로그인オンラインでの打ち合わせを終えたあとも、千紘は芹奈の言葉が頭から離れなかった。
――嫌なことまで全部忘れられるでしょう?
「よく言うわ……」
自分は人を殺しておいて。
千紘はパソコンを閉じた。
彰人と芹奈は、雨宮凛を警戒していない。
それなら今のうちに、できるだけ二人のことを調べておきたい。
特に芹奈だ。
彰人については、妻だった千紘がある程度知っている。
けれど芹奈について知っているのは、彰人の秘書だったことと、愛人だったことくらい。
どこに住んでいるのか。
普段、彰人とどこで会っているのか。
あの夜、どうやって海まで来たのか。
何も知らない。
「まずは、行動を知りたい」
千紘はスマートフォンを手に取った。
翌日の夕方。
仕事を終えた千紘は、榊原コーポレーションの近くにいた。
「だから気になってるんじゃないの?」 芹奈の問いに、彰人は答えなかった。 その沈黙が気に入らなかったのか、芹奈は苛立ったように続ける。「図星なんだ」「違う」「じゃあ、どうしてあの女なの?」「仕事ができるから担当を変えなかった。それだけだ」「食事にも行ったじゃない」 彰人の眉が動く。「なんで知ってる?」「……」「俺のスマホ、見たのか?」「見てない」「じゃあ、どうして知ってるんだ」「たまたまよ」「何がたまたまだ」 彰人の声が低くなる。 芹奈は視線を逸らした。「あなたがあの女と食事してるところを見た人がいただけ」「誰だよ」「そんなこと、どうでもいいでしょ」「よくない」 彰人は深く息を吐いた。「凛に何かしたのか?」「凛?」 芹奈の表情が変わる。「もう名前で呼んでるんだ」「雨宮さんだ」「今、凛って言ったじゃない」「揚げ足取るなよ」「私には芹奈って呼ぶくせに」「何が言いたいんだ」「分からないの?」 芹奈が彰人を睨んだ。「私たち、いつまでこんな関係なの?」 彰人が黙る。「千紘はもういない」「……」「もう隠れる必要なんてないじゃない」 その言葉に、彰人の顔から表情が消えた。「芹奈」「何?」「今、その話をするな」「どうして?」「分かってるだろ」「分からない」 芹奈は食い下がった。「いつまで待てばいいの? 一か月? 三か月? 半年?」「妻が死んですぐ愛人と付き合い始めたな
納品から一時間ほど経った頃。 千紘は次の仕事に取りかかっていた。 芹奈から追加の連絡はない。 さすがに今日は、これで終わりだろう。 そう思っていたところへ、佐伯がやってきた。「雨宮さん、ちょっといい?」「はい」「さっきの榊原コーポレーションの件なんだけど」 佐伯の表情が少し険しい。「何か問題ありました?」「納品物は問題ないわ。先方からもOKが出た」「よかった……」「ただね」 佐伯が声を落とした。「相沢さんから連絡があったの」「相沢さんから?」「今回、かなりギリギリだったから、次から担当を変えてほしいって」「……え?」 千紘は目を瞬いた。 納期には間に合わせた。 修正内容にも問題はなかった。「理由は?」「雨宮さんだと、急な変更への対応に不安があるって」「でも、今日の修正は全部……」「分かってる」 佐伯が遮った。「だから私もおかしいと思ってるのよ」 千紘は黙った。 やはり芹奈は、凛をこの仕事から外したいらしい。「先方の希望なら、担当変更になりますか?」「まだ分からない。相沢さん個人からの話だから」「個人?」「正式な担当変更なら、普通は責任者を通してくるでしょう?」 確かにそうだ。「とりあえず返事は保留にしてある」「すみません」「雨宮さんが謝ることじゃないわよ」 佐伯はそう言って、自分の席へ戻っていった。 千紘は画面を見つめる。 芹奈は、思っていたより露骨だ。 けれど。 ここで彰人に訴えるのは違う。 芹奈に嫌がらせをされています。 そんなことを言えば、自分が彰人との関係を利用しているように見える。 何より。 芹奈との揉め事は、まだ始まったばかりだ。 千紘はそのまま仕事を続けた。 しばらくして、社内の電話が鳴る。 佐伯が出た。「はい、お世話になっております」 いつもの仕事の声。 千紘は気にせず作業をしていた。「はい。雨宮ですか?」 自分の名前が聞こえ、手が止まる。「少々お待ちください」 佐伯がこちらを見る。「雨宮さん、榊原社長」「……はい」 嫌な予感がした。 千紘は電話を受け取る。「お電話代わりました。雨宮です」『榊原です。先ほどはありがとうございました』「いえ」『急な修正だったそうですね』「そうですね。でも、間に合いましたので」『相沢から聞
芹奈と別れたあと、千紘はまっすぐ帰宅した。 部屋へ入ってバッグを置く。「疲れた……」 身体より、気持ちが疲れていた。 彰人と食事をしただけで、芹奈は会社の前まで来た。 しかも、自分が彰人とどういう関係なのかは答えないまま、近づくなと言ってくる。「ずいぶん勝手よね」 千紘はベッドへ腰を下ろした。 けれど、焦っているのは分かった。 なら、こちらから何か仕掛ける必要はない。 彰人との関係を続ける。 それだけで、芹奈は勝手に動く。「……そういえば」 千紘は時計を見る。 まだ、それほど遅くない。 今日一日だけでも、いろいろなことがあった。 なのに、復讐のために与えられた三か月のうち、過ぎたのはたった一日。「長いんだか、短いんだか……」「短いぞ」「きゃっ!」 顔を上げる。 いつの間にか、クロが窓際に立っていた。「急に出てこないでよ!」「呼ばれた気がした」「呼んでない!」「そうか」 クロは気にする様子もない。 千紘はため息をついた。「ねえ。私、あとどれくらいあるの?」「まだ気にするほどではない」「ちゃんと教えて」「二か月以上」 思ったより残っている。「……まだそんなにあるんだ」「不満か?」「そういうわけじゃないけど」 千紘は自分の手を見る。 この身体で目覚めてから、毎日のように何かが起きている。 もっと長い時間が経ったような気がしていた。「三か月経ったら、本当に終わりなのよね」「最初に言っただろう」「分かってる」
