LOGIN夜は静かにまぶたを伏せた。わざと気を失ったのは、正道自身に真相を調べさせ、自分の手で鈴の本性を暴かせるためだった。そうでなければ、正道は「夜が裏で小細工をしたのだ」と思い込み、それを自分への慰めにし続けたことだろう。夜は、すがりつく正道の手の中から自分の手を冷たく引き抜き、彼の目をまっすぐに見据えた。「正道、私はもう二度もあなたを許したわ。でも、仏の顔も三度までよ。あなたとあの女は、私の誕生日会という場で、私を世間の笑いものにしたのよ。それでもまだ、私に許してほしいと泣きつくの?」正道は反射的に言い訳を口にした。「夜、違う、今回はただの事故なんだ。あの媚薬の香さえ焚かれていなければ、俺が理性を失うことなんて絶対になかった。それに、俺はずっとお前に触れていなかっただろう。お前が恋しくて、お前のぬくもりが欲しくてたまらなかったから、それで錯乱して……」夜は聞いていて虫唾が走り、正道の言葉を冷ややかに遮った。「つまり、あなたが鈴と浮気したのは、私が抱かせなかったせいだとでも言いたいの?」「違う、そういう意味じゃないんだ」正道はすかさず早口で弁解した。「夜、俺は鈴と明日香を昨夜のうちに漁村へ送り返した。あいつは俺を陥れ、俺たちの仲を裂こうと企んでいた。あんな女を、もう二度と俺のそばに置くつもりはない。安心してくれ。向こうに見張りを置いて、あいつらが二度と漁村から出られないように手配した。明日香も、もうこの雲井家で育てるつもりはない」夜が口を開く前に、正道の携帯電話が鳴った。電話に出ると、向こうから雲井グループの株主の怒気を孕んだ冷たい声が聞こえてきた。「正道、今すぐ雲井グループへ来て会議に出ろ。重要な通達がある。もし来ないと言うなら、我々全員で雲井家へ直接乗り込むしかない。お前だって、こういう話を夜の目の前でしたくはないだろう?」相手は正道の返答を待つこともなく、一方的に電話を切った。通話が切れると、正道は焦ったように夜に言った。「夜、急用ができたから、今すぐ雲井グループへ行かなければならなくなった。残りの話は、俺が戻ってきてからでもいいか?」夜は長いまつげを伏せ、瞳の奥の思いを隠すようにした。「ええ、行ってらっしゃい」正道は彼女が同意したのを見て、ようやく少しだけ安堵の息を吐き、足早に
使用人は一瞬きょとんとして、まるで今になってようやく事態を飲み込んだかのような白々しい芝居を打った。彼女の目にわざとらしい焦りの色が浮かび、どもりながら言った。「も、申し訳ございません……私の勘違いでした……」そもそも、本家の使用人が当主の子どもの母親を間違えるなど、あり得ない話だ。ここに集まっているのは、海千山千の曲者ばかりである。この異様な光景とやり取りを見せつけられれば、たちまち内情を察し、腹の中でゲスな勘繰りをめぐらせた。「さっき夜が壇上で、子どもを養子に迎えたと発表していたが……まさか、夫が愛人に産ませた私生児を養子に迎えたってことか?」「そういうことか。夜はまだ若くて子どもを産めるし、すでに三人も息子がいるのに、何の酔狂で養子なんか迎えるのかと不思議に思っていたんだ」「本妻に愛人の私生児の親代わりをさせるなんて、正道の奴、いくらなんでも外道すぎるだろ!」今日、夜は壇上でのスピーチの際、自分が子どもを一人養子に迎えたことを公表していた。その時、客たちはさして驚きもしなかった。多くの名家は、世間体のいい評判を得るために孤児の里親になったり、慈善団体を通じて養子を迎えたりして、自分たちの名声やイメージを高めようとするものだからだ。養子に迎えると言っても、実生活を共にするわけではなく、金銭的な支援の手配をすべて秘書に丸投げしているだけの「名前だけのパトロン」であることも多い。だから客たちも、滅多に表に出ない夜が大々的に誕生日会を開き、そこで養子を迎えたと発表したのも、単なるイメージアップのパフォーマンスだと思っていたのだ。まさか、自分の家で本当に養子を育てているとは!しかもそれが、夫の愛人が産んだ娘だったとは!宴会の出席者たちは、この短いやり取りと目の前の光景だけで、背後に隠されたおぞましい事の顛末を悟ってしまった。内情をある程度知っていた雲井グループの株主たちに至っては、怒りで顔をこわばらせていた。正道が自分の本妻の誕生日会という大舞台で引き起こしたこの破廉恥なスキャンダルは、明日には財界のみならず、上流階級の隅々にまで知れ渡るだろう。愛人を本宅に連れ込み、私生児を産ませ、あろうことか本妻に養子として育てさせる――あまりにも常軌を逸している!そのとき、ずっとソファの隅で身を縮めていた鈴が、
