LOGIN天音は驚いて振り返ると、要の暗い目と視線が合った。「天音、会いたかった」要は、天音に口を開く隙も与えず、その唇を塞いだ。優しいキスから、だんだん深く舌を絡め、そして名残惜しそうに唇を離した。二人の息は、どちらも弾んでいた。天音が拒絶しないのを見て、要の体は一気に熱くなった。でも、この場所ではこれ以上先に進むことはできなかった。結局、要は高ぶる感情をすべて抑え込んだ。「君に隠れて離婚して、菖蒲と結婚するなんて、俺が間違っていた。もう二度と、君に隠し事はしない。3D心臓の臨床試験で新しい進展があったんだ。菖蒲の心臓がなくても助かるかもしれない。少しは嬉しいか?」要は顔を近づけ、唇が触れそうな距離で囁いた。天音の落ち着き払った顔に、ようやく驚きの色が浮かんだ。赤い唇をわずかに開いて、何度か息をついた。やっと呼吸が落ち着いたかと思うと、要はまたキスをした。「どこなら、いいんだ?君が欲しい」要のキスは、天音の唇から耳元へと移っていった。その声は低くセクシーで、抗いがたい魅力に満ちていた。耳たぶから痺れるような感覚が全身に広がり、天音は思わず小さく身を震わせた。「どこもダメよ」天音が要の口を手で塞ぐと、要はその手のひらにキスをした。天音は顔を赤らめ、か細い声で言った。「ここは、隅々まで……見たくもない痕跡でいっぱいなの……」リフォームしたとはいえ、天音は蓮司と恵里がこの部屋のあちこちで睦み合っていた光景を、どうしても忘れられなかった。要は天音を抱きかかえてソファに座ると、優しく腕の中に引き寄せた。そして天音の胸に顔をうずめて、荒い息をつきながら言った。「うん。少しこうさせてくれれば……それでいいから」でも、しばらく抱きしめていても……天音には、要の興奮がまったく収まっていないのが分かった。要の両手は天音の服の裾から忍び込み、歯でボタンをこじ開けた。そして心臓の真上にキスを落とすと、その額には汗がびっしりと浮かんでいた。「天音、このパジャマ……新しいのか?」要はくぐもった声で尋ねた。とても気にしているようだ。天音は要を突き放そうとしたが、びくともしない。「ええ、お腹が少し大きくなって、持ってきた服が着られなくなっちゃって」天音は甘えるような声で言った。「やめて……ドア、開いてるわ…
「ええ、またね」天音は、いつもと変わらない日差しの中で、二人がじゃれあいながら遠ざかっていくのを見ていた。杏奈の指にはめられた婚約指輪は、昔、蓮司が自分にプロポーズしたときのものと、まったく同じだった。天音は、心の中で苦笑いした。勳に近づいて、その顔をまじまじと見る勇気はなかったからだ。見れば見るほど、蓮司にそっくりで怖かった。勳と杏奈は、通りを歩いていると、突然振り返ってさっきの店の方を見た。店の前では、さっきのか弱い女性が、息を切らした大柄な男と数人のボディーガード一に囲まれていた。女性は優しく微笑んで、その男の緊張をほぐすように、その腕を組んで去っていった。「杏奈、なんだかさっきの女性に会ったことがある気がするんだ」「夢の中だったんじゃない?」……「ひとりで出歩くなよ。今は妊娠しているんだから。もし何かあったら、要に俺が何をされるか分かったもんじゃない」英樹は言った。要の名前が出ると、天音の表情が少し曇った。「お兄さん、もう少し白樫市にいたいです」英樹に異論はなかった。天音が滞在して2週間後、要はもう我慢できなくなった。別荘の門をくぐると、いきなりサッカーボールが要の顔に飛んできた。幸い、とっさに手で受け止めたので、顔に当たることはなかった。大智は要を見て、嬉しそうに叫んだ。「遠藤おじさん!ママ、遠藤おじさんが来たよ」想花が二階から駆け下りてきて、要の足にしがみついた。「パパ」要は大智にボールを返すと、かがんで想花を抱き上げた。そして、リビングの壁に飾られたウェディングフォトに目をやった。テーブルには写真立て、裏庭の花壇はチューリップで埋め尽くされていた。この別荘は香公館の倍以上も広く、とても居心地よく整えられていた。英樹が言うには、かつて天音が住んでいた頃と何一つ変わっていないそうだ。要が視線を上げると、三階の廊下に立つ天音の姿が見えた。天音は、淡いピンクのゆったりとしたルームウェアを着ていた。それは要が見たことのない服だった。要の心は、ざわついていた。「若様、ちょうどよかったです。ご飯の用意ができましたよ」彩子がキッチンから出てきた。要は小さく「ああ」とだけ返した。妻も子も、紛れもなく自分の家族なのに、まるで他人のものを奪い取ったかのような、居心地の悪い