翌朝になっても、芹奈から返事は来なかった。『あなたは、榊原さんの何なんですか?』 既読がついたまま。 千紘はその画面を眺めて、小さく笑った。「答えられないよね」 彰人の妻ではない。 恋人だと堂々と名乗ることもできない。 少なくとも表向きには、彰人は妻を亡くしたばかりの男だ。 そんな彰人の愛人だったと、自分から明かせるはずがない。 それでも芹奈は、凛に警告せずにはいられなかった。 彰人が別の女に近づいていることが、それほど気になるのだ。 会社へ向かう電車の中。 スマートフォンが震えた。 画面を見る。 芹奈だった。『仕事で付き合いがあるだけです』「……仕事ね」 千紘は思わず呟いた。 自分を殺した夜。 芹奈は彰人と一緒にいた。 海へ落ちた千紘を、二人で見下ろしていた。 それなのに今は、仕事上の付き合いだという。 千紘は返信した。『そうなんですね。では、どうして私に榊原さんへ近づかない方がいいと?』 今度は、なかなか既読がつかなかった。 電車を降りる。 会社へ着く。 席に座った頃、ようやく返信が来た。『奥様を亡くしたばかりだからです』 千紘の指が止まった。『今は精神的に不安定な時期だと思います。雨宮さんが勘違いすると、お互いによくないと思っただけです』「よく言う……」 妻を殺した女が、妻を亡くした男を心配している。 千紘は怒りを通り越して、少し笑いそうになった。 けれど。 これは使える。『ご心配ありがとうございます。でも、昨日は榊原さんからお誘いいただいただけなので』 送信。 今度はすぐ既読になった。
彰人との食事が決まってから三日後。 千紘は仕事を終え、待ち合わせのレストランへ向かった。 指定されたのは、ホテルの上階にあるレストランだった。 以前の自分なら、少し緊張したかもしれない。 彰人は記念日になると、こういう店を予約することがあった。 窓際の席。 夜景。 静かな店内。 まるで、夫婦だった頃に戻ったような場所。「雨宮さん」 先に来ていた彰人が立ち上がる。「すみません。お待たせしました」「いえ。俺も今来たところです」 千紘は向かいの席に座った。「素敵なお店ですね」「気に入ってもらえたならよかった」 彰人が微笑む。 その顔を見ていると、不思議な気分になる。 何度も見た笑顔。 優しい夫だと信じていた顔。 今は、その奥に何があるのか考えてしまう。「何か?」「いえ」 千紘は笑った。「今日は奥様のお話を聞けるのかなと思って」「ああ」 彰人は少し困ったように笑う。「本当に聞きたいんですか?」「はい」「変わった人ですね」 料理が運ばれてくる。 しばらくは仕事の話をした。 今回の広告。 次の企画。 他愛のない会話。 そして食事が半分ほど進んだ頃、彰人が口を開いた。「妻とは、七年前に結婚しました」 知っている。 自分のことだから。「恋愛結婚ですか?」「そうです」 千紘はグラスに触れながら聞いた。「幸せでした?」「……幸せでしたよ」 一瞬の間。 それを千紘は見逃さなかった。「喧嘩もしましたけどね」「どんなこ
翌日。 千紘が出勤すると、佐伯から声をかけられた。「雨宮さん、榊原コーポレーションの件、評判よかったみたいよ」「昨日、榊原さんからも連絡がありました」「あら、直接?」「はい。撮影が好評だったって」「そうなのね」 佐伯は嬉しそうに頷いた。「それで、追加の仕事が来そうなの」「追加?」「まだ正式決定じゃないけど、今度は広告だけじゃなくて、販促物もまとめてお願いしたいって」 また彰人と関わる。 以前なら警戒しただろう。 けれど今は、むしろ好都合だった。「分かりました」「雨宮さん、引き続き担当お願いできる?」「はい」 迷わず答えた。 仕事を利用するつもりはない。 けれど、彰人の方から近づいてくるのなら拒む理由もなかった。 昼過ぎ。 早速、榊原コーポレーションとのオンラインミーティングが入った。 画面の向こうには彰人と担当者がいる。 千紘はできるだけ平静を装った。「先日はありがとうございました」「こちらこそ」 彰人が微笑む。「雨宮さんの提案、社内でも評判がよかったですよ」「ありがとうございます」 会議そのものは普通に進んだ。 商品。 ターゲット。 予算。 納期。 仕事の話だけ。 やがて一時間ほどで会議は終わった。「では、よろしくお願いします」「よろしくお願いいたします」 接続を切ろうとした、そのとき。『雨宮さん』 彰人に呼び止められた。「はい?」『少しだけいいですか?』 佐伯が千紘を見る。「私は先







