パーティーまでの日にちが刻一刻と迫る中、私は凛ちゃんと最後の打ち合わせを重ねていた。あれから啓介と佳奈は私に何も話してこない。
二人で準備を進めているらしいが、まさか私に何の相談もなく進めていくとは心外だった。全てが滞りなく進んでいるとは思えない。どこかに必ず綻びがあるはずだ。その綻びを突いて啓介の目を覚ます。その一心で私は凛ちゃんと共に最後の策を練っていた。
「和美さん、周りに分かってもらうには映像が一番だと思うんです」
凛ちゃんは自信満々に言った。
「結婚式も行うような会場ですからDVDを流す機材は一通り揃っているはずです。なので、和美さんは当日スタッフの方にDVDを渡してください。当日の流れの中にDVDを流す時間があるはずですから時間ギリギリに渡して差し替えてもらうんです」
凛ちゃんの提案に私は思わず息をのんだ。
「そんなに上手く行くかしら」
私の不安そうな声に凛ちゃんはニヤリと笑った。
「大丈夫です。和美さんは啓介さんのお母様なんですよ。実の母親が息子から頼まれたと言えば、スタッフもまさか疑いませんし、それに直前に渡せば中身を確認している時間もないはずです」
凛ちゃんの言葉に私の心臓がドキドキと高鳴る。確かに、それならいけるかもしれない。他にこれといった策も思いつかない今、この
佐藤side黙って聞いていた裕子は「ぷっ」と声を出して笑った。俺との会話で面白そうに笑う声を聞いたのは、久々だった。「それを聞いて、裕子が母さんと直接話した方が、お互いの都合も分かって決めやすいし、店を選ぶのも気分転換になるかと思ったけれど、気を重くさせていただけかもしれないって思ったんだ。だから、もし気が変わったら連絡くれ。」俺の言葉に、裕子は静かに頷いた。「……分かったわ。」「それじゃ、おやすみ。」しばらく待っていたが、裕子はリビングでくつろいでいるようで、寝室になかなか来なかった。そのうち、俺も寝入ってしまったようで、気がついたら朝になっていた。朝、起きて挨拶をしても普段と様子は変わりない。(んー。裕子の本心が分からん。昨日は、裕子が本当は行きたいというテイで話をしたが、もし俺に興味がなくて行く気がないとしたら、うぬぼれている感じでかっこ悪いな……。)俺の言葉は、彼女に届かなかったのだろうか。満員電車に揺られながら考え直してみると、我ながら自意識過剰で恥ずかしい。すると胸ポケットでスマホのバイブがブルブルと振動した。
佐藤side「なあ、裕子?もうすぐ結婚記念日だし、やっぱり今度二人で食事に行かないか?」子どもたちが寝て、リビングでテレビを見てくつろいでいる裕子に、俺は意を決して話しかけた。凛に言われた言葉を胸に、今度こそ心から労いたいと思った。「え、もう良いわよ。子どもたちもいるし、家族みんなで過ごしましょう。」裕子は、こちらを見ることなく冷めた声で返してきた。「裕子が本心で言っているならいいけど、もしそうじゃなかったら、俺から母さんに連絡して子どものことを頼むから、都合のいい日を教えてくれないか?」「え……。」俺の真剣な言葉に、裕子はテレビから目を離し、俺の顔をじっと見つめた。その瞳には、驚きと、そして何か企んでいるのではないか、悪い知らせでもあるのではないか、という不信感が混ざり合っていた。「あとさ、同僚にも聞いて、フレンチや懐石とかの美味しい店も教えてもらったから、もし俺と行ってもいいと思うなら、考えてみてくれないか?」「どうしたの、急に?」裕子は、俺の変わりように
