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第735話

Auteur: 夜月 アヤメ
光莉は冷たい視線を向けた。

「遠藤西也......結局、あなたは若子を独占したいだけでしょう?彼女が本当にあなたを愛していると確信してるの?」

西也は拳を握りしめた。

「彼女が僕を愛していようが、そんなことはあなたには関係ありません。

今、若子は手術を受けてるんです。たとえ無事に終わったとしても、術後の体調は良くないはずだ。そんな彼女に、藤沢が行方不明だと伝えるつもりですか?それで彼女を絶望させて、追い詰めるつもりですか?」

西也の声には、はっきりとした怒りが滲んでいた。

「あんたたち藤沢家の人間は、若子のことなんて何も考えていない。もし本当に彼女を大事に思っているなら、ここに来るべきじゃなかった!

あんたたちの『愛』っていうのは、ただ彼女を縛り付けることだけだ。でも、彼女にとって本当に必要なのは、解放されることだ......いつになったら気づくんだ?」

光莉は冷笑する。

「言葉巧みに論点をすり替えようとしても無駄よ。若子と藤沢家のことに、あなたが口を挟む権利はない。あなた、記憶を失ってるのよね?じゃあ、なぜ若子があなたと結婚したのかも忘れたんじゃない?」

―彼女と西也の結婚は、ただの「偽装結婚」だった。

なのに、この男は本気で「夫」のつもりで若子を支配しようとしている。

「......」

西也の拳が、ギリギリと音を立てた。

「たとえどんな理由があろうと、若子は僕の妻です」

低く、はっきりとした声で言い切る。

「僕は彼女を守ります。愛する......一生」

彼の目は、鋭く光莉を見据えた。

「藤沢家とは違う。彼女の両親を死なせておいて、その罪悪感を誤魔化すように育て、感謝しろと押しつけ、挙句の果てに『藤沢家の嫁』として藤沢修に押し付けた。彼女がどれほど傷ついたか、あなたたちには分からないでしょう?」

「......!」

光莉が何か言い返そうとしたその時―

手術室のドアが開いた。

医師が急ぎ足で出てくる。

「遠藤さん!」

西也はすぐに立ち上がった。

「どうなった?」

医師の表情は険しい。

「予想以上に状況が悪化しています。手術中に合併症が発生しました。妊婦の子宮頸部から出血が続いており、現在、昏睡状態です。最善の方法は、妊娠を中断することです。

さもないと、子
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Commentaires (1)
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
修自死を選んで消えた 修が1番クソ野郎思ってたけど 読んでくうちに 若子と西也が1番クソ野郎だった 本来なら2人が消えるのがよかったのでは このまま子供出来ても 子供が不幸になるだけ 西也執着凄くてキモい 若子も修とのメールとっとくなよ
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    若子は慌てて自分の体を見下ろした。 服は―ちゃんと着ていた。乱れもなく、整っている。修の方も、ちゃんと服を着ていた。 「......昨日の夜、私に......何かあった?」 「倒れたからさ、ここで休ませたんだ。すごくぐっすり眠ってたよ」 修は、彼女が不安がらないように、穏やかに説明した。 若子は自分の服を見つめた。どこもおかしくない。きちんとしてる。 「この服......着替えさせたの、あなた?」 修の表情が一瞬止まる。昨夜、自分がしてしまいかけたことが脳裏に浮かび、胸がきしんだ。あの時のことを思い出すだけで、後悔と罪悪感に押しつぶされそうになる。 彼は若子の目をまっすぐに見られず、少し目をそらして答えた。 「......女の看護師に頼んだ」 若子はほっと息をついた。 やっぱり昨夜感じたあの感覚―誰かがキスしてきたような、全身が包まれたような、あれは......夢だったのかもしれない。 「......昨日の夜、ずっと一緒にいたの?」 「うん。お前の様子が心配だったから、ここにいた」 修の返事は短く、でもどこか優しかった。 若子は少し不思議そうな顔をした。何か聞こうとした瞬間、ふと思い出す。 「―そうだ、ヴィンセントさん!彼は無事なの?!」 「......一命は取り留めた。今はICUにいる」 その言葉を聞いた瞬間、若子は深く息を吐き、すぐにベッドから降りようとシーツをめくった。 「会いに行く。今すぐ」 彼女が部屋を出ようとすると、修もすぐに追いかけてきて、手を伸ばす。 「若子!」 彼女の腕を掴んだ。 振り向いた若子が問う。 「......なに?」 「今の状態じゃ、会えるわけない」 「外から見るだけでもいいの」 そのまま修の手を振りほどき、若子は病室を出ていった。 ICUに着いた若子は、硝子越しに千景の姿を見つけた。 彼はベッドに横たわり、身体中に医療機器が繋がれていた。心電図のモニターが、規則正しく音を立てている。 若子はそっと硝子に手を当て、ため息を漏らした。 「......ごめんね。私のせいで、こんなひどいケガをさせちゃって。ちゃんと治ってね......まだ、1万ドル返してないんだから......」 その呟きに反応したのか、後ろから修の声

