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第1171話

Author: 夜月 アヤメ
「若子、ごめん」西也がしおらしく言った。

若子は赤ん坊を胸に抱きながら、諦めたような目で彼を見つめた。

「いつもそう言うよね。それでまた同じことを繰り返す」

西也の胸にズシンと痛みが走る。

「若子、俺は......」

何か言おうとしたその瞬間、若子はきっぱりと言葉を遮った。

「もういい。車に乗って」

彼らは一台の車でここに来ていた。

若子は先に乗り込み、赤ん坊をチャイルドシートに乗せてシートベルトを締めると、自分も後部座席に座った。

すると、後部座席に座ろうとした西也とノラが、またも火花を散らす。

後部座席にはチャイルドシートが一つ設置されており、大人が座れるのは二席のみ。一人はどうしても助手席に座る必要があった。

「お前が助手席行けよ」西也が不機嫌そうに言い放つ。

「遠藤さんが行けばいいじゃないですか。来たとき僕が座ってたんですから、今回は遠藤さんの番ですよ」

またもや口論が始まり、若子はこめかみを押さえた。

「もう、いい加減にして。西也、助手席に行って」

若子のそばにいると気を使うし、正直、少し離れていてほしかった。

西也は納得いかない顔をしつつも、若子の言葉に逆らえず、黙って助手席に座りシートベルトを締めた。

彼はちらりと千景をにらんだが、千景は無反応で、静かにエンジンをかけた。

車内はしんと静まりかえり、誰も口を開かなかった。

赤ん坊もおとなしく座っており、ノラはずっと赤ん坊と遊んでいた。

西也はバックミラー越しに、ノラが赤ん坊とじゃれている様子を見て、苛立ちを隠せなかった。

―あのクソガキ......いつか絶対しめてやる。

車がマンションの前に差し掛かったそのとき―

若子の目に、見覚えのある人影が映った。

「......修?」

修が建物からちょうど出てきたところだった。

後部座席の窓は開いていて、修の視線がぴたりと若子を捉える。

次の瞬間、彼はそのまま駆け出してきた。

車の前に飛び出すように立ちふさがる。

千景はすぐにブレーキを踏んだ。

車の前方と修の膝の間は、わずか数センチしかなかった。

修の姿を見た途端、男たちの空気が一気に変わる。

全員が車のドアを開けて、次々に降りてきた。

「お前、何しに来た?また若子を困らせに来たのか?ほんとにしつこいな!」西也は車から出るなり、激しい口調で責め立て
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Comments (2)
goodnovel comment avatar
hayelow488
何なのこの状況。。。 このメンツで、お買い物とか。 しかも修まで来るなんてビックリ。よく来れたね! あれだけ拒否られたのに。 まぁ、折角だから、どうやって犯人の証拠を掴むか話し合ってみては? ノラが邪魔だけど、もしかすると、おしゃべり侑子に見切りをつけるかもしれないし。 とにかく、またここで、葬儀と同じパターンの繰り返しはしないでほしい。 それにしても、千景はノラのこと怪しまないのか気になりますね。
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barairose88
千景、西也、ノラ、そして修まで入り乱れた展開… 若子、あなたの行動にもかなり問題があります。 誰にも優しく、相手を慮る気持はわかりますが、それはとても罪深い! 男達は、千景もノラも西也も、皆自分に都合よく解釈するんです。 それは皆に希望を抱かせることに… 若子は、もっと毅然としなくてはなりません。 そんな中、修はどうやら、若子を心配しつつも、侑子の誤解を解きに来た様子… 修、ここにきてもまだ間違えてる…残念です!
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