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第466話

Penulis: 一燈月
「勉強の方はどう?」

小夜がさりげなく話題を変えた。

「もちろん一番だよ!」

この話題になると樹はたちまち得意げに胸を張り、最近のテストや成績表を机の上にずらりと並べてみせた。小夜は驚かなかった。

樹はもともと地頭が良く、勉強に身が入っていなかった頃でさえ成績は悪くなかったのだ。この一年は、まるで目覚めたように学力が伸びている。

やる気さえ出せば、大人があれこれ口出しする必要のない子なのだ。小夜も素直にその頑張りを褒めてやった。

「ママ。ひいおじいちゃんの言うこと聞いて、ちゃんとご飯食べて背も伸びたし、成績だって一番だよ。ママが言った条件、全部クリアしたよ。いつになったら、海外に行ってママと一緒に暮らせるの?」

樹はすかさず本題に切り込んできた。

小夜は困惑した。

これらを達成したら一緒に海外へ連れて行くなんて、いつ約束しただろうか。それにしても、最近周りの人間が揃いも揃って海外に行きたがるのは、一体どういうわけなのだ。

今の状況で連れて行くことなど、絶対にできるわけがない。

「樹、まだ早いわ。高校を卒業したら、そのときは留学の手配をしてあげる
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    「勉強の方はどう?」 小夜がさりげなく話題を変えた。 「もちろん一番だよ!」 この話題になると樹はたちまち得意げに胸を張り、最近のテストや成績表を机の上にずらりと並べてみせた。小夜は驚かなかった。樹はもともと地頭が良く、勉強に身が入っていなかった頃でさえ成績は悪くなかったのだ。この一年は、まるで目覚めたように学力が伸びている。 やる気さえ出せば、大人があれこれ口出しする必要のない子なのだ。小夜も素直にその頑張りを褒めてやった。 「ママ。ひいおじいちゃんの言うこと聞いて、ちゃんとご飯食べて背も伸びたし、成績だって一番だよ。ママが言った条件、全部クリアしたよ。いつになったら、海外に行ってママと一緒に暮らせるの?」 樹はすかさず本題に切り込んできた。 小夜は困惑した。 これらを達成したら一緒に海外へ連れて行くなんて、いつ約束しただろうか。それにしても、最近周りの人間が揃いも揃って海外に行きたがるのは、一体どういうわけなのだ。 今の状況で連れて行くことなど、絶対にできるわけがない。 「樹、まだ早いわ。高校を卒業したら、そのときは留学の手配をしてあげる。約束するわ」 樹が十八歳になるまでに、コルシオの件を片付けられないはずがない。 「えー、そんなの先すぎるよ!」 樹はあからさまに不満そうだった。 いつもこうだ。海外の話を出すたびに、ママはあれこれ理由をつけて断ろうとする。同い年の子たちの中には、親が移住の手続きをしたり、年齢なんか気にせず幼いうちから海外の学校に入れたりする家だってあるのに。 うちの方がずっとお金持ちなのに、なんで駄目なんだ。 国内で勉強なんてしたくない。ずっとママに会えないのも嫌だ。ずっとそばにいたいのに。 「樹。ママは今、どうしても手が離せない仕事があるの。でも約束するわ。共通テストが終わって、ちゃんと結果を出せたら、必ず留学させてあげるから」 コルシオの件さえ、完全に片付けば…… 樹は小夜の目をじっと見つめた。それが嘘ではないと確かめるように。それからようやく、すがりつくように彼女の胸に顔を埋めた。くぐもった声が漏れる。 「ママのこと、信じるからね。 だからママ、今度こそ約束を守ってね。もう、パパのときみたいなのは嫌だから」 …… その夜は一緒に宿題をやり、ゲ

