Masuk別の方向から飛んできた弾丸が、スナイパーの放った弾を撃ち落とした。二つの弾丸は、空中で弾け飛んだ。要は天音に覆いかぶさって倒れ込んだ。二人の体は土埃をあげながら、地面を数メートル滑った。要はスナイパーのいる方向に背を向け、天音を腕の中にしっかりと抱きしめた。隠しイヤホンから、大地の声が聞こえた。「要……大丈夫か?向こうは一人だけだ。俺が追う」屋上では、追いつ追われつの攻防が繰り広げられた。要は大地に返事をする間もなかった。立て続けに数発の弾丸が、要を追ってきたからだ。要は天音を抱きかかえて地面から転がるように立ち上がると、長い足で弾丸を避け続けた。特殊部隊の隊員たちも反応し、身をかわしながら応戦した。屋上だけじゃなく、その周辺にも敵が潜んでいたのだ。銃声に天音は跳び起きた。眠気はすっかり吹き飛んで、ただ驚きと恐怖に顔がこわばる。要の怪我を確かめようと、焦って体に触れた。「あなた……」「大丈夫だ」要は天音の両足を自分の腰に回させると、「しっかり捕まってろ」と言った。天音は、細くしなやかな両腕を要の首にしっかりと回した。まるでカンガルーの赤ちゃんのように、要に抱きかかえられていた。実験室の中にいた人たちは物音に気づき、すぐに警報を鳴らした。警備員たちが装備を手に外へ出たが、武装した覆面の黒服の男たちが銃を乱射したため、驚いて中に引き返した。「隊長!」特殊部隊の隊員たちは黒服の男たちと交戦した。しかし、相手は明らかに周到に準備しており、強力な火力で制圧され、隊員たちは手一杯だった。殺し屋たちは、明らかに要を狙っていた。要は天音を抱いたまま3D心臓実験室の裏口へ向かい、ドアを開けて彼女を中に押し込んだ。天音は要の手を掴んだ。「行かないで!」要は息を落ち着かせると、その大きな手を天音の白い頬に添えた。そして親指で柔らかな肌をそっと二度撫で、「すぐ戻るから」と言った。それでも天音は手を離そうとしない。その大きな瞳は、恐怖でおびえていた。「うわあっ!」突然、特殊部隊の隊員の悲鳴が聞こえた。要は身を屈め、天音の小さな顔をそっと持ち上げた。そして安心させるように、そのピンク色の唇に軽くキスをした。「いい子だ、俺は大丈夫だから」要は天音の手を振りほどくと、銃撃戦が繰り広げられる入口に
要の瞳がわずかに揺れ、天音の言葉の続きを待った。「でも、今夜は……だめ……ちょっと、具合が悪いの」天音は要の首筋に顔をうずめた。要の瞳が暗く光る。電気を消すと、天音を抱きしめた。そしてドレスの裾をめくり、ひんやりと柔らかい肌に手を置くと、下腹部を少しずつ温めながら囁いた。「さすってあげようか?」「うん」天音は甘えるように答えた。「明日には、もうおうちに帰りたいな」帰れば要は仕事に追われて、一日中べったりとはいられなくなる。今回の出張に、要は美優と数人の特殊部隊の隊員しか連れてきていない。ハネムーンを兼ねていたからだ。でも、こうして二人きりで甘い時間を過ごしてばかりはいられない。要はうつむいて、天音の髪にキスを落とした。「うん」天音の体に何か異変が起きているのではないかと、心配だった。今回は周期がずれているだけでなく、様子もいつもと違う。それに、ひどく体もだるそうだ。自分が天音を求めすぎたせいだろうか?要は眉をひそめ、天音を腕に抱き寄せた。そして、彼女が深い眠りに落ちるのを待った。天音を抱きかかえて車に乗せると、B国にある3D心臓実験室へと向かった。天音は明日帰りたがっている。だから、今夜のうちに検査を受けさせなければならない。……ある別荘。机の前に座ったアレックスは、興奮を隠しきれない様子で、返信のないチャット画面を睨みつけていた。「叢雲が、まさかこんなに美しい女だったとは。父さん、彼女が欲しい!」ルークは一瞬言葉を詰まらせた。「だが叢雲は、遠藤隊長の妻だぞ」「遠藤を殺せばいい!未亡人にしてしまえばいいのさ」ルークは慌てた。「アレックス、それは危険すぎる」その時、ウォトソンが外から入ってきた。「大使、アレックス様、遠藤隊長が突然古城を発ちました」「好都合じゃないか。今夜は絶好の機会だ」アレックスの目には、残酷な光が宿っていた。「プライベートな移動だから、護衛の数は10人にも満たない。最高のタイミングだ。プーセンの縄張りで事が起きれば、一番の容疑者はプーセンだ。俺たちに疑いの目が向くことはない」「アレックス、もし我々が遠藤隊長を暗殺したと露見したら、どうなるか……」「叢雲には、それだけの価値がある!」アレックスは、解析されたコードを見つめながら、こう言った。
