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第1449話

Author: 心温まるお言葉
霜村冷司の料理は非常に遅く、夕暮れ時になってようやく西洋料理の皿を竹のテーブルに運んできた。

大皿がいくつかあったが、何なのか分からず、和泉夕子は怖くて食べられなかったが、新井昴は食べざるを得なかった。

霜村冷司が料理に半缶の塩を入れるのを見ていたのだから、箸をつけるのが怖かったのも当然だ。

霜村冷司は落ち着いた表情で、いくらか自信ありげにナイフとフォークを取り、向かいに座っている新井昴に差し出した。「食べてみるか?」

新井昴はせっかくの申し出を断ることもできず、ナイフとフォークを受け取り、ステーキを切り始めた。しかし、なかなか切れず、ステーキを諦めて別の皿へと手を伸ばした。

そこには黄色いものが盛られていた。カレーソースで作ったものらしく、カレーの香りはするものの、見た目はとても食欲をそそるものではなかった。

新井昴はあまり食欲がなかったが、それでも礼儀としてスプーンで少しだけ掬って口に入れた。名前も分からない液体が口に入った瞬間、吐き気がこみ上げた。

俗世の弟子だったこともあり、表情に出さないようにすることには慣れていたので、吐き気をこらえ、その黄色いカレーソースを飲み込んだ。

彼がまずいという表情を全く見せなかったので、和泉夕子は霜村冷司が来る前にこっそり家の料理人に習ったのではないかと疑った。そうでなければ、新井昴はどうやって食べられたのだろうか?

和泉夕子の疑念とは裏腹に、霜村冷司はさらに自信を深め、珍しく熱心に料理をとりわけ、再び新井昴の前に置いた。「酢豚、試してみるか?」

沢田は甘いものが好きで、特に酢豚が好きだった。霜村冷司はこの料理にたくさん砂糖を入れた。新井昴は東南アジアで育ったので、きっと沢田と同じように好きだろうと考えていた。

目の前の真っ黒な酢豚を見つめ、新井昴は心の中でため息をついた。食べると言った以上、どんなに塩辛くても涙を飲んで食べなければならない。彼はフォークで小さな酢豚を刺し、口に入れた。

今回は、新井昴は我慢できずにフォークを投げ捨て、ティッシュを取り、唇に当てて上品に吐き出した。そして素早くゴミ箱に捨てた。流れるような動作は、まさに無駄のない所作だった。

「まずかったんですか?」

和泉夕子の心配そうな声を聞き、新井昴は再びティッシュを取り、唇を拭いた。そして、霜村冷司が黙って差し出したグラスを受け取
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