ANMELDEN最近、どうも怒りっぽくなっている気がする。小夜は深く息を吸った。「やるべきことがあるんじゃないの?ほら、あの……フランシスと一緒に何か片付けることがあったでしょ?コルシオの件はどうなったのよ?」――さっさと用事を済ませに行ってよ!圭介は笑った。「心配するな。全て手配済みだ。今はお前の側にいる時間がたっぷりあるんでな。そういえば、一緒に旅行するのもずいぶん久しぶりだな。したくないか?」「したくないわ」小夜は無表情で言った。「消えてくれない?」「本当はしたいはずだ」彼女の意見など一切聞かず、圭介は笑いながら彼女の手を引き、陽光の降り注ぐ通りを当てもなく歩き始めた。車は後方から遠く離れてついてくる。小夜は手を振りほどかなかった。もう、疲れたのだ。それに、今は船に戻る気にもなれなかった。この男が言ったことは必ず実行する。本当に船に戻れば、間違いなくベッドから降ろしてもらえなくなる……このクズ。考えれば考えるほど腹が立つ。握られた手がもがくように動き、指先で圭介の掌を思い切り引っ掻いた。爪が食い込み、じわりと湿った感触が広がったが、圭介はかえってさらに強く握り返してきた。小夜は敗北感を味わいながら、力を抜いた。こんな狂人を相手にムキになっても仕方ない。余計イライラするだけだ!午後の陽光はなおも燦々と降り注ぐ。白いドレスを翻し、海風にはためく黒いロングコートを羽織った女が後ろを歩き、前を行く圭介は体に沿った薄手のチャコールグレーのシャツを着て、袖を無造作に捲り上げ、引き締まった腕を覗かせている。襟元は軽くはだけ、風が吹くとシャツが体に張り付いて、鍛え上げられた筋肉のラインを浮かび上がらせた。その姿は精悍で、どこか野性的だ。二人は手を繋ぎ、前後に連れ立って、陽光の敷き詰められた金色の道を当てもなく歩いていた。通りには人々が行き交っている。こんな風にのんびりと散策するのは、本当に久しぶりのことだった。この見知らぬ異国の地で、暖かな陽光に包まれながら、小夜はふと我を忘れた。太陽の匂いがするような気がしたのだ。思わず足を止め、軽く鼻をすんと鳴らす。――ああ、太陽の匂いじゃない。とても爽やかな柑橘系の香り。でもよく嗅ぐと、柑橘とも少し違う。「どうした?」圭介が振り返った。香りの出どころを探
「こちらを……ご確認いただけますか」圭介は眉をひそめて検査報告書をひったくるように奪い取り、結果が書かれた最後のページに目を落とした。その瞬間、顔色がさっと険しくなり、怒りを押し殺した低い声が漏れた。「コルシオ!」――よくも……よくもこんな真似を……!報告書がくしゃくしゃになるほど強く握りしめても、圭介は込み上げる怒りは収まらなかった。何度か深呼吸を繰り返し、ようやく表面上の冷静さを取り戻す。顔にはまだどす黒い影が落ちていたが、少し考えた後、手元の報告書を医師に突き返し、淡々と言い放った。「破棄しろ。別の新しいものを用意しろ」医師は一瞬あっけにとられた。「しかし、それでは病院の規則に……」「用意しろと言ってるんだ」圭介から放たれる、陰鬱で有無を言わせぬ視線。そして、自分たちを手配した人物からの事前の忠告を思い出し、医師は慌てて口をつぐんだ。相手はもとより、規則など気にかけるような人種ではないのだ。すべての検査が終わり、着替えを済ませて検査室から出てきた小夜は、外で待っていた医師にすぐさま視線を向けた。「先生、結果はどうでしたか?」少しぎこちないイタリア語で尋ねる。「特に異常はありませんよ」医師は作り笑いを浮かべ、新しく用意された報告書を彼女に手渡した。小夜は急いでそれを受け取り、内容を確認する。いくつかの数値が基準値をわずかに外れている程度で、大きな問題はどこにも記されていなかった。何度も確認した後、心にのしかかっていた重石がようやく下りた。結婚式の前に気を失わされて以来、ずっと気が気でなかったのだ。身体に違和感こそなかったものの、コルシオという男が何をしでかすか分からない。こうして結果を自分の目で見るまでは、どうしても不安が拭えなかったのだ。何もなくて、本当によかった。ぐっと腕を引かれ、男の硬い胸の中に引き寄せられた。圭介の大きな手が独占欲むき出しに彼女の腰を抱きすくめ、眉をひそめて不満げに言った。「今回は事なきを得たが、次に何かあったら絶対にすぐ俺に言え」そう言ってから、彼はすぐに訂正した。「いや、次はない。絶対にだ」彼の言葉など、小夜は適当に聞き流した。だが、一つだけ疑問が残る。「何も異常がないなら、どうしてわざわざ私を気絶させたのかしら?」――ただの悪