蓮司は、手術の甲斐なく、出血多量で亡くなった。死ぬ前、約束通り、雲航テクノロジーを恵里に贈っていた。恵里が蓮司の全財産を相続することになったんだ。でも、恵里も蓮司が亡くなった三日後に、血液の病気で後を追うように亡くなってしまった。あの検査結果は、やっぱり本当だったんだ。精神病院での三年にもわたる過酷な生活で、恵里の体はボロボロだったのだ。結局、雲航テクノロジーは愛莉の保護者である千鶴が引き継ぐことになった。まさか、蓮司の遺骨を届けるために、再び白樫市に足を踏み入れることになるなんて。天音は思ってもみなかった。「ここの景色は、何も変わっていない」天音は、蓮司と暮らした家に戻っていた。別荘の中は、天音が出ていった時のままだ。ベッドの上には、恵里と健太の結婚式に着ていくはずだったドレスまで、そのまま置かれていた。天音はベッドのそばに座り、ドレスにそっと手を伸ばした。涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。英樹はその様子を見ながら、電話口でため息をついた。「いつこっちに戻るつもりなのか、何度か声をかけたんだけど、返事がなくて……思い出の品々に囲まれて、風間のことを思い出しているんだろう。要、生きている人間は、死んだ人間には敵わない。お前も覚悟しておいた方がいい。風間のやつも、天音をずいぶん愛してくれていたみたいだ。白樫市にも、天音のためにたくさんの財産を残しているしな。わざと身を挺してかばったんじゃないかって思うほどだよ。遺言を預かっている弁護士も、とっくに準備されていたみたいだし」その頃、庁舎で携帯を手にしていた要は、ふと目を細めた。「風間は、わざとやったんだ。アレックスの腕を掴むことも、天音を引き離すこともできたはずだ」英樹は驚いて声を潜めた。「まさか?命がけでお前から奪い返そうとしたってことか?」「天音がもう自分のもとへは戻らないと悟ったんだろう。それに、天音の命が尽きかけていることも知っていた。それを変えられないことが、たまらなく辛かったんだ……」要はため息をついた。「まあ、全部憶測だけどな。兄さん、天音のこと、頼むよ」「任せとけ、要」英樹が携帯を置いて振り返ると、天音の姿がなかった。……天音はあてもなく白樫市の街をさまよい、一軒のアクセサリーショップに入った。ピンク色の水晶を見つ
「俺と、昔に戻ってくれないか?」天音は、血の気を失った蓮司の顔を見た。楽しかった日々と、バラバラになった過去が心に浮かぶ。要の心配そうな目と合うと、天音は静かに首を横に振った。蓮司は苦しそうに天音の腕の中に崩れ落ち、弱々しい声で言った。「いいんだ。昔みたいに戻れなくても、それでも、いい。でも、あの頃お前が俺を愛してくれていたのは、本当だったんだよな?」天音は、声を詰まらせながら頷いた。「愛してるよ、天音」蓮司は血に染まった手で、天音の顔に触れた。その手は力なく彼女の頬を滑り落ちる。「永遠に、愛してる」蓮司がそっと目を閉じるのを見て、天音の心の固く凍てついていた部分が、一瞬で崩れ落ちた。「救急車はまだなの?」……病院に着くと、蓮司はすぐに救急処置室に運ばれた。紗也香と大智は泣きじゃくり、千鶴は一瞬にして十年も老け込んだようだ。千鶴は涙を見せず、ただ天音に囁いた。「天音、たとえどんな結果になっても、あなたのせいにしたりしないから。蓮司は、本当にあなたのことを愛している。あなたが白樫市を去ってから、蓮司は毎日あなたを探し回るか、あなたへの手紙を書くか、そればかりだったわ」ボディーガードの一人が入り口から入ってきて、大きな紙袋を差し出した。「これは全部、蓮司があなたに宛てて書いた手紙よ」千鶴は声を詰まらせ、とうとう涙をこぼした。「天音、読んであげてくれない?お願い、約束して。一通残らず、全部読んであげてちょうだい」天音が頷くと、千鶴はついに心の動揺を抑えきれず、顔を覆って泣き崩れた。天音は救急処置室の前で、手紙の封を次々と切っていった。救急処置室のランプは、ずっと赤い光を放ち続けていた……【天音へ。母さんに薬を盛られたあの夜、俺は恵里をお前だと思い込もうとした。でも、恵里がお前じゃないことなんて、分かっていたんだ。それでも俺は薬の力と、男としての欲望に抗えずに、お前を裏切ってしまった。翌朝、目が覚めても、どんな顔でお前に会えばいいか分からなかった。そんな時、偶然にも恵里がお前にそっくりなことに気づいたんだ。彼女を調べたら、お前の異母姉妹だと分かった。その瞬間、俺の頭には一つの考えしかなかった。恵里なら、お前に合う心臓のドナーになれるかもしれない、って。俺は健康診断と偽って、恵里と