鈴は一か八かの賭けに出ることにした。このまま大人しくしていても、いずれ無情にも厄介払いされるだけだ。それならいっそ、一か八か賭けてみるしかない。もしかしたら本当に、夜を押しのけて、自分が正妻の座に取って代われるかもしれない。鈴には、それなりの浅知恵があった。彼女は使用人の言葉を完全に信じ切ったわけではなく、念のため、こっそりと自分の兄に「薬」を用意させていた。万全を期したかったのだ。だが、その浅はかな動きはすべて夜の掌の上だった。夜はドレッサーの前に座り、優雅な手つきでイヤリングを外しながら淡々と言った。「鈴の手口なんて、結局この程度だったのね」ただ残念なのは、前世では鈴が早くに死んだせいで、正道が彼女の善良さと深い愛情を過剰に美化し、幻想を膨らませてしまったことだ。今世では、もし鈴が長く生き続けたら、正道の心の中にある彼女の清らかで無垢なイメージがどれほど崩れ去るのか。夜はそれを、心底見物してみたかった。ドレスの着替えと化粧直しを終えると、夜は再び階下へ下りた。周囲を見回したが、やはり宴会場に正道の姿はなかった。夜は満足げに口角を上げた。鈴の行動は、予想以上に早い。――せいぜい、私を失望させないでね。夜が数人の株主たちと和やかに歓談していると、上の階から、押し殺したような、それでいて耳をつんざく悲鳴が響き渡った。「きゃあっ!」ほどなくして、使用人のような身なりをした女が、転がるように階段を駆け下り、夜のもとへまっすぐ走ってきた。「奥様、奥様、大変です!正道様が……正道様と鈴様が……!」使用人は真っ青な顔でしどろもどろになり、肝心なことを言おうとしない。夜はわざとひどく動揺したような様子を見せ、急いで階段を上がった。事情を知らない大勢の客たちも、異変を察して夜の後にぞろぞろと続いて二階へ向かった。皆が部屋の前に立ち、中の光景を目にした瞬間――一斉に息を呑んだ。「こ、これは……」正道は慌てふためき、乱れたシャツを必死に着ようとしていた。もう一人の見知らぬ女は、ソファの隅で怯えたように身を縮めていた。服は見るも無残に乱れ、スカートの大部分が引き裂かれ、辛うじて胸元と太ももを隠している有様だった。さらに、激しい情事の跡が残る戦場のように荒れ果てた部屋を見れば、つい先ほど
雲井夫人がこれほどこれほど派手に表舞台へ姿を現すのは初めてのことだったこともあり、各名家は彼女に強い関心を抱き、夜の誕生日会には大勢の客が詰めかけた。雲井グループの株主や重役たちも、当然ながら欠席することはできなかった。何しろ、夜はかつて雲井グループに多大な貢献をしてきた。彼らは正道を支持していたが、夜がもたらした確かな利益を無視できる者などいなかった。そもそも、正道が戻ってきてから巻き起こした数々の醜聞には、かつて彼を支持していた株主たちの多くが愛想を尽かしかけていた。たかが漁村の女一人のために、正道がこれほど会社の利益を損なうくらいなら、最初から夜にそのまま経営を任せておけばよかったとさえ思っていたのだ。幸い、その後正道は記憶を取り戻して我に返り、それ以上馬鹿な真似をしなくなった。もしあのまま愚かな振る舞いを続けていれば、彼を支持していた株主たちでさえ水面下で結託し、正道にトップの座から退くよう求めていただろう。夜が会場に姿を現すと、その息を呑むような美しさと圧倒的に優雅な佇まいは、すぐさま会場中の視線と称賛を集めた。中には、グラスを片手にこんな噂話を小声で交わす者たちまでいた。「正道がこれまで噂になった女はみんな知っているが、誰一人として彼の妻より美人はいないな。妻より美しい女に溺れるなら、まだ理解もできる。なのに、彼が見つけてくる女はどれも妻の足元にも及ばない……一体何のメリットがあってあんな女に手を出したんだ?よほど女の趣味が根本から狂っているとしか思えん」「それは分かってないな。男ってのは、見飽きた妻より、外でこっそり『つまみ食い』する女のほうが刺激的に感じるもんさ」「他の連中が外で女を囲うときは、だいたい若手女優やモデルなんかを選ぶのに……聞いた話じゃ、正道が今回囲ったのは名もなき漁村の女だそうだ。ずいぶんと物好きにもほどがある」「理解できん。本当に男の趣味は分からんよ」もちろん、こうしたゴシップは、皆が人目のないところでひそひそと囁き合うだけのものだった。ほどなくして夜と正道が壇上に上がり、集まった来賓へ挨拶を述べると、宴が正式に始まった。挨拶を終えると、夜は正道に言った。「あなたは先に来賓の相手をしていてちょうだい。私は二階で着替えて、化粧を直してくるわ」今日は出席者も