船がゆっくりと港に近づいていく。小夜は甲板に立ち、岸に広がる色鮮やかな街並みを眺めていた。白いワンピースが海風に煽られ、身体の線に沿ってはためいている。前方に広がるのは、ナポリだ。自分を拉致したコルシオが、イギリスのロンドンからイタリアまで連れ去っていたことを、彼女はつい先ほど知ったばかりだった。あの島はシチリア島だったのだ。まさか、こんなに遠くまで。「風が強いぞ。もっと着込んだらどうだ」突然、肩に黒いロングコートが掛けられた。腰をぐっと引き寄せられ、圭介の腕の中にすっぽりと収まる。馴染みのある、凛とした白檀の香りが鼻腔をくすぐった。反射的に振りほどこうとしたが、彼の力には到底敵わない。「動くな」圭介は腰を抱いたまま、彼女の頭に顎を乗せて軽く擦りつけた。「埋め合わせをするって約束しただろ。拒否権はないぞ」「……そんな約束、私はした覚えないわ」圭介の圧倒的な気配に包み込まれるのが耐えられない。なのに逃れることもできず、小夜は苛立ちで歯を食いしばった。圭介は相変わらず傍若無人で、彼女の抗議など聞こえないふりをしている。背後からぴったりと密着し、顎と頭を寄せ合う二人。どちらも非の打ち所がない容姿で、まるでこの世で最もお似合いの恋人同士のようだった……腕の中の女が、瞳に怒りの炎を燃やしていることさえ無視すれば、だが。「おい圭介、着いたぞ」船が岸に着くと同時に、ボサボサの赤髪の男が船室から飛び出してきた。甲板で抱き合っている二人を見て一瞬言葉に詰まったが、遠慮する気配もなくにやにやと手を振る。「おっとお二人さん、お邪魔だったか?俺は先に行ってるぜ?」「離して!」圭介が腕を緩めないのを見て、小夜は腰に回された手の甲を思い切り引っ掻いた。ようやく解放される。手の甲に残った数本の赤い爪痕を見つめ、圭介はわずかに口角を上げた。小夜が船を降りようとするのを見て、すかさずその手首を掴んで聞いた。「どこへ行く?」小夜は答えた。「……病院よ!」「傷がまた痛むのか?」圭介は眉をひそめた。「医者を呼ぼう」そう言って、フランシスに船医を呼んでくるよう指示しようとする。「いらないわ」どのみち隠し通せるはずもない。こんな異国の地で、しかもこんな状況だ。正直なところ、一人で病院へ行く勇気はなかった
そもそも、この船から無事に降りられる保証すらないのだ。そうなれば、もはや信じる信じないの話ではなくなる……今は、もう一度だけ彼を信じて、船を陸に着けてもらう以外に道はなさそうだった。迷っていると、圭介が再び口を開いた。「一つ忘れるな。大叔母さんは今も昏睡状態だ。お前が今帰ったところで、ただ待つことしかできない。しかも、今の状況でお前が戻れば、かえって向こうに危険を持ち込むことになるぞ。それでもいいのか?」「……」小夜は深く息を吸い込んだ。「分かった。でもこの十五日間、絶対に私と距離を取って」「それはダメだ」小夜が怒り出す寸前で、圭介はまた意地悪く笑って言った。「あと十五日もすれば、お前と俺は完全に無関係になる。俺にとっては不本意でならない。だから、この十五日間は俺に埋め合わせをしろ。お前が嫌がるなら最後の一線は越えないと約束してやる。だが、それ以外は拒否するな」――何が埋め合わせよ!怒りがカッと込み上げてきたが、圭介のこのふざけた態度を見ていると、逆に本当に離婚に同意したのかもしれないと、小夜も少しだけ信じる気になってきた。だが彼女が口を開く前に、圭介が続けた。「それに、こんなに長く溜め込んでいるんだ。お前だって、本当はしたいんじゃないのか? 俺は体つきも悪くないし、顔だっていい。相性だって、かなりいいはずだ。