結婚記念日の旅行なんて、何年ぶりだろう。「海、綺麗ね」 ホテルを出た千紘は、潮風に髪を揺らしながら呟いた。 夜の海は黒く、その上に月明かりが細長く伸びている。 彰人が突然、「今年の結婚記念日は旅行に行こう」と言い出したときは驚いた。 最近の彰人は仕事が忙しいと言って帰宅が遅く、二人で過ごす時間もほとんどなくなっていたからだ。 だから、嬉しかった。 少し冷え切ってしまった夫婦の関係を、やり直せるかもしれない。 そんな期待さえしていた。「少し歩かないか?」「うん」 夕食を終えたあと、彰人に誘われてホテルの外へ出た。 二人で海沿いの遊歩道を歩く。「覚えてる? 新婚旅行でも海に行ったよね」「ああ」「あのとき、彰人ったら――」 懐かしい思い出を口にする千紘に、彰人は短い相槌を返すだけだった。 やがて観光客の姿が消え、街灯もまばらになっていく。「彰人、こんなところまで行くの?」「もう少しだけ」 舗装された遊歩道を外れ、さらに海沿いを進む。 その先にあったのは、小さな岸壁だった。 昼間なら釣り人でもいるのだろう。 けれど夜の今は、誰もいない。 聞こえるのは、岸壁に打ちつける波の音だけだ。「結構歩いたね。そろそろ戻らない?」 千紘が振り返る。 彰人は数歩後ろで立ち止まっていた。「彰人?」「……千紘」 妙に低い声だった。「お前、何か俺に話すことはないか?」「え?」 そのとき、背後から靴音が聞こえた。 千紘は振り返り、息を呑む。「……相沢さん?」 そこに立っていたのは、彰人の秘書――相沢芹奈だった。 結婚記念日の旅行先に、夫の秘書がいる。 偶然だと思えるほど、千紘も鈍くはなかった。「どうして……?」「悪いな、千紘」 突然、彰人に腕を掴まれた。「痛っ……! 何するの!?」「お前、俺たちのことを調べてただろ」 心臓が大きく跳ねる。 確かに千紘は、彰人の浮気を疑っていた。 帰宅時間が遅くなり、休日にも仕事だと言って出かけるようになった夫。 不審に思った千紘は、密かに調査を依頼していた。 そして、旅行から帰ったら離婚を切り出すつもりだった。「まさか……相沢さんなの?」「ええ」 芹奈は悪びれもせずに答えた。「彰人さんとは、もうずっと前から」「そんな……」「離婚されると困るんだよ」 彰
آخر تحديث : 2026-08-13 اقرأ المزيد