天音は軽く笑って、「さっき言った人のことを言ってます」と答えた。「才能はないみたいだけど、すごく努力家なんですよ」夏美が尋ねる。「もし解読されたら、どうなるんですか?」「いつか、私のシステムを破るかもしれませんね」天音は笑った。「それって、あなたが危ないってことじゃ……」「そうですね!早く国内に帰って、自分のコードを逆行させて、『マインスイーパ』をアップグレードしたいんです。誰も寄せ付けないように」天音はコンピューターの話になると夢中になる。「もしその男が本気で私の『マインスイーパ』を狙ってきたら、うちの夫に頼んで、追い出してもらいます」「そんなことできるんですか?」天音は恥ずかしそうに笑って、「冗談です」と言った。ちょっとだけ、要に会いたくなった。「でも、前に吸収したゼロのカウンターシステムで対処できるはずです」夏美は目を輝かせて、「師匠……」と呟いた。寝室にいた要は、アレックスをどう始末するか、何百通りも考えていた。もともとブラックリストに入っているような、どっちつかずのピエロみたいなやつだ。天音がパソコンを閉じたのは、二時間後のことだった。寝室に戻ると、要を起こさないように電気はつけなかった。よろよろとベッドに向かう途中、ベッドの角に体をぶつけてしまった。思わず口を手で覆ったが、ベッドの要に変わった様子はなかった。ほっとして、そっとベッドに這い上がった。布団をめくった瞬間、大きな手に腰を掴まれ、温かい腕の中に引き寄せられた。一瞬驚いて声を上げそうになったが、その唇は要の唇で塞がれた。要はまるで天音を組み伏せるかのようだった。天音はドキッとしながらも、両手で要の胸を押し返した。でも、何かを察されるのが怖くて、どうすればいいのか分からなかった。要は突然動きを止め、顔を上げて天音を見た。天音が軽く息を切らしていると、張り詰めていた緊張が少し緩んだ。その時、要が口を開いた。「ハーフが好きなのか?」「え?」要は黙ったまま、天音のネグリジェの肩ひもに手をかけた。要がやきもちを焼いていることに気づき、天音は思わず笑みがこぼれた。「好きじゃないわ。アレックスさん、香水の匂いが強すぎて、頭がクラクラしちゃった」要の視線は熱を帯びていた。少し硬くなった要の手が、自分のなめらかな腕を
周りが暗すぎて、よく見えなかった。天音とアレックスはパーティー会場を出て、すぐ外に建てられたテント式のあずまやへ向かった。アレックスについて行く人も少なくなかった。プーセンの妹のアンナに独占されている要より、アレックスの方が明らかにチャンスがあった。「加藤さんもコンピューターにご興味が?」「アンチウイルスソフトの会社を経営しています。あなたのコードはとても面白いですね……」二人がどんどん遠くへ行ってしまうのを見て、美優は焦って目を丸くし、急いで後を追いかけた。こちらでは話が弾んでいるのに、あちらでは……ダンスフロアに突然ちびっこが現れて、要の足にしがみついた。「パパ……」要はアンナの手を放すと、かがんで想花を抱き上げ、視線をパーティー会場の外に向けた。天音は、自分のために美人でスタイルの良い広報担当者を選ぶくせに。他の美人と踊っている自分を見ても、平然としている。自分の心を手に入れたら、もうどうでもよくなったとでも言うのか?薄情で、冷たい女だ……次の瞬間、サッカーボールがアレックスのノートパソコンに直撃した。画面は一瞬でひび割れ、真っ暗になった。アレックスが流暢な英語で悪態をつくと、天音は思わず眉間にしわを寄せた。「すみません」天音は奥歯をぐっと噛みしめて言った。「弁償します。でも、息子はわざとやったんじゃありません」天音の表情は冷たくなり、アレックスへの親しげな態度は一瞬で消え去った。ノートパソコンに当たって跳ね返ったサッカーボールは、大智の足元に戻ってきた。大智は小さな眉をひそめ、不機嫌そうな目をしていた。どう見ても、天音が言う「わざとじゃない」という感じではなかった。大智は間違いなく、わざとやったのだ。要は思わず笑ってしまった。やれやれ、天音よりも、天音の息子や娘の方がよっぽど分かっているじゃないか。要は想花を抱いて天音たちの方へ歩きかけた。でも、アレックスが携帯を取り出して天音と連絡先を交換しているのを見て、思わず足を止めた。……古城の敷地内には、いくつかの別荘が建っていた。その中で一番大きな一軒が、要のために特別に用意されたものだった。夜になり、天音はソファの上であぐらをかいてノートパソコンをいじっていた。つけっぱなしにしていたラインが、
