私は、当初から平穏にこのパーティーが終わる気がしなかった。
特に凛が大人しくこのまま引き下がるとは思えない。啓介に未練があって、啓介の母親にまで近付き、私の前でわざとキスをしてくるような女だ。啓介の母・和美と親しい仲なら、このパーティーのこともきっと知っているはずだ。そう思い細心の注意を払っていた。
当日、スタッフとして動くというのも、啓介が社員との時間を取るためでもあったが、スタッフの方が全体を見渡すのにちょうどいい。その方が早く問題が対処できると思ったし、啓介や社員の方々に気づかれる前に対応したいと思っての事だった。
もしもの事態に備えてDVDをコピーして2つの機材から流せるように準備を済ませていた。
「まさか、本当に使うことになるとはね…」
私は、会場の隅にいる佐藤の姿を確認し安堵の息をついた。不穏な映像を察知した佐藤が機転を利かせ、用意しておいた別の映像に切り替えたのだ。急にお願いすることになったが、映像担当が佐藤で本当に良かったと感謝した。
啓介の母・和美がDVDを差し替えて欲しいと持ってきたことは聞いたが、私は中身まで確認できなかった。しかし、あの不気味な音楽と映像の始まり方でどのような意図で作られたものか察した。
自分たちが用意していたものと違う映像が流れ、動揺した様子の凛と啓介の母を見る限りこれ以上ほかの手は打っていないように見受けられる。映像は社員の方々も満足したようで歓声と拍手が湧き上がっている。和美と凛の企みを防げたことに静かな満
佐藤は、当日の写真を撮るためにカメラ片手に撮影しつつ、お酒と食事も楽しんでいた。会場を歩き回るうちに、パステルブルーのドレスを着た凛を見つけた。「あの、すごく綺麗な方だなと思って。パーティーの様子を記録するために写真を撮りたいのですが、いいですか。」佐藤はいつものように女性に声をかけた。凛は驚きつつもにこやかに快諾した。佐藤はこの手の誘いで嫌な顔をされたことがない。「どなたかのご家族ですか?」「高柳の……でも、まだ家族ではないんです」そう言って、いかにも意味ありげな表情で返してきた。「へー、高柳の、ねえ?」佐藤は、凛の言葉に違和感を覚えた。そして「まだ家族ではない」という言葉の裏にある、歪んだ承認欲求と、啓介への執着を瞬時に感じ取った。「おい坂本、この会場にもぐりがいるぞ?」佐藤は佳奈に近付き、小さな声で忠告した。「え?」佐藤の言葉に驚き眉をひそめた。
私は、当初から平穏にこのパーティーが終わる気がしなかった。特に凛が大人しくこのまま引き下がるとは思えない。啓介に未練があって、啓介の母親にまで近付き、私の前でわざとキスをしてくるような女だ。啓介の母・和美と親しい仲なら、このパーティーのこともきっと知っているはずだ。そう思い細心の注意を払っていた。当日、スタッフとして動くというのも、啓介が社員との時間を取るためでもあったが、スタッフの方が全体を見渡すのにちょうどいい。その方が早く問題が対処できると思ったし、啓介や社員の方々に気づかれる前に対応したいと思っての事だった。もしもの事態に備えてDVDをコピーして2つの機材から流せるように準備を済ませていた。「まさか、本当に使うことになるとはね…」私は、会場の隅にいる佐藤の姿を確認し安堵の息をついた。不穏な映像を察知した佐藤が機転を利かせ、用意しておいた別の映像に切り替えたのだ。急にお願いすることになったが、映像担当が佐藤で本当に良かったと感謝した。啓介の母・和美がDVDを差し替えて欲しいと持ってきたことは聞いたが、私は中身まで確認できなかった。しかし、あの不気味な音楽と映像の始まり方でどのような意図で作られたものか察した。自分たちが用意していたものと違う映像が流れ、動揺した様子の凛と啓介の母を見る限りこれ以上ほかの手は打っていないように見受けられる。映像は社員の方々も満足したようで歓声と拍手が湧き上がっている。和美と凛の企みを防げたことに静かな満