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    若子の赤い唇がほんの少し開き、震えるような吐息が漏れる。 修の顔は彼女の首元にうずめられていて、その呼吸はどんどん熱を帯びていった。 そのとき、ふいに、耳元から微かに女の声が聞こえた。 「修......ヴィンセントさんの手術、終わったの......?」 修の体がピタリと止まる。情熱の最中に―別の男の名前を、若子の口から聞いた。 胸の奥が、ズキンと痛んだ。 彼は無意識に、彼女の目を覗き込む。若子はまだ目を閉じたまま、目覚めてはいない。夢の中か、半分眠ったままか―今、彼女は何もわかっていない。 それなのに、彼女の意識はあの男に向いていた。 眠っていても、彼のことを気にしている。 修は、自分がとんでもない男に思えた。 どうしてこんなときに、彼女の隙をつくような真似をしてしまったんだ? もう十分、若子は傷ついているのに。 それでも― 目の前で、何も身につけていない愛する人が横たわっている。どうして、どうして自分を抑えきれなかったのか。 修は苦しげに目を閉じる。熱い一滴が、頬を伝って、若子の肌に落ちた。 最後に、深く息を吐いて、彼はそっとシーツを引き上げた。ふたりの身体を隠すように、ゆっくりと。 そして、彼女を胸に抱きしめ、頬にキスを落とし、耳元で優しく囁いた。 「まだだよ......手術は終わってない。だから今は、安心して眠って。終わったらちゃんと教えるから」 若子の身体は限界だった。恐怖と疲労で、もう目を開ける力も残っていない。今の距離の近さにも、彼女は何も気づいていない。 修は彼女を抱いたまま、じっと見つめ続けた。 その夜、修が何度キスをしたか、自分でも覚えていない。 夜明けが近づく頃、彼は小さくため息をついて、彼女の耳元で呟いた。 「若子......もし時間を巻き戻せるなら、どれだけよかったか。 俺に雅子がいなくて、お前に遠藤がいなくて、ただふたりきりだったなら、それだけでよかったのに」 ...... 朝の光が、病室の窓から差し込んできた。柔らかな陽光が、若子の上に優しく降り注ぐ。 その光は空気の中で舞うように踊り、淡い花びらのように彼女の肌に触れる。 黒くなめらかな髪は白い枕に流れ落ち、眉は月のように穏やかに弧を描き、整った顔立ちをふんわりと引き立てていた。

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第965話

    修の服はすっかり濡れてしまっていた。 けれど彼はもう気にすることなく、自分の服もすべて脱ぎ捨て、若子と一緒にシャワーを浴びた。ふたりの身体は湯気の中で寄り添い、ただ静かに時間が流れていく。 洗い終えたあと、修はタオルで若子の髪と体を丁寧に拭き、そっと抱き上げて病室のベッドへ運んだ。柔らかなシーツをかけると、彼女を優しく包み込むように寝かせる。 ベッドに横たわる若子。夜の街灯が窓から差し込み、彼女の体を淡く照らしていた。まるで彫刻のように整った顔立ち。透き通るような肌は、まるで宝石のような光を放っていて、一本一本際立った睫毛、そしてほんのり上向いた赤い唇― あまりにも美しくて、息を呑んだ。 部屋は静かで、ほんのり暖かい光に包まれていた。まるで幻想の中にいるようだった。 修の目には、愛しさと切なさが溢れていた。まるで星のように輝くその瞳は、彼女だけを映していた。 その眼差しは、心と心をつなぐ橋だった。 ―どれだけ、彼女に会いたかったか。 どれだけ、彼女を想い、苦しんできたか。 修の目は、彼女から一瞬たりとも離せなかった。呼吸ひとつさえ、彼女の存在を感じるためにあるような気がしていた。 こんな風に、ただ見つめ合うことが―どれだけ久しぶりだっただろう。 彼女のすべてが愛おしい。顔も、身体も、心も。たとえ、どれだけ傷つけられたとしても、それでも彼女を愛してしまう。 眠る彼女の顔を見ていると、胸の奥からこみ上げてくるものがあった。あたたかくて、幸せで、でも同時に―絶望的な痛みも伴っていた。 自分の想いは、もう届かないのかもしれない。 彼女の世界に、自分はもう居場所がないのかもしれない。 若子は―もう俺を、必要としていない。 その現実に、修はただ静かに彼女を見つめ続けた。 それでも。たとえ彼女に拒まれたとしても。 彼女の幸せを守れるなら、命だって惜しくない。 「若子......俺に、守らせてくれないか?お前の人生の中に、俺をいさせてくれないか?夫じゃなくてもいいんだ」 ―その瞳に、狂気のような光が宿っていく。 修は立ち上がり、病室の扉へ向かうと、鍵をガチリと閉めた。 再びベッドに戻ると、彼女を包んでいたシーツを、ゆっくりと、まるで宝物を扱うようにめくっていく。 その瞬間、彼女の姿がすべ

