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第1178話

Author: 夜月 アヤメ
修は広いリビングで、ひとりぼっちで座っていた。

祖母が生きていた頃は、ここには笑い声が絶えなかった。けれど今は、ただの静寂だけが残っている。

絨毯の上に座り込み、頭を抱えてうずくまる。その顔色は青ざめ、呼吸も浅かった。

胸の奥からじわじわと込み上げてくる複雑な感情に、潰されそうだった。

震える手でポケットからスマートフォンを取り出し、一つの番号に電話をかけた。

すぐに、相手が出た。

「もしもし?修?」

侑子の声だった。

だが、修は何も言わなかった。

「どうしたの?何かあったの?」侑子の声に不安がにじむ。

「修?......大丈夫なの?何か話したいことがあるなら言って。私、ちゃんと聞くから。黙ってないで......お願いだから。

電話をかけてきたってことは、何かあったんでしょ?話してよ、私を心配させないで......」

その声には、泣きそうな震えが混じっていた。

「修、ねえ、お願いだから......返事して......大丈夫?」

しばらくの沈黙のあと、ようやく修が口を開いた。

「侑子......迎えの車を出す。少し、会いたい」

「本当!?会ってくれるの?」侑子の声には、嬉しさが滲んだ。「今すぐ行く!タクシー使うから、迎えはいらないよ!」

彼に会える。その思いだけで、侑子の心は一気に高鳴った。

「......そうか。じゃあ、ばあさんのところで待ってる」

修はそれだけを言い、電話を切った。

侑子はしばらく呆然と画面を見つめていた。

修......どうしてそんなに淡白なの?

迎えに来てくれると思っていた。こんな夜遅くに、彼女を一人で行かせることに、不安はないのか―

けれど、考える暇もなく、侑子は急いでコートを羽織った。

その様子を見た安奈が、一緒に行こうと声をかけてきたが、侑子は即座に拒んだ。

こんな大事な夜に、あの鈍い安奈を連れていくなんて、とても考えられない。

......

侑子はタクシーを呼び、修のもとへと急いだ。

侑子が別荘の中に入ると、そこは真っ暗だった。

廊下の足元灯を頼りに、恐る恐る奥へと進んでいく。心細さが胸を締めつける。

「修......いるの?ここにいるの?」

「ここだ」修の低い声が、闇の中からふっと聞こえてきた。

その瞬間―

パッと灯りが点いた。

リビングが明るく照らされ、ソファのそば
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