しかし、そうはできなかった。天音は心の中でこっそり、要と喜びを分かち合っているつもりになった。要……ついにできたのだ。誰も要にあげられない、二人の血を受け継いだ子供が。突然、目の前に人が現れた。天音は思わず立ち止まる。少し驚きながら、見覚えのあるその顔を必死に思い出そうとした。「ルークです。加藤さんと遠藤隊長の結婚式でお目にかかりました」銀髪で杖をついた外国の大使、ルークの傍には金髪の男性が付き添っていた。ルークの秘書のウォトソンではなく、もっと若い男だ。「こちらは息子の、アレックスです」とルークは紹介した。アレックスは淡いブルーの澄んだ瞳が印象的だった。少し垂れ下がった目元は物憂げな雰囲気を、わずかに乱れた眉はどこか奔放な魅力を感じさせる。シャープな顎のラインに、顔には少しだけあどけなさが残っている。完璧な輪郭に、亜麻色がかった豊かな金髪。少年のような可愛らしさと、男性的なたくましさを併せ持った、とてもハンサムな青年だった。息をのむほど、魅力的だった。「すっごいイケメンですね」美優が天音の耳元でささやいた。確かに、なかなかのイケメンだ。天音はにこりと愛想笑いを浮かべ、その場を立ち去ろうとした。だが、天音が一歩踏み出す前に、アレックスの方が丁寧に会釈をして、先にその場を離れた。アレックスの手にはノートパソコンがあった。画面は天音を向いていて、そこには驚くべきことに、天音の書いたコードが様々な構造に解析されて映っていた。「遠藤隊長は、次どちらへ向かわれるのですか?」ルークは、妻である天音から夫の要のスケジュールや好みを聞き出そうとしているようだった。「我々の国は、遠藤隊長の訪問先に含まれているのでしょうか?」天音は静かに、「今回はプライベートで来ておりますので」と答えた。天音は足を止め、無意識のうちにアレックスのノートパソコンの画面を目で追っていた。しかし、周りの人々には、天音がアレックス自身を見つめているように見えた。周りの人間もまた、アレックスの姿から目が離せなかったからだ。アレックスは、あまりにも魅力的だった。要は、自分の方に向かってくるはずの妻が、くるりと向きを変え、別の男の方へ近づいていくのを黙って見ていた。アレックスは既に、大勢の人に囲まれていた。天音は人だ
その瞬間、天音は呆然と立ち尽くし、携帯を握った手は力なく垂れ下がっていた。なるほど、初日こそ鮮血だったのに、その後数日間は薄い黄色の出血が続いていたわけだ。これは生理じゃなくて、着床のしるしだったんだ。「加藤さん?」医師の声で、天音ははっと我に返った。「この子は、諦めた方がいいと思います。子宮が大きくなるにつれて心臓が圧迫されて、止まってしまいます。出産まで体はもちませんよ」天音は目を伏せた。手の中の携帯からはまだ声が聞こえている。複雑な気持ちで自分のお腹を撫でながら、呟いた。「そんなことありません。自分の体のことは、一番よくわかってます。先生、ありがとうございます」そう言って、天音は美優を連れてその場を後にした。天音は再び携帯を耳に当てた。中からは玲奈の声が聞こえてくる。「お母さん、B国の言葉がわかるのですか?」天音は、玲奈がまぐれで言ったわけではないことを確かめたかった。「当たり前じゃない」玲奈は携帯の向こうで得意げに言った。「私も昔は留学してたのよ……って、待って。天音、本当に妊娠してるの?その子、産んじゃだめよ」天音は黙り込み、そばにいる美優に目をやった。「要は知ってるの?」と玲奈が尋ねる。「知りません」天音の声はか細かった。「お母さん、私、この子を産みたいです」「天音……でも、あなたの体じゃ無理よ……」「お母さん、この子は、要にとってたった一人の子供になるかもしれません」携帯の向こうで、玲奈は黙り込んでしまった。「お母さん、国内に帰ったらまた話しましょう」玲奈からの力ない「うん」という返事を聞いて、天音は電話を切った。「美優さん、要には言わないでください」天音は美優をじっと見つめた。美優は心の中で深いため息をつき、頷くしかなかった。なんで自分は、こんなに大事なことを知ってしまったんだろう。隊長に報告しなかったら、お腹が大きくなればどうせバレてしまう。その時はきっと自分の責任を問われるだろう。でも隊長に言ったら、天音はどこかへ行ってしまうに違いない。どうすればいいのか分からなかった。天音は美優をエレベーターに引き入れた。三ヶ月隠し通せば、赤ちゃんも形になる。そうなれば、要も諦めさせるなんて酷なことはできないはず。できれば四、五ヶ月まで隠した