ANMELDEN遺言書で明確に指定されてしまえば、私生児どころか、実の子どもでさえ1円も受け取れなくなる可能性がある。そのため、多くの名家では私生児が後々問題を起こすのを防ぐため、早い段階でこうした遺言書を用意しておくものだ。夜がこれほどまでに抜け目なく立ち回るのを見て、鈴は思わず拳を握りしめた。夜は、最初から自分をここまで警戒していたのだ!正道は書類に目を通し、内容に問題がないことを確認すると、迷いなく署名した。正道は、これからも夜と一生を共にするつもりでいる。鈴の娘には、はした金を握らせておけば事足りると思っていたのだ。正道がまばたき一つせず書類に署名するのを見て、鈴はギリリと奥歯を噛み砕かんばかりだった。書類への署名が終わると、鈴は不意に口を開いた。「これから明日香は雲井家で育てられることになります。私と明日香は、もう二度と会えなくなるかもしれません。ですから、せめてここに残って、もう一か月だけ明日香のそばにいさせてほしいんです……」正道が答えるより先に、夜が口を開いた。「いいわよ」正道の顔色が変わった。「夜、まさかこの女をここに住まわせるつもりか?」夜は書類を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。「最後に少しだけ子どものそばにいさせてあげるわ。そうすれば、あとになってまた別の口実を作り、私の前に現れることもなくなるでしょうから」その言葉を聞き、正道の表情は少し和らいだ。夜は書類を秘書に渡した。「手続きを進めて」秘書は恭しく返事をして、その場を離れた。……その夜、夜は秘書からの電話を受けた。「星野様、本当にこのようになさるおつもりですか?」夜は窓辺に立ち、深い夜の闇を見つめながら、淡々とした声で言った。「鈴は雲井家の贅沢な暮らしに魅せられ、すっかり欲に目がくらんでしまったわ。彼女は必ず、あらゆる手段を使って私と正道の仲を裂き、正妻の座にのし上がろうとする。そして、正道から当主の座を奪う最も手っ取り早い方法は、彼をスキャンダル漬けにして、雲井グループの株主たちに彼を見限らせることだわ」夜は、床から天井まである窓ガラスに映った自分の若く美しい顔を見て、冷ややかに微笑んだ。「遺言書にはもう署名してもらった。あとは偽装死を仕組んで、正道と鈴を漁村に送り返すだけ。あの二人には子どもを連れたまま、
正道がなかなか口を開かないのを見て、夜は言った。「正道、あなたが水に落ちて記憶を失ってから、雲井グループは私一人で必死に支えてきたのよ。あなたの顔を立てて、明日香を養女として引き取ることには同意するわ。でも、それは明日香にも私の子どもたちと財産を分け合う権利があるという意味ではない。私が苦労して守ってきたすべてを、部外者に分け与えるつもりはないわ。この条件で同意するなら、今すぐこの合意書にサインしましょう。もし同意しないなら……悪いけれど、刺し違えてでも、この件だけは絶対に認めないわ」正道ははっと我に返った。夜のあまりにも突然の態度の軟化に、正道は虚を突かれ、心の準備などまったくできていなかった。正道は明日香の養子縁組を利用して、夜に譲歩を迫ることができた。だが、もし明日香にも靖たち三兄弟と同じように相続権を持たせようと提案すれば、夜は彼と離婚してでも、決して受け入れないだろう。そうなれば、正道と夜の関係は完全に決裂し、修復の余地など欠片も残らないだろう。それに、夜に明日香を養女として引き取るよう強く迫った直後、雲井家の財産を平等に分けようと言い出せば、明日香を引き取る目的が、まるで雲井家を明日香の手に渡すためのものだと思われてしまう。夜が同意しないのはもちろん、雲井グループで夜を支持している株主たちも、決して受け入れるはずがなかった。もちろん、正道とてそこまで底抜けの馬鹿ではない。明日香も自分の子どもではあるが、どうしても靖たち三兄弟ほど大切ではない。夜が矛を収めたのを見て、正道の胸に名状しがたい感情がかすかに浮かんだ。彼は頷いた。「いいだろう」鈴は彼の命を救った。だが、正道はすでに鈴に十分すぎるほど与えてきた。鈴と明日香に、雲井家の財産を分ける資格など当然ない。正道は振り返って鈴を見た。「鈴、お前に異存はないな?」もしここで鈴が不満を漏らそうものなら、雲井家に下心があると見なされる。正道にとって、鈴は一点の曇りもない無垢で善良な女だ。だからこそ、財産を分けてほしいなどと厚かましいことを言い出すはずがないと信じきっていた。鈴の頭の中で計算が巡る。今はひとまず、夜と正道を納得させておけばいい。後のことは……その時に考えればいい。鈴は言った。「ありません」夜は自分の秘書に電話を