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    また一回り背が伸びた樹を前に、小夜は腰をさすりながら黙って腰を下ろした。力もずいぶん強くなっている。さすが特務機関の出身である栄知に鍛えられているだけのことはある。 まあ、いいことだ。 体が丈夫なら、将来いじめられる心配もない。 「ママ、全然会いに来てくれなかった」 亮介の手から逃れた樹が、不満そうに口を尖らせて小夜の手を掴んだ。 「少し忙しくてね」 小夜はそっと手を引いた。 樹の父親はもういない。自分しかいないのだから、そばにいてやる責任があることは頭ではわかっている。けれど、心の奥深くに刺さった棘はどうしても抜けない。この一年、小夜はわざと仕事に没頭し、樹との時間をあまり取ろうとしなかった。 圭介にますます似ていくその顔を見るたび、どうしても身構えてしまい、無意識に距離を取ってしまうのだ。 人は死ねばすべて終わると言う。 けれど、骨の髄まで刻み込まれた痛みと恐怖は、どれほど折り合いをつけようと努めても、癒えるまでに途方もない時間がかかる。 たった一年では、到底足りなかった。 書斎の奥で、栄知はすべてを静かに見透かしていた。小夜の心がまだ過去を乗り越えられていないことも。彼は声を出さずに小さく首を振り、言った。 「久しぶりの親子だろう。わしの前で騒がんでいい。どこかへ行って遊んでこい」 そう言って、また筆に向かった。 小夜ははっとした。「お爺様、私にご用があったのでは」 言ってから、気づいた。 樹が栄知の屋敷にいるのを知っていながら、ここの堅苦しさや栄知との距離感を理由にして、小夜は帰国してもここから足が遠のいていた。だから栄知は、「用がある」とわざわざ口実を作って彼女を呼び出してくれたのだ。小夜がうまく隠しているつもりだったが、栄知の目には何もかもお見通しだったらしい。 見透かされていて、ひどくバツが悪かった。 「ひいおじいちゃん、今日は休みにしてくれるって約束だからね!」樹は大人たちの気まずさなどお構いなしに栄知に向かって叫ぶと、小夜の手をぐいと引っ張った。「ママ、早く! 見せたいものがいっぱいあるんだから!」 「ちょっと待って」 小夜は咄嗟に書斎の戸枠を掴み、踏みとどまった。身を乗り出して、部屋の中へ声をかける。さっき外で聞こえた言葉が、どうしても引っかか

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    ――え? 圭介?圭介のこと? 栄知が、亡くなった孫を偲んで誰かと話をしているのだろうか。けれど、口調がどこか引っかかる。小夜は無意識に息を止め、もっとはっきりと聞き取ろうと扉に身を寄せた。 その瞬間、扉がいきなり内側から開いた。 もたれかかっていた小夜は体勢を崩し、そのまま部屋の中へとよろめき込む。 額がごつりと何かにぶつかった。鈍い痛みが走る。 「ここで何をしている」 頭上から、低く落ち着いた声が降ってきた。かすかに驚きの色が混じっている。聞き覚えのある声だ。 額を押さえながら見上げる。 目が合って、小夜は息を呑んだ。 黒い半袖シャツに、短く刈り上げた頭。彫りの深い顔立ちに、鷹のように鋭い黒い瞳。――亮介だった。 圭介の従兄である彼が、なぜここに。 いや――よく考えてみれば当然だ。栄知はもともと特務機関の出身であり、長谷川の一族の中で今いちばんその内部で幅を利かせ、出世頭となっているのが亮介なのだ。二人の行き来が多くて当然だろう。以前はここにあまり出入りしていなかった小夜が、それを知らなかっただけだ。 小夜は気まずさを押し隠し、居住まいを正して言った。「栄知様に呼ばれまして」 「小夜か」書斎の奥から、年齢を感じさせながらもよく通る声が響いた。「入りなさい」 岩のように扉の前に立つ亮介を避けて中に入ると、栄知が書斎の机の向こうで筆を揮っていた。 亮介も扉を閉めて、小夜の後ろへ戻ってくる。 「なんだ。あのろくでなしがいなくなったら、お爺様とも呼んでくれんのか」栄知は手元から目を上げずに、少しからかうように言った。 「……お爺様。ご無沙汰しております」 「うむ」 栄知は目を細めて満足げに笑い、小夜を手招きした。傍らに控えていた使用人に、銅壺の置物に挿してあった半紙の束を抜き取らせ、小夜に渡す。 「どうだ。見てやってくれ」 小夜は両手で丁寧に受け取った。 広げてみると、筆で書かれた文章や詩、さらには水墨画まである。筆運びにはまだ幼さが残り、形こそそれらしいが、決して達筆とは言えない。長年書を嗜んできた栄知の手によるものではない。 ある可能性に思い当たり、小夜の目元がふっと柔らかくほどけた。「……とてもお上手です」 栄知は嬉しそうに声を上げて笑った。