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第964話

    「修......頭がクラクラする......眠い......」 若子の声はかすれ、まるで力が抜けるようだった。 修の瞳に、やるせない悲しみが浮かぶ。彼女の疲労は、身体だけじゃない。心のほうが、もっと限界だった。 「大丈夫。眠っていいよ。あとは、俺に任せて」 修はそっと若子の頬を撫で、囁いた。 「修......彼を、死なせないで、お願い、彼は私の命の恩人なの......彼がいなかったら、私はもう......あの男たちに捕まって、ひどいことされて......彼は危険を顧みずに私を助けてくれて......銃まで......だから、お願い、お願い、生かして」 若子の目に涙が浮かび、その声は今にも消え入りそうだった。 「わかった、約束する。俺が必ず、彼を救ってみせる」 修は彼女をぎゅっと抱きしめ、その耳元で誓うように囁いた。 若子は少しだけ安心したように目を閉じる。 修は小さく息をつき、彼女の額に優しくキスを落とした。 「若子......お前をどうすればいいんだ」 他の男のことで傷ついて、泣いて、苦しんでいる彼女。それを慰めて、守ることを約束しなきゃいけないなんて― 修は自分にその資格がないことなんて、とうにわかっていた。離婚を言い出したのは、他でもない自分だ。彼女を傷つけたのも自分。 だから、若子が別の男の胸に飛び込んだって、文句なんて言える立場じゃない。それでも、胸が張り裂けそうだった。 彼女は、間違いなくあの頃のままの若子で、今、修の腕の中にいる。 そんな彼女を―どうして手放せるだろうか。 修の親指が、彼女のやわらかな口元をそっとなぞる。そして、思わず顔を近づけ、その唇にキスを落とした。 ......どれだけ、このキスを待ち望んでいたか。 キスをするとき、愛する相手がいるなら、目を閉じるものだという。けれど今の修は、目を閉じられなかった。 だって、見ていたかった。もっと、ずっと―彼女を。 ほんの一瞬でも目を閉じてしまったら、次に開けたとき、彼女がもうどこにもいない気がして、怖かった。 何度も唇を重ね、名残惜しそうに離れられずにいた。 この時間がずっと続けばいいのに。 以前、侑子にキスしたときは、目を閉じて若子の面影を思い描いていた。でも、違った。あの人は若子じゃない。 ―

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第963話

    若子の姿は血まみれだった。 自分の血じゃない、それでも―あまりにも生々しくて、見ているだけで胸がえぐられそうだった。 修はすぐに若子をひょいと抱き上げた。 「ちょっ......なにしてるの!?私はここにいる、彼を待たなきゃ」 「若子、手術はまだまだかかる。だから、まず体を洗って、着替えて、きれいになって......それから待とう。もし彼が無事に目を覚ましたとき、君が血まみれのままだったら、きっと心配するよ?」 若子は唇を噛みしめて、小さく頷いた。 「......うん」 修は若子をVIP病室へと連れて行った。ちょうど空いていた部屋で、すぐに清潔な服を持ってこさせた。まだ届いていなかったけれど― 若子はずっと泣き続けていた。 修は洗面台の前で、そっと後ろから若子を抱きしめるように支え、水を出しながらタオルを濡らして、彼女の手や顔を丁寧に拭っていく。 「いい子だから、じっとしてて。血、すぐ落ちるから」 「修......あんなに血が......彼の血、全部流れちゃったんじゃないの......?」 まるで迷子の子どものように、若子は震えていた。 「医者が輸血するさ。絶対に助けてくれる。若子、手を広げて、もうちょっと拭くから」 彼女の体からは生々しい血の匂いが漂っていて、魂まで抜けたように虚ろだった。 修はタオルで彼女の手、腕、顔を優しく拭い、そしてふと、手を伸ばして彼女のシャツのボタンに指をかけた―その瞬間、 「なにしてるの!?」 若子が慌ててその手を掴んだ。目には警戒と不安の色。 修は一瞬、固まった。そして......思い出した。 ―自分たちは、もう夫婦じゃない。 ただの錯覚だった。かつての関係に、心が勝手に戻ってしまっていた。 もう彼女に触れる資格なんて、ないのに。 それでも、腰にまわした腕は......なかなか離せなかった。 しばらく見つめ合ったあと、若子は静かにタオルを取り、赤く染まったそれを見つめた。 「......自分でやるから。もう出て行って」 修は小さく息を吐き、名残惜しそうに腕を離した。 「......わかった。外で待ってる。何かあったら呼んで」 若子はこくんと頷く。 修は浴室を出て、ドアをそっと閉めた。 鏡の前で水を浴びた若子は、腫れ上がった

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