不気味な映像と音楽に、会場の雰囲気は騒然としていた。凛と私は、次のテロップが映し出されるのを心待ちにした。コンマ数秒後に、凛が必死で作ったあの文字がスクリーンに映し出されるはずだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー高 柳 啓 介 は 坂 本 佳 奈 に 騙 さ れ て い る偽 装 結 婚 を 持 ち 掛 け ら れ 世 間 を 欺 く つ も り だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーしかし、私たちが想像した恐怖の映像は文字を映し出す前に突然、途切れた。スッ…映像は急に、鮮やかな美しい風景と軽快なジャズの音楽に変わった。「なに?なんで?何事?」凛は訳が分からず、動揺して声を上げた。スクリーンには、啓介の会社のロゴがスタイリッシュにアニメーションで動き、社員たちが働く様子、楽しそうに笑う家族たちの写真が次々と出されていく。そして今日この会場で撮ったと思われるものも出てきて、自分や家族が映し出されるたびに皆、歓声をあげていた。プロが作ったものと思われる洗練された映像が流されている。それは、私たちが準備したものではなかった。
パーティーのエンディングが近づき、司会者が映像上映のアナウンスをした。凛の計画通り、DVDを差し替えるタイミングだ。夫には「お手洗いに行ってくる」と告げ、私は密かに会場のAVブースへと向かった。「あの、高柳啓介の母ですけど……」私は緊張でバクバクする胸を落ち着かせながら、一人でパソコンを操作している若い男性に声を掛けた。「息子にこれを渡すように託されまして。事前に渡していたものと差し替えをしてほしいとのことです。どうしてもサプライズで流したい映像があるそうで……」私の言葉に、男性スタッフは戸惑った様子を見せたが、「高柳啓介の母」という言葉に疑う素振りは見せなかった。「あ、かしこまりました。社長のご指示ですね。承知いたしました。ありがとうございます。」男性はそう言って和美からDVDを受け取った。和美は内心でガッツポーズをした。これで、全ては計画通りに進む。「中身の確認、間に合うかな…」男性は、上映直前の差し替えに困った様子でそう漏らした。「事前にチェックしてあるから、そのまま流して大丈夫だと啓介から言われまし
煌びやかな創立パーティーの会場で、俺はホストとして社員たちと談笑していた。和やかな雰囲気に安堵していたが、不意に、新橋という社員に声をかけられた。「独身主義だった社長も、ついに結婚ですか。奥様、おきれいですね。」俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。今日は「創立パーティー」であり、結婚について話すつもりはなかった。(新橋がどうして佳奈のことを知っているんだ? 佳奈は裏方としてスタッフのように動いているはずだ。)困惑している俺に、別の社員が不思議そうなことを言ってきた。「まだ家族じゃない人を呼ぶって、社長ー、あの可愛い方は誰ですかー?」「お前アホやなー、まだ家族じゃないってことは『これから家族になる』ってことだろ。婚約者を呼ぶなんて、さすが社長。」「え、おい、なんのことだ?」確かに佳奈は会場にいるが社員たちが言う女性と佳奈が結びつかない。佳奈はスタッフとして慌ただしく動き回っている。もし仮に誰かに声を掛けられても、「まだ家族じゃない」なんて匂わせるような発言をするように思えなかった。社員たちの会話から、どうやら佳奈とは別の女性について勘違いされているらしい。その女性の特徴を
煌びやかなシャンデリアが光を放つホテルの宴会場は、華やかな熱気に包まれていた。社員とその家族がリラックスして楽しめる、自由な雰囲気の創立パーティー。啓介はホストとして、佳奈はスタッフとして、それぞれ忙しく動き回っている。私は会場の隅で凛の姿を確認すると安堵と期待で胸が高鳴った。「凜ちゃん!」和美は思わず凛の名を叫んだ。凛は、会場の端で和美の様子を伺っていたのだ。「和美さん!」凛は、和美に気づかれないように駆け寄ってきた。「凜ちゃんに会えてよかったわ、もう不安で不安で。」「私も和美さんに会えてよかったです。でも周囲に気づかれないように、エンディングでDVDが流れるまでは離れて別行動にしましょう。」私は、喜びを伝えた後で冷静に和美さんに忠告した。ここで私たちが親密に話しているところを目撃されては、和美さんが不審に思われるかもしれない。「そ、そうね。凜ちゃんの言う通りだわ。」和美さんは頷くと、再び親族のテーブルへと戻っていった。私は一人、ドリン