遺言書で明確に指定されてしまえば、私生児どころか、実の子どもでさえ1円も受け取れなくなる可能性がある。そのため、多くの名家では私生児が後々問題を起こすのを防ぐため、早い段階でこうした遺言書を用意しておくものだ。夜がこれほどまでに抜け目なく立ち回るのを見て、鈴は思わず拳を握りしめた。夜は、最初から自分をここまで警戒していたのだ!正道は書類に目を通し、内容に問題がないことを確認すると、迷いなく署名した。正道は、これからも夜と一生を共にするつもりでいる。鈴の娘には、はした金を握らせておけば事足りると思っていたのだ。正道がまばたき一つせず書類に署名するのを見て、鈴はギリリと奥歯を噛み砕かんばかりだった。書類への署名が終わると、鈴は不意に口を開いた。「これから明日香は雲井家で育てられることになります。私と明日香は、もう二度と会えなくなるかもしれません。ですから、せめてここに残って、もう一か月だけ明日香のそばにいさせてほしいんです……」正道が答えるより先に、夜が口を開いた。「いいわよ」正道の顔色が変わった。「夜、まさかこの女をここに住まわせるつもりか?」夜は書類を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「最後に少しだけ子どものそばにいさせてあげるわ。そうすれば、あとになってまた別の口実を作り、私の前に現れることもなくなるでしょうから」その言葉を聞き、正道の表情は少し和らいだ。夜は書類を秘書に渡した。「手続きを進めて」秘書は恭しく返事をして、その場を離れた。……その夜、夜は秘書からの電話を受けた。「星野様、本当にこのようになさるおつもりですか?」夜は窓辺に立ち、深い夜の闇を見つめながら、淡々とした声で言った。「鈴は雲井家の贅沢な暮らしに魅せられ、すっかり欲に目がくらんでしまったわ。彼女は必ず、あらゆる手段を使って私と正道の仲を裂き、正妻の座にのし上がろうとする。そして、正道から当主の座を奪う最も手っ取り早い方法は、彼をスキャンダル漬けにして、雲井グループの株主たちに彼を見限らせることだわ」夜は、床から天井まである窓ガラスに映った自分の若く美しい顔を見て、冷ややかに微笑んだ。「遺言書にはもう署名してもらった。あとは偽装死を仕組んで、正道と鈴を漁村に送り返すだけ。あの二人には子どもを連れたまま、
正道がなかなか口を開かないのを見て、夜は言った。「正道、あなたが水に落ちて記憶を失ってから、雲井グループは私一人で必死に支えてきたのよ。あなたの顔を立てて、明日香を養女として引き取ることには同意するわ。でも、それは明日香にも私の子どもたちと財産を分け合う権利があるという意味ではない。私が苦労して守ってきたすべてを、部外者に分け与えるつもりはないわ。この条件で同意するなら、今すぐこの合意書にサインしましょう。もし同意しないなら……悪いけれど、刺し違えてでも、この件だけは絶対に認めないわ」正道ははっと我に返った。夜のあまりにも突然の態度の軟化に、正道は虚を突かれ、心の準備などまったくできていなかった。正道は明日香の養子縁組を利用して、夜に譲歩を迫ることができた。だが、もし明日香にも靖たち三兄弟と同じように相続権を持たせようと提案すれば、夜は彼と離婚してでも、決して受け入れないだろう。そうなれば、正道と夜の関係は完全に決裂し、修復の余地など欠片も残らないだろう。それに、夜に明日香を養女として引き取るよう強く迫った直後、雲井家の財産を平等に分けようと言い出せば、明日香を引き取る目的が、まるで雲井家を明日香の手に渡すためのものだと思われてしまう。夜が同意しないのはもちろん、雲井グループで夜を支持している株主たちも、決して受け入れるはずがなかった。もちろん、正道とてそこまで底抜けの馬鹿ではない。明日香も自分の子どもではあるが、どうしても靖たち三兄弟ほど大切ではない。夜が矛を収めたのを見て、正道の胸に名状しがたい感情がかすかに浮かんだ。彼は頷いた。「いいだろう」鈴は彼の命を救った。だが、正道はすでに鈴に十分すぎるほど与えてきた。鈴と明日香に、雲井家の財産を分ける資格など当然ない。正道は振り返って鈴を見た。「鈴、お前に異存はないな?」もしここで鈴が不満を漏らそうものなら、雲井家に下心があると見なされる。正道にとって、鈴は一点の曇りもない無垢で善良な女だ。だからこそ、財産を分けてほしいなどと厚かましいことを言い出すはずがないと信じきっていた。鈴の頭の中で計算が巡る。今はひとまず、夜と正道を納得させておけばいい。後のことは……その時に考えればいい。鈴は言った。「ありません」夜は自分の秘書に電話を