LOGINコーンワルドでの生活は自然と共に過ぎて行った。
アウルラディスに言われたから、ブレイクが色々と配慮してくれてるのかもしれない。 もともと、蔦に覆われた古城のようなこのコーンワルドの屋敷は自然にあふれている。 窓を開けるだけで、風が通ってどこか森の香りがする。 朝は鳥の声で目が覚めて、昼は庭の光が部屋に差し込み、夜は遠くの山の影が窓に映る。 アウルラディスの言葉もあったし、私は庭に出て、風を感じたり、花を眺めたりする時間が増えた。庭のあちこちに休憩所が置かれ、庭師の数が増えた気がする。屋敷の中にも緑が増えた。 そして、部屋にはいつも、リーフェルの花が飾られた。 ——いい香り。「ナノリアに良いと聞いたから」 そう言って、ブレイクが毎晩、その日の分のリーフェルの花を摘んで持ってきてくれる。 不思議と私の部屋に飾っている花は持ちが良くて、なかなかしおれないので……部屋はまるで祭壇のように花であふれるようになった。ポールが私の腕を掴んで強引に引きずった。「来い!」「い、いたっ。やめっ——!」 すごい力だ。 抵抗したくても力の差がありすぎてどうにもならない。 ベッドから引きずり降ろされた。「離して……!」「黙れ……立てよ」「どうするのよ!」「帰るんだよ、殿下の所に」「はあ……?」 冗談じゃない! 私は必死で座り込んだ。「嫌よ。そもそも、無理に決まってるじゃない。すぐにブレイク様が気付いて——!」 いや、こいつも一応貴族の子息だ。それなりに準備をしているのかもしれない。連れてきた王国騎士をすべて動かせば、ちょっとした小競り合いどころか、小規模な戦のような事にはなってしまうんじゃないだろうか。 そう思うと血の気が引いた。 引きずって部屋を出ようとされる。「おい、動けよ。羽に穴を開けられたいか?」 こいつ、私の羽が弱点だって知ってるから……。 羽は……それだけは恐い。 絶望的な気持ちで、重い足を奮い立たせた。 どうしよう。そういえば妙に廊下が静かだ。どんな手を使ったのか、人がいなくなってる。 このまま、こいつに連れ出されてしまうのか……。 そう思ったら、廊下からバタバタと足音がする。「ナノリア!」 ブレイクだ。 その声に泣きそうになった。 瞬間、強く腕を引かれて、窓の方へ引っ張られる。「くそっ、どうして……お前か!」 パウラは緊張した顔のまま言った。「おかしいと思うと伝言しました。まさかご本人がこんなにすぐ来られるとは」「パウラ……」 すごい有能。 足音が部屋まで来て、ブレイクが顔を覗かせた。その顔と目が合って、ほっとし
そうしてまた平和なコーンワルドの生活が続き、季節はすっかり夏を過ぎた。 アウルラディスの言った通り、天幕の綻びに少し改善の兆しが見えた。わずかな変化だったけれど、コーンワルドの皆は歓喜に湧いた。 山頂での事や、私がここに滞在すれば綻びが修復される——という事は伏せていたけれど、妖精がやってきて天幕が再生したから、やっぱり皆私のおかげと思っているようで。以前にも増して大事にしてもらっている。 私のコーンワルド生活もすっかりなじんで、時々町に遊びに行ったり、週末にはブレイクがあちこち連れて行ってくれるようになった。 忙しい摂政殿下なのに、と思ったら、以前から色々準備をして、公爵領に帰ってこれるようにしていたから——って。詳しいことはわからないけど、アディノスが国王になるためにも、自分は早く王城を出た方がいいと思っているようだった。相変わらず執務はしているようだけど、まだしばらくは王城に帰らないと言っていた。 ヨットにも乗りに連れて行ってくれたし、魚釣りも、乗馬も、川遊びも。 ちょっと……いやだいぶ、本当に親子のような立ち位置になってしまっている気はするけど。 ——いいの、幸せだから。今はそれで。