第3話

美琴は咲が慌てふためいているのを見て、眉をひそめた。「どうしたの？そんなに大騒ぎして」

ナプキンを二枚引き抜き、咲に差し出した。「まずは涙を拭いて」

咲は続けた。「美琴さん、前に言ってたじゃないですか。広報部の女性社員は接待で酒を酌み交わさなくていいって。でも今回、林田社長との食事で、お酒を飲まされただけじゃなくて、あの人が楓に手を出してきて......」

美琴はこのポジションに就いてから、接待での飲酒の強要を廃止していた。

女の子は元々狙われやすい。特に社会に出たばかりの純粋で世間知らずな子たちは、酒席でつけ込まれやすいのだ。

美琴は彼女たちが嫌な思いをするのを恐れ、どんな酒席でも、女性は参加しなくていいと決めていた。

そのルールが、どうして突然破られたのだろう？

美琴は尋ねた。「林田徳雄 （はやしだ とくお）さん？」

咲は頷いた。

美琴は徳雄のことを知っていた。

太鼓腹で、女好き。女遊びが趣味なのは、業界内では公然の秘密だった。

もし山田楓 （やまだ かえで）が彼の手に落ちたら、その結果は想像を絶する。

美琴は深く考える間もなく、サッと立ち上がった。「言ったはずよ。広報部の女性社員は接待で酒を酌み交わさなくていいって！」

「それが斎藤副社長が......」

咲が言い終わらないうちに、美琴はすべてを理解した。

斎藤蘭子 （さいとう らんこ）は美琴が嫌いで、副社長という立場を笠に着て、これまでも散々嫌がらせをしてきた。

本当に何かあったとすれば、それは美琴を狙ったものだろう。

「どこで食事してるの？」

「花鳥風月の、梅の個室です」

美琴はすぐに車を走らせ、梅の個室へと直行した。

ドアを開けると、広報部のメンバーの他に、蘭子が愛想笑いを浮かべていた。

美琴が来たのを見ると、蘭子の顔色が変わった。まるで、これから始まる芝居を傍観するかのように、美琴がどう収拾をつけるか、見物しているようだった。

楓は徳雄にぴったりと寄り添わされ、彼の汚い手が絶えず彼女の腰を撫でていた。

楓は拒んで押し返そうとするが、ほとんど力が入らず、顔は真っ赤。かなりの酒を飲まされたのが一目でわかった。

蘭子は笑いながら尋ねた。「望月部長、どうしてここに？林田社長がいらっしゃるのを知って、わざわざお顔を見にいらしたんですか？」

徳雄は上機嫌で酒を飲んでおり、自分の立場を保たれる状況だと感じて、さらにご満悦だった。彼は言った。「望月部長、ちょうどよかった！さあ、一杯どうだね！」

美琴は返事をせず、蘭子を静かに見つめた。「斎藤副社長、会社のルールはご存知のはず。このようなやり方は、少々不適切ではないでしょうか？」

蘭子は口角を吊り上げ、挑発的に言った。「林田社長はわが社の大口顧客ですから、当然、しっかりおもてなししなければなりません。会社のために働いているのは、あなただけではありませんからね」

美琴は、蘭子が自分に嫌がらせをしようとしていることを知っていた。何しろ、彼女は三年で部長の座まで上り詰めたのだ。

あと一歩で、副社長の座に手が届く。

蘭子は十数年かけて、ようやく今の地位に辿り着いたのだ。

美琴は蘭子の小賢しい企みを詮索する気はなく、常に公私混同しない主義だった。

原則的なことは、決して破らせない。

美琴はまっすぐ徳雄の席へと向かい、楓を彼の腕の中から引き離した。口元をわずかに上げ、言った。「林田社長、遅れて申し訳ありません。お詫びに一杯いただきます。楓はあまりお酒が飲めないので、どうかお許しください」

「美琴さん......」楓は彼女が酒を飲むのを見て、途端に心配そうな顔をした。

美琴は手で制し、言った。「咲、楓は飲みすぎたみたいだから、連れて行ってあげて。林田社長のご機嫌を損ねないようにね」

そう言うと、美琴は一気に飲み干した。

辛辣な酒が喉を通り、胃へと流れ落ちる。喉の奥がヒリヒリと熱くなった。

美琴はグラスを逆さまにし、一滴も残っていないことを示した。

徳雄はニヤニヤと笑っていた。今まで、彼が美琴に酒を酌み交わすよう頼んでも、いつも冷たくあしらわれていた。今回、美琴がこの一杯を飲んでくれたことで、彼は大いに面目を保てたのだ。