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    電話の向こうの沈黙を察し、若葉は嗜虐的に口元を吊り上げた。 「安心して。今のところ、私、あの女には興味がないの。それよりもっと欲しいものがあるから。……取引しましょう。私があの女を、あなたのものにしてあげる。それどころか、あの女が自分から望んであなたと結婚するようにしてあげてもいい。どう?」 「……何を根拠に、君を信じろと言うんだ」 「試して損はないでしょう?うまくいかなければ、私に貸し与えたものを全部引き上げればいいだけよ」若葉はふふっと笑った。「それに、失敗するつもりはないわ。私はあなたたちより――下手すればあの女自身よりも、高宮という人間をよくわかっているのよ」 「大きく出たな」 青山はドアノブから手を離し、ジャケットを再びハンガーに戻した。つい先ほどまで小夜が座っていた椅子にゆっくりと腰を下ろし、スマホをテーブルに置いてスピーカーモードに切り替える。 「まず聞こう。君は何が欲しい」 「話が早くて助かるわ」 若葉は前置きなしに、単刀直入に切り出した。「技術よ。あなたの持つ技術が欲しいの」 「無理だね」 青山は口元に薄い笑みを浮かべていたが、その目の奥は氷のように冷え切っていた。「君が何を欲しがろうと構わない。だが、ささよと僕が裏で繋がっていると知られることだけは、絶対に許さない。わかるな」 「もちろんよ。私たちは最初から、知り合いですらないわ」若葉は平然と言った。 「私が今進めているAI自動化技術のプロジェクト、今のチームの力じゃ到底足りないのは自分でもわかっているわ。だからといって、あなた本人を引き抜こうなんて思ってない。私が欲しいのは、あなたが海外に持っている技術リソースよ。チームに、目をつけた優秀な技術者が何人かいるの。あなたが裏から声をかければ、彼らは必ずこっちへ来る。 確かな技術の裏付けさえあれば、グループからのプロジェクト資金は確実に降りる。立ち上げは絶対に成功するわ。しかも彼らは表向き、あなたとは一切無関係。高宮に勘づかれることもない。 それに、彼らはあくまであなたの顔を立てて動くのだから、もし私が使えない奴だと判断したら、あなたはいつでも彼らを引き上げられる。あなたにとって、まったく損のない話でしょう?」 青山は無表情のまま、空になった湯呑みを指先で弄んでい

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    茶室の前で二時間近く待ち続けた彰が、いい加減しびれを切らして中に踏み込もうとした矢先、小夜が自ら出てきた。 「あいつが、何かしたのですか」 目の縁が赤く、鼻先もほんのりと紅い。明らかに泣いた後だった。彰の目の奥が、すっと冷たく沈む。口調こそ落ち着いていたが、体はすでに大股で茶室に向かっていた。青山に落とし前をつけに行く気だ。 「違うわ!」 小夜は慌てて彼の腕を掴み、強引に外へ引っ張った。「栄知様に今夜来るよう呼ばれているの。これ以上遅れられないわ。それに、あなたには関係ないでしょう!」 いつもこうだ。 この一年、小夜が青山と会うたびに、彰は異常なほどぴったりと張りついてくる。最初の頃は部屋の中にまで同席しようとしたほどだ。きつく叱っても、返ってくるのは決まって同じ言葉だった。 ――旦那様の遺命です。社長をお守りしろと。 青山が自分を傷つけるわけがないのに。 何度か本気で怒って、ようやく外で待たせるようになったが、それでも時間制限つきだ。小夜には彰に対する命令権があるとはいえ、相手は長谷川本家が育て上げた筆頭の腹心であり、単に気に入らないからと切り捨てるわけにはいかない。 せいぜい、専属秘書の奈々をそばに置いて、彰との接触を物理的に減らすくらいしかできなかった。 だが国内にいる限り、どうしても彼を完全に振り切ることはできない。 本当にやっかいだ。 彰を車に押し込み、走り出す。道中、運転席の彰がバックミラー越しにやはり一言挟んできた。「奥……社長、小林青山という男は危険です。見た目ほど単純な人間ではありません。今後は、少し距離を置かれたほうがよろしいかと」 「……」 小夜は呆れたように言った。「それ、本当に青山のことを言ってるの?自分のことじゃなくて?」 「……私は、決して社長を傷つけません」 「ふん」 小夜は取り合う気にもなれなかった。それに、まだ心も落ち着いていない。目を閉じ、指先で眉間を揉みながら、波立つ感情をやり過ごそうとした。 …… 茶室の二階。 オレンジ色のベントレーが視界から消えるのを見届けた青山が、席を立とうとした時、テーブル上のスマホが震えた。画面に表示された番号を見た瞬間、彼の唇から穏やかな笑みがすっと消え失せた。 「何の用だ」 何度か無視した