正道の姿を見た瞬間、鈴は嬉しそうに彼に抱きついた。「正道さん、お帰りなさい」自分の家のホールで鈴に会うなど、正道は予想だにしていなかった。彼は勢いよく鈴を突き放し、冷たい声で問い詰めた。「どうしてここにいる?誰の許可を得て雲井家に入り込んだ?」鈴の存在は、夜の胸に深く突き刺さった棘だ。どれほど夜を刺激して自分に振り向かせたかったとしても、正道自身はもう二度と鈴と関わりを持つ気などなかった。ましてや、鈴を雲井家へ招き入れるなど、絶対にあり得ないことだった。今、目の前にいる鈴を見て、正道は驚愕し、激しい怒りに駆られた。まさか鈴が自分の家にまで押しかけ、付き纏ってくるとは。以前の鈴なら、ここまでわきまえない真似はしなかったはずだ。正道の怒りと凍りつくような冷たさを察し、鈴の表情はみるみる強張った。彼女はうつむき、傷ついたような、か細い声で言った。「正道さん、明日香を引き取る件で、あなたが夜さんとの間で困っているのは分かっています。だから、私が夜さんにお願いするために、ここへ来たんです……」鈴が言い終わる前に、正道は低い声でその言葉を断ち切った。「お前が夜に会いに来ただと?誰が勝手に夜に会うことを許した?」正道の顔には、冷たい霜が張りついたような怒りが浮かんでいた。「鈴、俺は言わなかったか?絶対に夜の邪魔をするなと」鈴は息を呑んだ。そのとき、夜がゆっくりと階段を下りてきた。彼女は、目の前で繰り広げられる一部始終を、目の前の茶番を淡々と見下ろしていた。前世では、夜が冷たく鈴を追い返した直後、鈴は交通事故に遭った。正道は、「二度と鈴をお前の前に現れさせない」と自分で誓ったことなどすっかり棚に上げ、愛する者を失った怒りと悲しみですべてを夜のせいにし、激しく恨み、責め立てた。だが今世では、鈴は死ななかった。だから、正道が彼女に勝手にまとわせていた後光も、すべて消え失せていた。今の正道にとって、鈴はただ、取り戻しつつある平穏な生活を乱す厄介者にすぎない。夜は階段を下りきると、淡々と言った。「私が鈴さんを中に入れたのよ」夜の姿を認めた途端、正道の顔に明らかな焦りがよぎった。「夜、誤解しないでくれ。俺は本当に、鈴にお前のところへ押しかけるようになんて言っていない……」正道が必死に弁解するのを、夜は
鈴は、夜が厳しい掟を見せつけて自分を諦めさせようとしているだけだと思い、低い声で「分かりました」と答えた。夜は使用人に任せず、自ら鈴を連れて雲井家の屋敷を案内して回った。雲井家はあまりにも広大だった。主屋だけでも見て回るのに二時間を費やしたが、それでも全貌を把握するには到底至らなかった。ましてや、ほかにも別棟や見事な庭園がいくつも広がっているのだ。鈴はまるで、本物の宮殿に迷い込んだような錯覚に陥った。ふと、正道が自分のために用意してくれた海沿いの邸宅を思い出す。数十億円は下らない豪邸だったが、この雲井家の本邸と比べれば、足元にも及ばない。もし夜がこの家の正妻だとすれば……自分は愛人の一人にすぎず、それも公に認められた立場すらない。その瞬間、鈴の胸にドロドロとした嫉妬と悔しさが込み上げた。なぜ、ここに住んでいるのが自分ではないのだろうか?夜は、鈴の目に浮かんだそのむき出しの貪欲さを、余すところなく見透かしていた。紅い唇の端が、誰にも気づかれないほど微かな弧を描いた。「次は、雲井家の決まりについて説明するわ」夜の言葉に、鈴は慌てて瞳の奥の狂おしい欲望を隠し、猫撫で声で応じた。「夜さん、どうぞ教えてください」夜は雲井家の掟と、それに違反した場合の罰則を事細かに並べ立てた。鈴はすでに腹を括っていた。どれほど厳しい決まりを突きつけられようと、すべて受け入れるつもりだった。だが意外なことに、夜が口にした雲井家の決まりは、決して過酷なものではなく、鈴にとって十分に受け入れられる範囲のものばかりだった。説明を聞き終えるなり、鈴は待ちきれない様子で口走った。「夜さん、私、その決まりをすべて受け入れます」夜は彼女をじっと見つめ返した。「それなら、正道が帰ってくるのを待って、三人でこの件について話し合いましょう。正道は今、会社の用事で出ているから、鈴さんはここで少し待っていてくれるかしら?」鈴は素直に頷いた。だがその日、鈴がいくら待っても正道は帰ってこなかった。急遽出張に発ったのだという。本来の鈴なら、ここで泣いて騒ぎ立て、最後には死ぬとまでほのめかして、何が何でも正道を呼び戻すつもりだった。しかし、鈴が正道に泣きつく電話をかけようとした矢先、夜がこう申し出たのだ。「正道が出張に行ってしまったから
