LOGIN「あーっ! あーっ!」
ベビーカーの中で、子供が大興奮していた。
目の前では、テレビでおなじみの人気キャラクターが、こちらに向かって大きく手を振っている。
しかも、一人ではない。
「……蒼真さん」
「はい」
「どうして、ほかのキャラクターまでいるんですか?」
「せっかくなので、お友達にも来ていただきました」
「お友達……」
美月は言葉を失った。
子供向け番組で人気のキャラクターが、次々と現れてはポーズを決めている。まるで自分たちだけの特別公演だ。
いや、実際にそうなのだろう。
「皆さん、今日はよろしくお願いします」
蒼真が丁寧に挨拶すると、キャラクターたちは元気いっぱいに手を振り返した。
子供はすっかり夢中になり、キャラクターが近づくたびに歓声を上げている。
「……こんなに喜
「あーっ! あーっ!」 ベビーカーの中で、子供が大興奮していた。 目の前では、テレビでおなじみの人気キャラクターが、こちらに向かって大きく手を振っている。 しかも、一人ではない。「……蒼真さん」「はい」「どうして、ほかのキャラクターまでいるんですか?」「せっかくなので、お友達にも来ていただきました」「お友達……」 美月は言葉を失った。 子供向け番組で人気のキャラクターが、次々と現れてはポーズを決めている。まるで自分たちだけの特別公演だ。 いや、実際にそうなのだろう。「皆さん、今日はよろしくお願いします」 蒼真が丁寧に挨拶すると、キャラクターたちは元気いっぱいに手を振り返した。 子供はすっかり夢中になり、キャラクターが近づくたびに歓声を上げている。「……こんなに喜ぶとは思いませんでした」 美月が呟くと、蒼真は嬉しそうに頷いた。「手配してよかったです」 その一言に、美月は何とも言えない顔になった。 確かに、子供は大喜びだ。 しかし、そのために水族館を貸し切り、人気キャラクターを何人も呼ぶという発想は、どう考えてもおかしい。 ところが、ここでさらに困ったことが起きた。 キャラクターの一人が、美月に向かって手招きをしたのだ。「……私も?」 頷くキャラクターに促され、美月はおずおずと前へ出た。 すると、スタッフがカメラを構える。「お母様も、ぜひご一緒に!」「あ、はい!」 気づけば、美月は子供を抱いてキャラクターたちに囲まれていた。 しかも、これが思いのほか楽しい。 キャラクターが子供の目の前でおどけた仕草をすると、子供が声を上げて喜ぶ。その様子が可愛くて、美月まで頬が緩んでしまった。
「わあ、いいお天気!」 休日の朝、美月はベビーカーを押しながら、蒼真と並んで歩いていた。 今日の目的地は水族館。先日プレゼントされた高級ブランドのロンパースを、ようやく着せる機会がやってきた。「よく似合っていますね」「ありがとうございます。でも、汚さないか心配で……」「汚れたら、また買えばいいですよ」「蒼真さん?」「……冗談です」 美月がじろりと睨むと、蒼真は涼しい顔で微笑んだ。 どうやら、少しは学習したらしい。 水族館へ到着すると、美月は首を傾げた。「あれ? 今日はお休みでしたっけ?」 休日だというのに、入口には誰も並んでいない。チケット売り場も閉まっているようだった。「いえ。営業していますよ」「でも、誰もいませんけど……」 蒼真が答えるより早く、入口からスーツ姿の男性が現れた。「九条様、本日はお越しいただき、ありがとうございます」「お世話になります」 男性は深々と頭を下げた。「館内の準備はすべて整っております。どうぞ、こちらへ」 美月は目を瞬かせた。「……蒼真さん?」「はい」「この方、どなたですか?」「こちらの水族館の館長です」「館長!?」 思わず声が裏返った。 館長はにこやかに、美月にも頭を下げた。「本日は貸し切りでございますので、どうぞごゆっくりお楽しみください」「…………」 美月は蒼真を見た。 蒼真も美月を見た。「……貸し切り?」「ええ」「水族館を?」「はい」「……
「昨日の服は、どうしましょうか」 蒼真に尋ねられ、美月は少し考え込んだ。 確かに、あの大量のベビー服をどうするかという問題が残っていた。「……今回は、いただきます」「よろしいんですか?」「はい。もう買ってしまったものですし、返品するのもお店に申し訳ないので」 何より、自分と子供のために選んでくれた気持ちまで、なかったことにはしたくなかった。「でも、今回だけですよ。次からは、こんなにたくさん買ってこないでくださいね」「分かりました」「高いものを買う時も、ちゃんと相談してください」「はい」 妙に素直な返事が続くので、美月は少し心配になった。「……本当に分かりました?」「今度こそ、理解したつもりです」「つもり、なんですね」 美月はため息をついたものの、それ以上は追及しなかった。 蒼真も、彼なりに考えてくれたのだろう。「それにしても……」 美月は、昨日見た小さなロンパースを思い出した。「あんなに高価な服、かえって着せにくいですよね」「そうですか?」「そうですよ! ミルクを吐き戻したり、おむつが漏れたりすることだってあるんですから」「洗濯すればいいのでは?」「……蒼真さん」「はい」「高級ブランドの服を、毎日のように汚される覚悟はありますか?」 蒼真は少し考えた。「服ですから、汚れることもあるでしょう」「買った本人は気楽でいいですね……」 美月は呆れながらも、思わず服を着せた姿を想像した。 あの可愛らしいロンパースに、揃いの帽子。せっかくなら、どこかへ出かける時に着せたい。「……お出かけ用にしようかな」「