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    青山はタブレットを小夜の前に押しやった。 「構わないさ。君と僕の仲だろう。君を信じられなくて、他に誰を信じるって言うんだ」 確かに、その通りではある。 青山の会社が公安に納入している中核アルゴリズムですら、小夜はその仕組みを知っているし、開発にも携わっていた。青山は昔から、彼女に対して一切の壁を作らない。 だが、その信頼は今の彼女にはあまりに重かった。ためらいはしたが、重ねて頼み込まれ、小夜はとうとう画面をタップした。 そして、息を呑んで固まった。 国内のプロジェクトだけではない。 海外の案件までリストアップされている。 瞬時に察した。これは純粋に意見を求めているわけではない。この男の本当の狙いは――別のところにあるのだ。 …… 「あなた、これ……」 呆然と顔を上げたまま、小夜は絶句した。 青山はまるで動じた様子もなく、気楽に笑って言った。「そう構えなくていい。君の意見を参考にしたいだけだよ。最後に決めるのは僕だからね」 そうは言われても、小夜は静かにタブレットをテーブルに置いた。長い沈黙のあと、ようやく重い口を開く。 「青山。もし私の思い違いなら、ただの自惚れだと思って聞き流して……もう、私を待たないで。あなたはこんなに優秀な人なんだから、もっといい人にいくらでも出会えるわ。あなたの大切な時間を、私なんかに使わないで」 「ささよ」 小夜が正面から切り込んできたのを見て、青山もついに覚悟を決めた。 「僕にそんな資格がないのはわかっている。一年前、君を海外へ送り出したのは僕だ。そのせいで、君はあんな酷い目に遭った。それなのに僕は国内で身動きが取れず、君を助けに行くことすらできなかった……だから、ずっと怖くて訊けなかったんだ。でも今は、お互いを縛るものがなくなって、新しい人生が始まっている。だから、訊かせてほしい。あの日の言葉を、まだ信じていてもいいかな」 小夜の表情が凍りついた。 あの日の言葉。覚えていないはずがない。一年前、青山の助けで海外へ逃れる日、搭乗の直前に、彼女は確かに彼と約束を交わしたのだ。 けれど、今は…… 「違うの」 長い間うつむいてから、小夜は絞り出すように声を出した。「海外へ行くと決めたのは私自身の意志よ。あなたはただ、手を貸してくれただけ。

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    夜、辺境の宿にて。「先生、本当に大丈夫なんですか?最近、頭痛の頻度が増えていますし、たまに幻聴も聞こえるみたいで……酷い時は気絶までするんです。高山病って、こんなに重くなるもんなんですか?」航は、ベッドサイドで小夜の脈を診ている地元の医師に、焦りきった声で尋ねた。医師は首を振り、立ち上がった。彼は携帯していた薬箱から一本の特製の線香を取り出し、枕元の香炉に立てて火をつけた。煙がゆらりと立ち上り、独特の香気が部屋に満ちていく。香が安定して燃え始めたのを確認してから、彼はようやく航に向き直った。「心配はいらんよ。患者さんの症状は、単なる高山病ではない。もっとずっと前から

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