それに、美琴は美人だ。容姿もスタイルも、その色気も、楓よりずっと魅力的だ。

ただ、いつも仏頂面なのが玉に瑕だが。

美琴が自ら出てきたことで、徳雄の機嫌は当然上がった。「望月部長は女傑だね、いい飲みっぷりだ。さあ、もう一杯！」

美琴は唇をきゅっと結び、徳雄が酒を注ぐのを見ていた。

この様子だと、下心があるのが見て取れた。

美琴は目を細め、それでもその一杯を飲んだ。

徳雄の顔の笑みはさらに深まり、皺だらけの顔がプルプルと震えている。美琴をどうやって酔い潰そうかと考えているのだろう。

三杯目を注がれた時。

美琴はピタリと止まり、徳雄に笑顔で尋ねた。「林田社長、まだ私に飲ませたいんですか？」

徳雄は彼女の瞳に宿る冷たさに気づかず、むしろ自信満々だった。彼を満足させるには、彼の言いなりになるしかない、と得意げに言った。

「俺はお宅の大口だぞ。今まで、望月部長はいつもつれない態度で、俺に顔を立ててくれなかったが、今日はいらっしゃった。きっと望月部長も考え直して、俺を喜ばせてくれるのだろう。そうすれば、今後の協力もスムーズに進むというものだ！」

そう言いながら、徳雄の手が美琴の方へと伸びてきた。

美琴の顔に浮かんでいた冷たさは、たちまち鋭い棘へと変わった。

「パリン！」と、乾いた音が響いた。

酒瓶は、美琴によって直接叩き割られたのだ。

徳雄は怪我を恐れて手を引っ込め、すぐに顔色を変えた。「どういうつもりだ？いい気になりやがって！」

美琴は冷笑した。「一杯は林田社長への敬意。二杯は礼儀。でも、林田社長は欲張りすぎたわね。それ以上を求めるなら、容赦しないわ！」

「貴様！自分を何様だと思っているんだ？！付き合いたくないなら、いくらでも代わりはいるんだぞ！まったく、お前はただの雑草だ！」

徳雄は怒り心頭に発した。「蘭子、お前の部下を見ろ！いい気になりやがって！我々の提携は、これで終わりだ！」

「林田社長、どうか......」

「望月、本当にどうかしてるわ！よくも林田社長にそんな真似を！」

蘭子は徳雄を引き留めつつ、急いで美琴を叱りつけた。「あんたは本当にトラブルメーカーね！この契約を台無しにして、結城社長がどうやってあんたを始末するの？見てなさい！そのままお払い箱よ！」

「それが、あなたの目的だったんでしょう？」美琴ももう偽る気はなかった。蘭子が自分を会社から追い出したがっていることを知っていたから。

蘭子は激昂した。「あんた......！」

美琴は至って冷静だった。「告げ口したければすればいいわ。私が、こんな酒席の悪習を蔓延させたくないし、会社の女性社員たちがスカートを穿くことさえ怯えなくて済むようにしたいだけだから！」

徳雄と蘭子の怒りなど気にせず、美琴は楓たちを連れてその場を後にした。

「望月！」蘭子は美琴がこれほど傲慢な態度を取るのを見て、歯ぎしりするほど怒り狂った。「今日は大きな過ちを犯したわね。いつまで得意顔でいられるの？見てなさい！」

車の中。

楓は心の中でまだ罪悪感に苛まれていた。もし自分が原因でなければ、こんな騒ぎにはならなかったのに、と。

この契約を失うことで、美琴に大きな影響が出るのではないかと心配し、自責の念に駆られて言った。「ごめんなさい、美琴さん。私、迷惑をかけてしまいました。お酒を何杯か飲むだけのことなのに、我慢すれば済んだのに、私って本当に役立たちません......」

美琴はバックミラー越しに、楓がまた涙をこぼしそうになっているのを見て、フッと軽く笑った。「何を自分を責めてるの？そんなに自分を追い詰めないで。あなたが堂々としていれば、苦しむのは相手の方なんだから。自分を大切に、他人は二の次よ」

楓は美琴が全く心配していないのを見て、鼻をすすった。「斎藤副社長が美琴さんに嫌がらせをして、結城社長に悪口を言うんじゃないかって心配なんです。せっかく今の地位まで上り詰めたのに......」

会社の競争は激しい。少しでも気を抜けば、すぐに足を引っ張られる。

でも、楓は美琴が今まで出会った中で最高の上司だと思っていた。

正直で、部下たちのことをちゃんと考えてくれる。

美琴がいるから、皆も自信を持てるのだ。

「お馬鹿さんね。私がこんなことをしたからには、もう退路は考えてあるわ」美琴は言った。「もう泣かないで。帰ってゆっくり眠りなさい。他のことは考えなくていいわ。私がいるから」

美琴の言葉は、いつも部下たちに安心感を与えた。彼女がいれば、どんな困難も乗り越えられる、と。

美琴は楓を家まで送った。

彼女は真剣に考えていた。彼女の退路とは実はサーベイグループを辞めることだったのだ。

離婚して、自由の身になったら、彼女は自分のために生きるべきだ。

夜は更けていく。

龍旭は退屈そうにソファに座ってゲームをしていた。

何かが足りない気がする。

そうだ、ママに長いこと会ってない気がした。