要は険しい顔で、天音の腕を掴んだ。天音はほとんど反射的にその手を振り払った。「先生、天音の体は持ちますか?」と英樹が心配そうに尋ねた。「臨月までは持たないでしょう。でも、七ヶ月なら大丈夫かと」と医師は答えた。「なら、七ヶ月まで待ちます」そう言うと天音は椅子から立ち上がり、診察室を出て行った。要が大股で天音の前に回り込み、行く手を阻んだ。「俺に相談もなしか?」天音はお腹をかばうように一歩下がり、冷たい目線で要を見据えた。「天音……」要が言い終わる前に、天音はそれを遮った。「私はあなたの妻じゃない。もう離婚したの!子供は私が引き取る。あなたの意見なんてどうでもいい!」要は呆然としていた。こんなにうろたえるのは初めてだ。彼は天音の青ざめた顔を見つめ、思わず抱きしめようと手を伸ばしたが、その手は天音に強く払いのけられた。パシン、という乾いた音は、まるで平手打ちのように要のプライドに響いた。天音はくるりと背を向けて歩き去った。要は、天音のか細い後ろ姿を見つめながら、目に暗い影を落とした。もう二十三日間、天音は自分を家に帰らせていない。英樹はすぐに天音を追いかけた。「天音、明日の佐伯教授と青木さんの結婚式、行く?」「式に出るのはちょっと遠慮しておきますが、お昼の披露宴には行くつもりですよ」龍一と夏美、あの二人のことを思うと、天音の口元には自然と笑みがこぼれ、声のトーンもずっと優しくなった。「佐伯教授は国内外に顔が広いから、きっとたくさん招待客が来るでしょ。式に出ないのは正解かもね」と英樹は言った。「それなら、お昼の披露宴は俺も一緒に行くよ」天音は、久しぶりに穏やかな笑顔を見せた。龍一と夏美の結婚式は、予想通り盛大なものだ。披露宴会場では、英樹が想花を追いかけ回している。一方で、大智は天音のそばでおとなしく座っていた。要がいないから、自分がママを守らなきゃ。大智そう思っていた。「大智、遊びに行っておいで」天音は席に座ったまま、大智の手を引いて言った。「ほかの子みたいに、お菓子をもらっておいで」「ママ?」「大丈夫よ」天音は微笑んだ。大智がその場を離れると、天音の目の前に威圧的な人影が現れた。落ちてきた影が、彼女の華奢な体をすっぽりと包み込んだ。天音は驚きのあまり立ち上がると、続け
「中川さん、いったい何を考えてるのですか?」「なんだと!」英樹は天音の携帯を奪い取った。画面に表示されていたのは、若い頃の恵梨香が淳に無理やりパーティーに連れ出され、様々な男たちと親密に話しているモデルデータだった。英樹はカッととなり、睦月の首を締め上げた。「モデルを完全に削除するコードを渡してくれ!」天音はすぐさま発表用のノートパソコンの前に進み出ると、『マインスイーパ』を起動した。「やめて!松田家の悪事をすべて世間に暴露してこそ、松田グループと松田家を完全に叩き潰せるのよ」睦月は英樹の腕を掴みながら、息を切らして言った。天音は睦月を睨みつけた。「あなたの罪悪感を晴らすために、また母を犠牲にするつもりですか?中川さん、あなたってどこまでも自己中心的なんですね!」天音が『マインスイーパ』を起動すると、モデルデータは少しずつ画面から消えていった。天音は涙で目を潤ませた。彼女は、自らの手で『転生AI-ReLife』を、母親のモデルデータを消去したのだ。でも、こうでもしないと、すでに拡散してしまったアプリ上のモデルデータを完全に消し去ることなんてできない。英樹は睦月を突き飛ばした。床に倒れ込んだ睦月は、ぜえぜえと息を切らしている。そして、英樹は言った。「松田グループの相手は、俺一人で十分です。松田グループの悪事の証拠なんて、とっくに山ほどあるんですよ。ただ……」英樹は、ひそひそと話す松田グループの社員たちを見下ろし、悲しそうな目をしていた。天音が言葉を続けた。「お兄さんは、大勢の社員たちを路頭に迷わせたくなかっただけなんです。それなのにあなたは、また母を利用して名誉を傷つけ、たくさんの人たちの生活まで壊そうとしたのですよ。松田グループで働く何万人もの社員に罪はありません。地獄に落ちるべきなのは松田家と、あなただけです。それなのに、今になって正義を振りかざすなんて。中川さん、おかしいと思わないですか?あなたの夫が私の母を木下部長に差し出した時も、雲霧山で多くの命が失われた時も、あなたは見て見ぬふりをしたのです。そんな重い罪を犯したあなたが、死ぬ間際に安心したいからって、母の名誉を犠牲にするなんて許せません」天音は目尻からこぼれる涙を乱暴に拭うと、叫んだ。「あなたがすべきことは一つだけです。今







