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第846話

Author: 夜月 アヤメ
「......言わないか?」

修は冷たく言い放つと、踵を返した。

「なら、お前は俺との取引のチャンスを逃したってことだ」

そう言い捨て、病室を出ようとする。

「待ってください!」

ノラが慌てて呼び止めた。

修は足を止め、振り返る。

「......考えを変えたのか?」

ノラは少し考え込むように視線を落とし、やがて言った。

「今すぐに交換条件を思いつきません。でも、先に貸しにしてもらえますか?後で僕が何かお願いするとき、ちゃんと聞いてもらえます?」

修はゆっくりと歩み寄り、ベッドの横で腕を組む。

「......いいだろう。約束する」

「なら、教えます。でも......」ノラは慎重に言葉を選ぶように続けた。「絶対に僕から聞いたとは言わないでくださいね?お姉さんにバレたら、怒られますから。僕、もう藤沢さんの味方ってことでいいですよね?」

ノラはベッドサイドのメモ用紙を取り上げ、ペンを走らせた。

「ここがアメリカで一番の病院です。西也お兄さんはここで治療を受けています。そして、こっちが住んでいる場所。病院の近くですよ」

修はメモに書かれた住所を一瞬で覚えた。

そして、無言で紙を握りしめると、そのままくしゃくしゃに丸める。

瞳の奥には冷たい光が宿っていた。

「僕たち、約束しましたよね?」ノラは小指を差し出した。「絶対に僕が教えたって言っちゃダメですよ。ちゃんと誓ってください!」

修はちらりと彼を見たが、何も言わずに病室を後にした。

侑子がすぐに後を追う。

「藤沢さん!」

しばらく無言のまま歩いていた修は、ふと足を止めた。

「......山田さん、さっきのことは忘れてくれ」

「でも......見ちゃったよ」

侑子は不安げに言った。

「住所を手に入れたってことは、アメリカに行くつもりなの?前の奥さんに会いに?」

彼が前妻に会いに行くことが、彼のためになるとは到底思えなかった。

それに―あの人が、もしまた彼を傷つけたら?

前回、修があんなにも深く傷を負ったのは、あの前妻が関わっているせいだと聞いたことがある。

もし、また同じことが起きたら?

それに、アメリカは危険な場所だ。銃社会でもある。

もし本当に彼女に命を狙われたら―?

「そんなの、関係ない」

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シマエナガlove
あの女は自分の意見が1番だって 自分のやり方が正しい思って動くから いずれ罰が下る
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