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第1158話

Author: 夜月 アヤメ
「冴島さん、どうして起きてきたの?」

若子は驚いたように言った。

本当は、朝食を部屋まで運ぶつもりだった。

けれど、千景の視線がリビングにいる修を捉えた瞬間、彼はすぐに状況を察したようだった。

「大丈夫。もうずいぶん楽になったよ」

若子は彼を支えながら、椅子へと座らせる。

「今はちゃんと休まなきゃ。ご飯を食べたら、ちゃんと薬も飲んでね」

「うん、わかってる」

若子はふと修の方を見て、言葉を続けた。

「昨日の夜、修が医者を呼んでくれたの。ちゃんとお礼言って」

千景は修を見て、一言。

「ありがとう」

修は素っ気なく答えた。

「別に、お前のためじゃない。若子のためだ」

その正直すぎる言い方に、千景は少しだけ笑みを浮かべた。

―クズだけど、誠実さは、ある。

「じゃあ、食べようか」

若子は空気が悪くならないように、そっと話題を変えた。

三人は静かに、食卓を囲んだ。

若子は自分の目玉焼きを千景の皿に移した。

「冴島さん、たくさん食べてね。体力、ちゃんと戻さなきゃ」

それを見た修は、黙って自分の目玉焼きを若子の皿へ。

若子はすぐにそれを元に戻す。

「ありがとう。でも、いいの。私は他のおかずで十分だから。二人とももっと食べて」

すると今度は千景が、再び若子に目玉焼きを戻してきた。

「じゃあ、三人で一人一つってことで。じゃないと俺、もう食べないから」

若子は小さく笑ってうなずいた。

「......それじゃ、そうしようか」

行ったり来たりしても、きりがない。

三人は静かに朝食を食べ終えた。

若子が立ち上がり、食器を片付けようとすると―

「俺がやるよ」

修がすぐに立ち上がる。

「座ってて、私がやるから」

そのとき、部屋の奥から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

若子は立ち上がろうとしたが、昨晩の修のことを思い出す。

彼があやすと、暁はすぐに泣き止んでいた。

「修、暁の様子見てくれる?」

「うん、行ってくる」

修はそう答えて、すぐに暁のいる部屋へ向かった。

子どもをそっと抱き上げると、途端に泣き止んだ。

千景は静かに若子の方を見て、低く尋ねた。

「いつ、彼に真実を伝えるつもりなんだ?」

若子は苦笑いを浮かべた。

「......私にも、まだ分からない」

千景はそれ以上、何も聞かなかった。

「片付け、手伝う
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