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第2話

Auteur: 原稿だいすき
その日、千夏の心はずっと揺さぶられたままだった。両親と会社の海外移転に向けた段取りを話し合ったあと、彼女はそのまま実家に泊まることにした。

いつもなら、千夏の顔を見なければ安心して眠れない怜司が、その日はあっさりと受け入れた。誰が彼のそばにいるのかなど、考えるまでもなかった。

怜司と茉莉が親しげに寄り添う光景が、棘のように千夏の頭に刺さって離れない。その夜、彼女は何度も浅い眠りを繰り返した。

うつらうつらしているうちに、彼女は怜司が見たという夢によく似た夢を見た。

夢の中で、怜司はあの女性スタッフを愛していた。彼女がどんな目に遭っても、怜司は必ず千夏が陥れたのだと決めつけ、その代償を何倍にもして千夏に払わせた。

千夏を守ろうとした秘書の張間小春(はりま こはる)は、怜司の手で刑務所に送られ、心身をすり減らした末に死んだ。父は怒りのあまり心筋梗塞を起こし、母は心労で見る影もなくやつれてしまった。

そして千夏は、怜司の大切な女を陥れたと決めつけられ、彼の部下たちに殴られて流産した。

二度と、母親になれない体になった。

悪夢から飛び起きたとき、枕は涙でぐっしょり濡れていた。

千夏はそっと自分の腹に手を添えた。そのまま目を開け、夜明けまで一睡もできなかった。

絶対に。

絶対に、あの悲劇を繰り返させはしない。

翌朝、千夏は一番早い時間で産婦人科の専門医を予約した。ところが、出かけようとした矢先、小春から電話がかかってきた。

「藤崎社長、南条社長はあなたを騙していました。森野茉莉は解雇なんてされていません!」

夢の中で小春が迎えた惨い結末が脳裏をよぎり、千夏は踏み出しかけた足をすぐに止めた。

「小春、落ち着いて。何より自分の身の安全を優先して。私が着いてから話しましょう」

千夏が南条グループに着いたとき、小春はすでに怜司のボディーガードたちに取り囲まれていた。

けれど幸い、怪我はしていなかった。

千夏を見た瞬間、怜司の表情がわずかにこわばった。だがすぐに、上に立つ者らしい余裕を取り戻し、鼻で笑った。

「助けを呼べば無事で済むとでも思ったのか?」

小春は千夏を見るなり、怒りに震えながら事の経緯を一気に話した。

茉莉が何かを盗もうとしている、あるいは逆恨みから報復しようとしているのだと思い、咄嗟に彼女を床に押さえつけたのだという。その拍子に茉莉の額が壁の角にぶつかり、茉莉は小春にわざと怪我をさせられたと訴えたのだった。

小春は何も悪くない。

けれど、怜司が気にかける相手に関わった以上、無傷で済む者などいない。

千夏は手のひらをつねり、必死に感情を抑えた。

「これは誤解よ。小春は会社の安全を考えて動いただけ」

だが茉莉は、突然その場に膝をついた。

泣きながら、腕に残る痣を見せる。

「千夏さん、私、南条グループを辞めます。ですから、もう人に私を殴らせないでください。張間さんが……私を見かけるたびに殴るって言ったんです。本当に痛くて……もう二度と、あなたと南条社長の前には現れません。お願いします、どうか見逃してください……」

怜司は茉莉の体に残る痣を見て、小春を冷たく問い詰めた。

「まだ言い訳があるのか?」

小春は大声で反論した。

「私は殴っていません!この女が嘘をついているんです!」

千夏は当然、小春を信じていた。

「どちらが嘘をついているかは、防犯カメラを確認すれば分かるでしょう?」

「確認しろ」

怜司は片手を振り、部下を一人適当に指名した。

茉莉の顔から、一瞬で血の気が引いた。

次の瞬間、彼女は力が抜けたようにその場へ崩れ落ちた。倒れ込む拍子に、額がそばのローテーブルの角をかすめる。

細い血の筋が額に浮かび、白い頬をゆっくりと伝っていった。

「私が嘘をつきました。南条社長、私なんかのために千夏さんと揉めないでください。全部、私が悪いんです。

私のせいで南条社長が困るくらいなら、私、どうなってもかまいません」

怜司の目元に、痛ましげな色が浮かんだ。彼は茉莉を抱き起こした。

「俺の気持ちが、君にとってそんなに大事なのか?」

「大事です」

茉莉は意地を張るように顔を上げた。瞳には涙がきらきらと揺れていた。

「とても、大事です」

「馬鹿な子だ。傷が残ったらどうする」

怜司は茉莉を横抱きにした。

立ち去る前、彼は千夏に冷たい視線を向けて告げた。

「千夏、これで満足か?君の秘書を警察に突き出すか、それとも茉莉が受けた十倍の痛みを彼女に返すか。自分で選べ」

怜司が残していったボディーガードたちは、拳を鳴らしながら二人を幾重にも取り囲んだ。

千夏は小春を背中にかばった。

「小春に手を出すなら、まず私を通して」

そのうちの一人が目を暗くした。

「南条社長の命令だ。邪魔する者は、まとめて痛い目を見せろと」

雨のように激しい拳が、千夏と小春に降り注いだ。二人は苦痛に体を丸めて床にうずくまったが、逃げ場などなかった。

千夏は必死に自分の腹を抱きしめた。

それでも何発かは腹に当たり、彼女は苦痛に呻き声を漏らした。

小春自身も殴られながら、必死に千夏を自分の体の下にかばった。

「全部、私が悪いんです。全部、私が悪いんです。藤崎社長を殴らないでください……」

「やめろ!」

怜司の親友である賀来旬(かく しゅん)がその光景を見て、慌てて声を張り上げた。

「社長夫人にまで手を上げるなんて、お前たち、命が惜しくないのか!」

男たちはようやく手を止め、顔を見合わせた。

「南条社長の命令です」

旬は愕然とし、すぐに千夏を支え起こした。

「千夏さん、病院へ行きましょう」

「いいえ」

千夏は真っ青な顔で腹を押さえ、小春と互いに支え合いながら、足を引きずるようにして南条グループのビルを出た。

外へ出た途端、彼女はもう立っていられなくなった。

「小春……お腹が……」

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