「……何がしたい、ですか?」 蒼真は美月の質問を繰り返した。「はい。プレゼントを買うとか、何かしてあげるとかじゃなくて。蒼真さん自身は、私と何がしたいんですか?」 改めて尋ねられ、蒼真は考え込んだ。 美月が困っていれば助けたいし、必要なものがあれば用意したい。これまでずっと、そうしてきた。 けれど、彼女が聞いているのは、どうやらそういうことではないらしい。「……一緒に過ごしたいですね」「それだけですか?」「それだけでは駄目ですか?」「駄目じゃないですけど、具体的には?」 蒼真はますます困った。「食事に行ったり、出かけたり……」「それなら、もう何度もしてますよね」「そうですね」「ほかには?」 美月がじっと見つめると、蒼真はわずかに視線を逸らした。「……美月さん」「はい」「あまり追及されると、困るのですが」「どうしてですか?」「それは……」 蒼真は言いかけて、口を閉じた。 その反応が意外で、美月は首を傾げた。「もしかして、何か言いにくいことですか?」「言いにくいというより、あなたを困らせたくないので」「また、それですか」 美月は思わず眉を寄せた。「蒼真さん、私のことばっかり考えてません?」「恋人ですから」「恋人だからこそ、蒼真さんの気持ちも聞きたいんです」 そう言うと、蒼真はしばらく黙り込んだ。 やがて、観念したように小さく息を吐く。「……もっと、二人きりで過ごしたいと思っています」「え?」「美月さんと出かけるのも楽しいですが、こうして家で一緒にいる時間も好きです。
「まず、昨日の服なんですけど……」 美月が切り出すと、蒼真は真剣な表情で頷いた。「はい。買いすぎたことは反省しています」「……それもありますけど」「次からは必要な分だけにします」「ですから!」 また声を上げそうになり、美月はぐっとこらえた。「蒼真さん。私、別に服を買ってほしかったわけじゃないんです」「……はい」「子供の服が小さくなったって話したのは、ただの日常会話です。買ってきてくださいってお願いしたわけじゃありません」「それは分かっています」「じゃあ、どうして?」「喜んでもらいたかったので」 あまりにも迷いのない返事に、美月は言葉を失った。 蒼真は少し考えてから、付け加えた。「美月さんが必要としているものなら、贈っても困らないと思っていました」「……困るんです」「そうですね」「はい。あんなに高いもの、何着も受け取れません」 蒼真がわずかに眉を寄せた。「ですが、金額については気にしていただかなくても」「そこです!」 美月は思わずテーブルを指さした。「蒼真さんには大した金額じゃなくても、私には違うんです。お返しだってできないし、あんなに高い服、普段着として気軽に着せられません!」「お返しは必要ありませんが……」「それも蒼真さんの考えですよね?」 蒼真は口を閉じた。 美月は一度息をつき、なるべく落ち着いた声で続けた。「プレゼントしてくれたのは嬉しかったです。でも、これからも何かあるたびに高いものを買ってもらうのは、嫌なんです」「……分かりました」 ようやく伝わっただろうか。 そう思った直後、蒼真が真剣な顔で尋ねた
美月からのメッセージを受け取った蒼真は、ようやく安堵していた。『お買い物の前に、一度ちゃんとお話ししたいです』 つまり、買い物に行くこと自体は嫌ではないのだろう。 昨日は贈り物を選ぶ際に失敗してしまったが、今度は美月と一緒に行けばいい。何より、二人で出かける約束ができたことが嬉しかった。 蒼真は早速、次の休日の予定を確認した。 せっかくなら買い物の後に食事でもどうだろう。以前、美月が気に入っていた店の近くなら、移動の負担も少ない。 そんなことを考えているうちに、自然と口元が緩んだ。「社長、何かいいことでもありましたか?」 書類を持ってきた秘書が、不思議そうに尋ねた。「ええ。今度、恋人と買い物に行くことになりそうです」「……ああ、昨日の件ですか。解決されたんですね」「まだですが、今夜話し合う予定です」 秘書は少し首を傾げたものの、蒼真があまりにも嬉しそうなので、それ以上は尋ねなかった。 一方、その頃。 美月はカフェの休憩室で、蒼真に何を伝えるべきか考えていた。 せっかく選んでくれた服を断るのは申し訳ない。でも、今後も同じような贈り物をされては困る。 何より、彼が自分のためにお金を使うことを当然だと思ってほしくなかった。「……怒りたいわけじゃないんだけど」 昨日はつい声を荒らげてしまったが、今夜は落ち着いて話そう。そう決めて、美月は仕事に戻った。 夜になり、約束の時間に蒼真が内扉をノックした。「どうぞ」「お邪魔します」 入ってきた蒼真は、いつになく機嫌がよさそうだった。「美月さん、次の土曜日はいかがですか?」「……土曜日?」「ええ。買い物の後、よろしければ食事でも」 美月は目を瞬かせた。「……買い物に行くんですか?」