LOGIN今日花は一瞬、言葉を失ってしまい、どこから話せばいいのか分からなかった。あの頃、悪いのは自分だった。なのに、今さらどうして彼をこんな目に遭わせることができるというのか。尚年は一歩一歩と迫り、暗く沈んだ瞳で彼女の動揺を見逃すまいと凝視していた。「まさか、お前にもまだ情けが残ってるなんて言わないよな。ほんの少しでも、かわいそうだなんて思ったりして」今日花は唇を引きつらせ、不格好な笑みを無理に浮かべた。「浅川弁護士、この世の中で私ほど冷たい人間なんていないと思うわ。もし情けなんてあったら、あのときお金のためにあなたを捨てたりしなかった」尚年の瞳が、ぐっと縮んだ。彼は、ずっと心の奥に引っ
悟は薬を処方し、点滴を整え、内服薬も分けて渡した。「これは飲み薬だ。一日三回、食後に飲ませてくれ」ふと気づくと、尚年の視線が悟に向けられていた。その表情には、焦りがはっきりと浮かんでいる。惚れた相手となれば、些細な不調でさえ、大事に見えてしまうものだ。「ただの風邪による発熱だ。これで退熱注射は済んだし、点滴もセットした。薬は出しておく。あとは飲む時間を守ること。これは留置針だ、処置の仕方を教えるから、終わったら俺は行……」最後の一言を言い終える前に、尚年が一瞥を送った。悟はたちまち黙り込んだ。仕方なく彼は点滴が終わるまで残ることにした。そうしなければ、尚年の電話攻勢を受ける羽目にな
今日花の体はもう限界に近かった。あの時、尚年の前に身を投げ出して刃を受けた傷がまだ完全に癒えていなかった。そこに雪菜の仕掛けた「薬」――いや、毒――が追い打ちをかけたのだ。高熱はみるみる上がり、体温計の針は三十九度を越え……ついには四十度を指した。食事を運んできた使用人がベッドの上で動かない今日花を見て、血の気が引いた。「浅川さん、大変です……小梁さんが……死んでしまったかもしれません!」「――なんだと?」尚年は椅子を蹴るように立ち上がった。冷ややかな目が一瞬にして焦りに染まる。使用人は怯えて目を伏せた。彼がこれほど狼狽える姿を見たのは初めてだった。顔色は真っ青で、唇が震え
女はわざと意味をぼかした言い方をした。彼女をこの屋敷に送り込んだのは雪菜だった。さらに背後では浅川夫人が手を貸している。二人が手を組めば、別荘にひとりの使用人を潜り込ませることなど造作もない。だが、今日花にとってはその言葉はまったく別の意味に聞こえた。――ここは尚年の領域。なら、この女も彼の指示で動いているのだろう。このスープを飲まなければ、また彼の怒りを買う。そう思うと、胸の奥に苦いものが込み上げた。「……そこに置いておいて。あとで飲むから」「それはできません」女は涼しい顔で言い、声に少し棘を混ぜた。「私は小梁さんが飲むのを見届けないと帰れません。飲まないなら、それまでここ
「私に頼まないで。頼みが通じるなら、私はとっくに尚年に『行かないで』って頼んでいるわよ。姉ちゃん、人に頼めば、本当にどうにかなると思う?」と夕奈は涙をぬぐった。「今日電話したのはこれを伝えるためよ。あなたが私に返すべきもの、私は一つずつ颯樂を通して取り返す。あの子はあなたの子。親の借りは子が返す、当然のことよ」そう言い放すと、夕奈は通話を切った。彼女はスマホを握りしめ、胸がひきつるように痛んだ。マスクの男が近づいてきて、そばに立ち、「正直に言ってみろよ。今さら、こんなことをして何の意味があるんだ?お前が憎んでいるのは今日花だろう。それなのに、あの女を恨みながら、その息子の面倒まできちん
婚約披露の当日だった。あの日、尚年のスマホが今日花の席のすぐそばに置かれていた――それは、彼からの明確な「合図」だった。けれど今日花は、その意味に気づかなかった。それどころか、彼女は心の底から今日花を信じ、笑顔で家に招き入れた。「お姉ちゃんが困ってるなら、助けてあげたい」――そう思っていた。尚年が今日花を嫌がるのでは、と心配までして、二人の関係を取り持とうとすらした。なのに、結果はどうだ。気づけば、彼と彼女は同じベッドにいた。そして今、同じ屋根の下で暮らしている。――その一方で、自分と子どもは何を得た?夕奈の胸の奥に、怒りと憎悪が渦巻いた。とりわけ颯樂の姿を目にしたとき、夕奈の