城を思わせるほど豪奢な雲井家のホールを目にした鈴は、知らず知らずのうちに鼓動が速まり、呼吸さえわずかに荒くなった。平民の暮らししか知らない彼女にとって、ここはまるで別世界だった。雲井家の桁外れな贅沢は、彼女のちっぽけな空想を容易く凌駕していた。自分の賭けは間違っていなかった。人を見る目も、間違っていなかった!鈴は必死に感情を抑え、落ち着きと余裕があるように見せようとした。だが、まるで初めて大都会に来たお上りさんのように、キョロキョロと辺りを見回し、視線を奪われずにはいられなかった。鈴は、抑えきれない興奮で体中の血が熱くたぎるのを感じていた。雲井家に住み、雲井家の奥様になりたいという思いが、今この瞬間ほど強く湧き上がったことはなかった。雲井家を手に入れることは……鈴にそんなつもりはなかった。自分の身の程くらい、鈴にも分かっていた。彼女には、これほど大きな一族を掌握する力も、雲井グループを自分のものにする力もなかった。幼い頃から受けてきた教育が、彼女の視野と能力の限界を決めてしまっていたのだ。雲井家を手に入れることは、自分の子どもに任せればいい。鈴は一瞬にして、この先の計画をすべて思い描いた。「鈴さん、見学は済んだかしら?」背後から聞こえた声に、鈴はハッと我に返った。鈴が振り返ると、少し離れた場所に、夜が薄い笑みを浮かべて立っていた。夜はカジュアルな服装で、ゆったりとした佇まいを見せている。まさにこの家の女主人そのものだった。彼女は使用人に命じた。「鈴さんにお茶を淹れてきて」使用人は恭しく一礼して去った。夜は淡々と言った。「鈴さん、座ってちょうだい」鈴は胸の奥の嫉妬を押し殺し、おずおずと言った。「い、いえ、結構です。今日、夜さんにお会いしに来たのは子どものことで……夜さん、いくらなんでも、子どもに罪はありません。夜さんが明日香を引き取ってくださるなら、私、約束します……もう二度と、あなたと正道さんの前に姿を現しません。お二人の平穏な暮らしを邪魔するような真似は絶対にしませんから」夜は優雅にソファに腰かけ、微笑んだ。「鈴さん、本当に私たちがその子を引き取れば、あなたは二度と現れないと約束できるの?」鈴は一瞬、言葉に詰まった。昨日、正道からは、夜が鈴の密かに産んだ子どもにひどく腹
それから……夜は正道に無理やり抱かれた。星を身ごもったのは、まさにその時だった。夜は、あの監禁されていた日々を思い出すことすら嫌だった。あまりにもおぞましかったからだ。時が経ち、過去の出来事を水に流せるようになってからは、鈴と正道の録音を思い返しても、心が乱れることはなくなっていた。それでも、あの監禁された経験を思い出すたび、夜は激しい嫌悪感を覚えた。もしあの時、従順なふりをして、運命を受け入れたように装っていなければ、逃げ出すことなど到底できなかっただろう。彼女はかつて、鈴と正道の間に生まれた子を、恥辱の象徴だと見なしていた。だが今思えば、当時の彼女の心の奥底には、まだ悔しさと憎しみが渦巻いていたのだ。だからこそ、あの子の存在をどうしても受け入れられなかった。だが、若い頃に理不尽な目に遭い、不当な扱いを受けて、それを穏やかな気持ちで受け入れられる人間などいるだろうか?前世の彼女も、何年も経ってからようやく、折り合いをつけることができたのだ。今、このすべてが夢であろうとなかろうと、彼女は絶対にあの頃と同じ轍を踏むつもりはなかった。ただ、星は……星のことを思うと、夜は胸が締め付けられた。夜が誰よりも申し訳なく思っている相手がいるとすれば、それは間違いなく星だった。彼女は星に最高の環境を与えてやれなかった。星が手にしたものはすべて、自分自身の才能と努力で勝ち取ったものだった。雲井家に連れ戻せば、父親や兄たちに支えられ、家族の情を得られると思っていたのに。まさか……夜の瞳が翳った。彼女は星に何不自由ない暮らしをさせてやれなかっただけでなく、星の心の支えにも後ろ盾にもなれず、星を一人であれほど苦労させてしまった。星は本来、何の憂いもない令嬢として暮らし、家族に守られ、親しい人々に囲まれて生きるはずだった。だが、そのすべては結局、明日香に横取りされる形になってしまったのだ。夜は目頭が熱くなるのを感じた。こうして人生をやり直す機会を得た今、今度こそ必ず星にきちんと償ってみせる。星だけは、何としても産む。夜はカレンダーで日付を確認した。もうすぐだ。前世では、鈴が死んだあと、正道との間に残っていた未解決の対立はさらに深まった。二人はひと月余りも争い続け、結果として