確かに二人で食事に行こうと誘った時、裕子は嬉しそうな顔をした。その顔を見れたのが嬉しくて、つい日程調整するよう裕子に指示した。しかし、俺の母親に連絡するように伝えると裕子の顔は一気に曇り、次第には「やっぱり家族で過ごしたいから行かない」と言い始めた。(あの時は、裕子の気まぐれだと思っていたが、そうさせていたのは俺だったのか?)「どうせ、店も好きなところ決めていいから予約しといて、とか調べといて、とでも言うつもりだったんでしょ?」「そ、それは…そうだけどまずいのか?その方が食べたいもの食べられるだろう」「違うわよ!日々育児を頑張っている中で、お店を調べて予約するなんて、疲れ切っている側からしたらタスクが増えるだけなのよ。疲れている奥さんの労いなら、自分で店探して誘いなさいよ!」裕子の気持ちに全く気づいてやれなかったことに、俺は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けていた。俺は、自分だけが被害者だと思っていたが、本当は、俺が一番、裕子を傷つけていたのかもしれない。その後も、どう誘われたら嬉しいかのレクチャーと説教が続いた。俺の隣で、相変わらず勝ち気な顔で説教を続ける凛の姿が、なぜか少しだけ眩しく見えた。「そうか、ありがとうな。誘ってみるよ。なんだか次は上手くいきそうだ。」「当
佐藤side「……ねえ。あなた、さっきから静かに聞いてるだけだけど、場慣れしているわよね?本当に独身?」凛の言葉に、俺は飲んでいたコーヒーを吹き出した。「ブッ……ゴホゴホッ、場慣れってなんだよ。でも、正解。俺は結婚している。ついでに子どもも二人いる。」「やっぱり。既婚者があんな合コンの場に来て何してるのよ。」呆れた顔をする凛に、俺は正直に答えた。「俺はな、家族も妻も大事にしている。だけど、孤独な愛妻家で相手にされないんだよ。この前だって……。」俺は、凛に慰めてほしいわけではなかったが、裕子との冷え切った関係や、それでも改善しようと食事に誘ったが断られたことを話した。すると、凛の顔が次第に曇っていく。苛立ちを隠そうともせずに、俺の話が終わるとすぐさま口を開いた。「はあ?バカじゃないの?何が愛妻家よ?相手にされない、孤独?それはあなたの配慮が足りないせいでしょ!」さっきまでの強がって涙を堪えた凛の姿はもうどこにもなく、代わりに勝ち気な女が現れ、呆れた声で俺に説教をしはじめた。「何が『母さ
佐藤side「慰めて欲しかったら、今だけ相手してやるよ。」カツカツとヒールの音を立てて歩く凛に追いつき、隣に並んでから話しかけた。だが、凛は、路上にいるキャッチや勧誘を断るかのごとく、冷たくあしらった。「結構よ。仕事を偽るような人に興味はないの。」「そうか、俺も婚約者でもないのに偽る人には、本来は興味がないんだがね。」その言葉が聞き捨てならなかったのか、凛はピタリと足を止め、物凄い剣幕で睨みつけてきた。「あなたって性格悪いのね?」「そりゃ、どうも。でも、残念ながらこっちが本性なんだよな。」俺たちは近くの公園のベンチに座った。二人で買ったコーヒーを手にしていたが、お互い口を開かず、重い沈黙が続いた。静かな公園の空気の中、凛の怒りや苛立ちが、まるで形を持つかのように俺の隣に座っているのが分かった。「あんた、美人なのに不器用なんだな。」俺の言葉に凛は顔を上げた。「それ、褒めてるの?けなしてるの?」
「でも、啓介は私が初めて自分から惚れた相手なんだから大切にしなさいよ!!!そうじゃなかったら、あなたのこと呪ってやるんだから。」ぷいっと顔を背けてから、凛はカツカツとヒールの音を立ててその場を去っていった。その足音は、どこか寂しげで怒りよりも諦めがにじんでいるように聞こえた。「何あれ……。」「あの子、素直じゃないから、今のはあの子なりの祝福の言葉じゃないか?」「え、分かりにくすぎるんだけど……。」困惑する私に、佐藤は苦笑しながら凛の気持ちを代弁しようとしている。そして、頭をポリポリと掻いた後、小さくため息をついてから意を決したように呟いた。「はあー面倒くさい。しょうがない、俺は姫のフォローでもしてくるか。坂本、悪い。今日はここで。」佐藤はそう言って凛が歩いていった方向へ向かって踵を返した。「それはいいけど、大丈夫?もう、関わらないんじゃなかったの?」凜の今までの行動を知っている私は、佐藤の行動に戸惑いを隠せない。(止めた方がいいし、本人も関わらないと言っていたのに……)「ああ、面倒だ