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第35話

Author: かおる
「心配しないでくれ。この件は俺が徹底的に調べる」

雅臣の言葉に、清子はようやく涙を止めて笑みを見せた。

彼がこうして言葉にするのは滅多にない。

だからこそ一度言ったからには必ず守ると彼女はわかっていた。

――数分後。

誠はある病室の前にやってきた。

彼はすでに調べをつけていた。清子とぶつかった相手――その車の持ち主は、この病室に入院しているらしい。

こうした事態で、わざわざ雅臣が自ら動く必要はない。

そのため、誠が代わりにノックをして病室に入っていった。

一方、雅臣は廊下に立ち再び星の番号に電話をかけていた。

だが、昨日と同じく誰も出なかった。

理由のわからない苛立ちが、彼の胸にじわじわと湧き上がっていく。

再度かけようとしたそのとき――

病室から出てきた誠の顔色が、どこか妙だった。

「......なんだ、もう戻ったのか?相手はまだ認めてないのか?」

雅臣は不審そうに尋ねる。

誠は一瞬彼を見上げ、何か言いかけてはためらう。

しばらく沈黙のあと、ようやく一言口を開いた。

「......神谷さん、ご自分で一度、見ていただいたほうがよろしいかと」

誠は極めて有能な側近だ。

この程度のことで彼が困るはずもない。

そんな彼が「自分で確認を」と勧めるからには、きっと何か普通ではない事態が起きているのだろう。

雅臣は彼に一瞥をくれると病室のドアを開けた。

そして、中に座っている女性を見た瞬間――

彼の表情は凍りついた。

「......星?なぜここにいる?」

星はすでに、誠から雅臣の来意を聞いていた。

だから、彼が来ることに少しも驚きはしなかった。

ベッドの上に体を預け顔色は少し青ざめ、額にはいくつかかさぶたが残っている。

星は彼を見つめ、静かに言った。

「私がここにいる理由、神谷さんならわかっているでしょ?どうして来たのかも、私よりご自身のほうがよくわかってるはずだわ」

雅臣の目がわずかに鋭さを帯びる。

「清子とぶつかった相手は.....お前だったのか?」

星は軽く応じた。

「そうよ」

その一言で、雅臣はすべてを悟った。

彼の黒い瞳が揺れる。まるで炎に照らされたろうそくのように、揺らめき定まらない。

複雑な思いを込めた眼差しで星を見つめながら、口を開いた。

「昨日電話かけてきた時......あのときも車の
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ワカマツタキコ 業務
うぉー清子にイライラして⋯こいつの病気って何なの?余命半年なら普通運転しないし、清子の方がヤク中じゃねぇの
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