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第820話

Author: 夜月 アヤメ
侑子の動揺した様子を見て、ノラは落ち着いた声で言った。

「そんなに焦らずに、ちゃんと説明しますよ」

そう言って、ポケットからスマホを取り出し、数回スワイプした後、侑子に差し出した。

侑子は画面を覗き込む。

そこに映っていたのは、一人の美しい女性だった。

柔らかな笑顔はまるで春の日差しのように穏やかで、どこか人を安心させる雰囲気を持っていた。

彼女の目元には、優しさがにじんでいる。

「......これ......」

侑子の心臓が大きく跳ねる。

「彼女が、藤沢さんの元奥さん―松本若子です」

ノラの言葉に、侑子は呆然とスマホの画面を見つめた。

―これが、あの人?

目の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。

こんなに綺麗な人だったのか。

こんな女性なら、修が今でも忘れられないのも無理はない。

でも―

......だったら、どうして藤沢さんは、あの桜井雅子と関係を持ったの?

顔だけで比べたら、雅子が特別若子より美しいわけでもない。

―それとも、外見じゃなくて、中身の問題?

だとしたら、結局のところ、修が最後まで忘れられなかったのは、若子の中身だったということになる。

―男って、結局そういうものなの?

手に入れている間はその価値に気づかず、失ってから初めて後悔する......

でも、侑子は修がそんな男だとは思いたくなかった。

じっと画面を見つめる彼女を、ノラが観察するように眺め、指でスマホの画面をスワイプした。

次の瞬間、新しい写真が表示された―

しかし、今度の写真は若子の一人写真ではなかった。

そこに写っていたのは、修と若子のツーショット。

修は若子の腰に腕を回し、若子は彼の胸に寄り添っていた。

二人とも、本当に幸せそうに笑っている。

冷たいスマホの画面越しでも、二人の間に流れる強い愛情が伝わってきた。

―まるで、運命のカップルみたい。

互いを見つめる瞳の奥には、確かな想いが輝いている。

「......見ましたか?」

ノラはスマホを手元に戻しながら言った。

「彼女こそが、藤沢さんの『妻』だった人です」

ノラの声には、どこか淡々とした響きがあった。

「でも、今ではこんなことになってしまって......彼の前妻は彼を憎み、その結果、彼はすべて
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