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第1172話

作者: 夜月 アヤメ
「話すことなら、墓前で全部終わってるはずよ」若子は静かに言った。「あのときのあんたの態度、しっかり見せてもらったわ。もう何も話すことなんてない。帰って」

そう言って、若子は再び車へと戻ろうとした。

修は彼女の前に立ちふさがった。

「若子、お願いだ。ふたりきりで話をさせてくれ。頼むよ」

「彼女はもう話す気ないって言っただろ」西也が一歩前に出て、修を押しのけるようにして若子の前に立ちはだかった。「聞こえなかったのか?今、お前の顔なんて見たくもないんだよ。今日のこと、もう忘れたのか?あの女をかばって、若子を突き飛ばしかけたろ?その手で。何様のつもりで今さら来てんだ」

西也の言葉は、修の胸にぐさりと刺さった。

言い返したくても、できなかった。彼の言うことは正しかった。

若子を傷つけかけた―それが現実だった。

だから、何を言ってもただの言い訳にしかならない。

「帰ってください。お姉さんは藤沢さんと話す気ないんです」ノラの声は柔らかいが、冷ややかだった。その目には軽蔑がにじんでいた。

千景も口を開かないまま、無言で鋭い視線を修に向ける。

三人の男たちの目が一斉に修を見据える中、彼はまるで標的にされたように立ち尽くすしかなかった。

「若子、本当にこれでいいのか?」修は声を震わせながら訴える。「ばあさんが亡くなったのは、俺だって本当に辛いんだ。こんな風になるなんて、思ってなかった。少しだけ、話をさせてくれないか?」

若子はその言葉に、一瞬だけ沈黙した。

そして、短く頷いた。

「いいわ。私も、言いたいことがあるから」

その返事に、修の顔にほのかな希望の色が戻った。

「みんな先に上がって。暁も連れてって」若子は三人に向かって言った。「修と話が終わったら、車を中に入れるから。上に行ったら、先に夕飯の支度してて」

その声には冷たさが混じっていた。まるで命令のように響く口調だった。

三人は、まるで命じられるのを当然のように受け止めていた。

「若子、ふたりきりにさせるのは心配だ。こいつ、また何かしたらどうするんだよ?」西也は眉をひそめて訴える。

「お姉さん、僕が残りましょうか?いっしょにいてあげたいです」ノラも申し出る。

けれど、若子の表情はさらに厳しくなった。

「大丈夫だから。三人とも上に行って」

その声に、有無を言わせぬ強さがあった。

三人
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