前だって、お前も嫌じゃなかっただろう?小夜、お前だって別に損はしないだろ」バシャッ!もう限界だった。小夜は手元のコーヒーを彼の頭からぶちまけ、カップをテーブルに激しく叩きつけると、「恥知らず」と低く吐き捨て、背を向けてその場を去った。……ダイニングは再び静寂に包まれた。小夜が立ち去ったのを見届けると、遠くから面白がって覗き見していたフランシスが駆け寄ってきた。頭からコーヒーを被った圭介の狼狽ぶりを見て、愉快でたまらないといった様子だ。「お前にもこんな日が来るとはな」フランシスはご機嫌で向かいの席に座り、さらに言った。「しかしお前の奥さん、大人しそうに見えて結構気が強いんだな」圭介はナプキンで顔のコーヒーを拭きながら、彼を冷ややかに一瞥し、淡々と答えた。「あいつは、俺にだけ怒るんだ」そう言いながら、わざと「だけ」の部分を強調するその顔は、どこか得意げだった。フラン
圭介の居場所が分からないなら、彼を呼び戻す方法を考えればいい。佳乃が重病という口実で、果たして十分だろうか。今度こそ、絶対に小夜を戻らせるわけにはいかない。……朝。客室にこもっているのも息が詰まる。目が覚めて薬を替えた後、小夜は服を着替えて船のダイニングへ向かった。窓の外の濃い霧をぼんやりと眺める。霧が出ている。しばらく座っていると、ふと視界の端で光と影が揺れた。振り返ると、圭介がコーヒー片手に向かいの席に座り、にこにこと彼女を見つめていた。彼女は無言で立ち上がった。圭介が口を開いた。「話をしよう」彼と話すことなど何もない。自分の意思はとっくに伝えたはずなのに、彼は聞く耳を持たない。もう何を言っても無駄だ。心底、疲れた。圭介は淡々と言った。「お前が望むものをやろう」小夜の足が止まる。「離婚してやる。その上、十分な財産も譲渡しよう。帝都へ戻ったら、すぐに手続きを進める」「まだあなたの言葉を信じると思って?」何度も何度も騙されてきたのだ。今更そんな言葉を聞いても、喜びなど欠片も湧かない。圭介はコーヒーを一口飲み、笑って言った。「もちろん、条件がある。一つだけ理解しておけ。コルシオは、この結婚が終わったからって、お前が俺と無関係になったとは思わない」小夜は黙った。確かにそうだ。あの古城での男の態度を見る限り、単に自分が圭介の妻だからという理由だけではない。おそらく、佳乃が自分を気に入っていたことの方が大きいのだろう。離婚で片付く問題ではない。だが……「それでも、まず離婚が先よ」もう本当にうんざりした。この先どうなろうと、まずはこの関係を断ち切る。その後のことは、その後だ。「だから、条件があると言っている」圭介はコーヒーカップを置き、切れ長の瞳に笑みを浮かべ、静かに彼女を見据えた。「十五日だけ時間をくれ。その間、お前は俺のそばにいること。一瞬たりとも俺の視界から離れるな。コルシオの件を片付けたら、帰国して離婚届を出す。以後、二度とお前には関わらない。約束する」「十五日?」小夜は眉をひそめた。「ああ」圭介は微笑んで続けた――「コルシオは俺にとって最大の懸念であり、長谷川家にとっても最大の脅威だ。奴が生きている限り、お前も俺も安息などない。
帝都。長谷川本家。圭介の母である佳乃が最近体調を崩していると聞き、若葉はたくさんの栄養剤を持って見舞いに訪れた。使用人に車から荷物を降ろすよう指示する。「おば様はどちらに?」使用人が答えた。「奥様は温室にいらっしゃいます」佳乃は若い頃、若葉の母である容子と親交が深く、両家は古くから付き合いがあった。さらに若葉は圭介の許嫁として、幼い頃からこの屋敷に出入りしており、彼女を止める者などいなかった。慣れた足取りで庭へ向かうと、鮮やかな赤い薔薇に囲まれながら、憔悴した様子の女性がロッキングチェアに身を預け、薄目のまま日差しを浴びていた。若葉は近づき、小声で呼びかけた。「おば様」最近、精神的に不調が続いている佳乃は、薬を多く服用しているせいかよく眠り、意識もどこかぼんやりしていた。声を聞いてもすぐには反応できず、しばらくしてようやく柔らかな声で応えた。「あら、若葉ちゃん。