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第6話

作者: 鳳小安
山口家。

診察を終えた医者が静かに告げた。「奥様の容体は非常に悪いです。例の薬は、もう飲ませない方がいいでしょう」

「しかし、莉子の心臓が……」

聡はベッドの上の晴香を見やり、言い淀んだ。

「山口社長、本当のことをお伝えします。藤原さんの病状はそこまで深刻ではありません。奥様を犠牲にしてまで、心臓を移植する必要はないはずです」

「考えておく」

医者が立ち去った後、聡はベッドで苦しげに瞼を閉じたままの晴香を見つめ、黙り込んだ。

「大丈夫だよ、聡。きっと大丈夫だから」

眠っていたはずの晴香がふいに口を開いたのを見て、聡は慌てて彼女の傍らに座った。

「晴香?」

「聡、あなたを絶対守るから」高熱でうなされているのか、晴香は途切れ途切れに呟き続けていた。「あのイノシシ、私が追い払うから、怖がらなくていいんだよ。

聡、昔の約束。恩を返すって言ったこと、まだ覚えてる?」

その言葉が、聡に過去のことを思い出させた。一度だけ、晴香に助けられたことを。

確かに恩返しをすると約束したのに、今、自分は一体何をしているのか?

「聡さん」

傷だらけの莉子がドアの向こうから現れ、泣きながら訴えた。「もう私のこと、見捨てるの?」

「どうしてそんなことを?」

「だって、山を下りる時も私を放っておいて晴香さんばかり構っていたじゃない?後ろから何度も呼んだのに無視するから、私、すごく悲しかった」

莉子が自分の体にできた傷口を聡に見せた。それは痛々しく、目を背けたくなるようなものだった。

聡の胸に、罪悪感が突き刺さる。「すまない。お前の手術のために晴香を死なせないようにしているだけだ。それ以上の感情なんてない。不安にさせるつもりはなかったんだ」

「ねえ聡さん、昨夜お姉ちゃんの夢を見たの。血を流してボロボロになったお姉ちゃんがすごく苦しそうにしていたの。もしあの時、お姉ちゃんが命を絶っていなかったら、今ごろきっと幸せだったはずなのに」

その一言で、聡の押し殺していた憎しみが再び燃え上がった。

「ああ、渚の死は痛ましいものだった」

「それと、昨日帰ってきたらお姉ちゃんのブレスレットが無くなってて。昨日私がつけていたのはそれなのに!晴香さんは私が別の安物をつけていたって言いがかりをつけてくるの!お姉ちゃんの遺品が山で見つからなかったことがバレるのが怖いからって!」

「晴香!」

その瞬間、聡は理性を完全に失った。

彼はボディーガードに冷水を汲んでこさせると、ベッドに伏せる晴香の頭から容赦なく浴びせた。

冷たさに驚き、晴香が目を見開いた。

「聡!」

「いい加減にしろ!よくも渚の遺品を失くしたな。それどころか嘘まで吐くなんて、死んで当然だ」

聡は晴香の腕を掴み、床へと力任せに引きずり下ろした。

「晴香、これほど救いようのない女だったとはな!」

腕をねじられ、あまりの激痛に晴香は息を呑むことしかできなかった。

間髪入れず、聡はボディーガードに毒薬の瓶を持ってこさせた。

「薬だ、3錠飲ませろ」

「えっ?」

医者が「1日に1錠」と言っていたことを思い出し、晴香は震えながら首を振った。

これ以上飲めば、死期を早めるだけだ。

そんなに、聡は自分を殺してしまいたいのか?

「ダメ、聡、お願いだからやめて!」

強引に顎を固定され、晴香は抵抗ができないまま、口の中に錠剤を無理やり流し込まれた。

薬を飲み込むと、晴香は床に這いつくばって激しく咳き込んだ。

「ゴホッ……ゴホッ……」

苦しむ晴香を見て、莉子は唇の端を吊り上げて微笑んだ。

晴香の目から涙が溢れ出る。全身の隅々に、言葉では言い表せない激痛が走る。

腹部を灼けるような痛みが襲い、次の瞬間、鮮血が口から噴き出した。

飛び散った血が、聡の頬を汚す。

彼は表情を変えないまま、指先でその血を拭い、「晴香、今日起きたことは全て、自業自得だ」と言い捨てた。

彼は冷たい言葉を残し、振り返ることなくその場を去った。

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