希がしつこく彼の袖を掴んで離さなかった。「ってことは、私を捨てるってこと?ふざけんじゃないわよ!」「あんたと何度も寝たのに、今さら知らんぷりで済むと思ってるの?」「恵梨さんが許すとでも?寝言は寝て言えよ!」竜一は完全に逆上した。真希の腹を強く蹴ると、彼女は悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。「警告したはずだ!俺の妻の前に出て余計なことをほざいたら、後悔させてやるってな!」そう言い残すと、倒れている真希を一瞥すらせず、車を走らせて去っていった。腹を押さえながら、真希は怨念に満ちた目で彼の背中を見つめていた。私は窓辺で、この滑稽なやり取りを全て目撃していた。翌日、竜一は早々に私の病室に現れた。自ら料理を作り、手で洗濯をし、身を粉にして私の世話を焼いた。彼のそんな献身的な姿を見て、私はただ皮肉な気持ちに襲われた。半月ほど経ったある日、昴から体調が回復し、退院の手続きを取れると告げられた。私は彼に竜一に内密にするよう頼み、彼のいない隙に退院手続きを済ませた。弁護士に離婚の手続きに
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