こっちへ座って」傍らに腰を下ろし、若葉は痛ましそうに佳乃の細い手を握った。「母が心配されていて、様子を見てくるようにと。おば様、どうしてこんなにお加減が悪くなってしまいましたの?圭介は?どうしてそばにいてくれませんか」佳乃は微笑んで首を横に振った。「小夜ちゃんと一緒に出張に行ったの。雅臣がそばにいてくれるから」「出張?」若葉は驚きの声を上げた。少し前、小夜を追い詰めて国外へ追いやった。青山の今の力では、すぐに圭介へこのことを知らせることはできないだろうと踏んでいた。圭介が気づく頃には、小夜はとっくに終わっているはずだった。だが予想外なことに、翌日には圭介まで姿を消していた。何度連絡しても、一切応答がない。長谷川グループは今、圭介の父である雅臣が陣頭指揮を執っている。会社の人間から情報を探ることもできない。ちょうど佳乃が体調を崩していると聞いて、探りを入れに来たのだった。だが、佳乃の様子を見る限り、彼女も詳しいことは何も知らないようだった。若葉の手が、じわりと握りしめられていく。忌々しい。海外にもコネはあるが、圭介の動向をそう簡単に探れるものではない。出国したと思ったら、そのまま痕跡を消してしまった。向こうで一体何が起きているのか。……「痛っ……」小さな声に、若葉ははっと我に返った。考え事に没頭しすぎて、
「ちょっと待って、すぐ終わるから」シャワーを浴びた小夜は、髪を拭きながら少し声を張り上げて答えた。急かされているのが分かり、彼女は動作を速めた。サービスエリアで買った軽くて動きやすいピンクと黒のウィンドブレーカーに着替え、髪を適当に拭いてドアを開ける。「行こう」ドアの前に立っていた航は、彼女を見て呆気にとられた。「髪、濡れたままじゃん」「平気よ、先に買い物行きましょ」「だめだって。外は雨だし、熱下がったばっかだろ。これから向かう聖地への道は、今までと比べもんにならないくらい過酷なんだぞ。ここでまた風邪引いて倒れたら、全部パーだぜ?」航の強い主張に負け、小夜は部屋に戻
仏教学院は、四方を深い山々に囲まれていた。谷間には、金色の屋根と朱色の壁を持つ僧房が、斜面に沿って段々に立ち並び、実に壮観な眺めだ。石段を登っていくと、朱色の衣をまとった参拝者たちが、彼女の脇を足早に通り過ぎていく。小道には読経の声が絶え間なく響き渡り、僧房の前を通り過ぎるたびに、どこからともなく漂う線香の香りが鼻をくすぐる。ふと見上げれば、数羽のハゲワシが巨大な翼を広げ、甲高い鳴き声を上げて空を横切り、ある山頂へと飛んでいくのが見えた。まるで仏の国にいるようでありながら、人間界の営みも感じる不思議な場所だ。小夜は石段に立ち、飛び去る鳥を目で追っていた。しばらく立ち
細かい雨が降りしきり、紅葉が舞い落ちる。雪のように白い傘の下で、小夜は顔を上げた。視界の先にある男の端整な顔立ちが、涙で徐々に滲んでいく。けれどその姿は、記憶の中のどの瞬間よりも鮮明だった。大粒の涙が、頬を伝ってこぼれ落ちた。小夜は何か言おうと口を開いた。言いたいことは山ほどあったはずなのに、喉が詰まって声にならない。様々な感情が心臓を打ち据え、胸の奥が締め付けられるようで、言葉を紡ぐことができなかった。長い沈黙の後、彼女はようやく一言だけ絞り出した。それはまるで、全身の力を使い果たしたかのようだった。「お兄ちゃん……すごく、痛いよ」それは、理屈を超えた本能からの叫
あの晩、圭介は電話を受けると、何も言わず、部屋に戻ることもなく、そのまま去っていった。小夜を大学まで送ったのは、彰だった。その後何日も、圭介は姿を見せず、大学で会うこともなかった。彰さえも大学から姿を消し、二人の消息はぷっつりと途絶えた。当時の小夜は、心配するよりもむしろ安堵していた。圭介が忙しいなら、それに越したことはない。あの男と渡り合うには、かなりのエネルギーと精神力を消耗するからだ。来ないなら、その方がいい。契約恋愛の期限も、刻一刻と終わりに近づいていた。彼女はプロジェクトの学習に没頭した。そして、契約期間終了の一週間前。青山率いるチームのプロジェクトに