*** 夜の屋敷は静かで、秋になって私は部屋の窓を開けて眠るようになった。 庭の木々は風に揺れ、葉が擦れる音が遠くでさざめいている。虫の音も風の音も、それを聞きながら眠るとよく眠れるし、体の調子がよかった。 リーフェルの花は温室で咲いている分だけになるから、毎日1輪ずつ。相変わらずブレイクが届けてくれる。 それを枕元に置いて私は眠りにつくようになった。「自分で取りに行くので、毎日来てもらうのは申し訳ないです」 そう言った私に、ブレイクは言った。「私の楽しみなんだ。この花を摘んでここに来るまでの間、ナノリアが喜ぶ顔を想像して。嫌でないなら続けさせてくれ」 そう言ってすっかり慣れた手つきで枕元に花を足す。「——また少し輝きを増したようだ」
ベッドに潜り込んだまま、私はいっそ寝てしまおうと目を閉じたけど。 たっぷり寝た後で、再度眠れるわけもない。 顔から火が出そうで、しばらく動けそうにないけど。朝食の時間は迫って来ていた。 廊下の向こうでセレナらの声もする。「リーフェルの量を……減らした方が……」「でも……ナノリア様が気に入っておられますもの……」「しかし昨夜の様子を見るに……」「体への影響は……」 何やら困ったように相談しながら、準備してくれてるらしい。 昨日の私の醜態を見ていたらしい。 ——見られてたんだ。 そりゃそうか、ブレイクはいつも私の部屋に入る時、ドアを開けているし。私が眠ってしまったのなら、あの後セレナを呼んだんだろう。 あの後……。 布団の中でさらに悶えた。 しばらくすると、控えめなノックがする。「ナノリア様……起きておられますか?」 セレナの声だ。 私は顔だけ出して返事をした。「……はい」 そっとドアが開かれる。「その……お加減は……?」「昨日の事、覚えてらっしゃいますか」 口々に言われて、私はベッドから出た。 心配かけちゃったかな。「ナノリア様」 こそ、と枕元にパウラが来る。 身支度はセレナらに頼むけど、部屋の片づけはパウラが担当してるから基本的には一緒に来る。 普通下級メイドは顔を出さずに裏方に回るものだから、見知った顔がある方がいいだろうっていう配慮だと思う。 見ればパウラはなぜか清々しい顔をして、またぐっと親指を立てていた。「私はいいと思いますよ。あの王子様よりこっちの方が」 パウラ&hel
コーンワルドでの生活は自然と共に過ぎて行った。 アウルラディスに言われたから、ブレイクが色々と配慮してくれてるのかもしれない。 もともと、蔦に覆われた古城のようなこのコーンワルドの屋敷は自然にあふれている。 窓を開けるだけで、風が通ってどこか森の香りがする。 朝は鳥の声で目が覚めて、昼は庭の光が部屋に差し込み、夜は遠くの山の影が窓に映る。 アウルラディスの言葉もあったし、私は庭に出て、風を感じたり、花を眺めたりする時間が増えた。庭のあちこちに休憩所が置かれ、庭師の数が増えた気がする。屋敷の中にも緑が増えた。 そして、部屋にはいつも、リーフェルの花が飾られた。 ——いい香り。「ナノリアに良いと聞いたから」 そう言って、ブレイクが毎晩、その日の分のリーフェルの花を摘んで持ってきてくれる。 不思議と私の部屋に飾っている花は持ちが良くて、なかなかしおれないので……部屋はまるで祭壇のように花であふれるようになった。 そろそろ、一旦止めてもらおうかな。でも……。 黄色い花が壁際に、棚に、窓辺に、机に、ベッドの横にまで飾られ、ふわりと甘い香りが満ちている。 光を受けて淡く揺れる花弁は、見ているだけで胸がぽうっと温かくなる。 日が経った花には花のよさがあるし、新しい花には新鮮な香りがあって、どっちも捨てがたい。 コンコン——。 この時間の来訪にもすっかり慣れた。 ブレイクが花を持ってきてくれる時間だ。 私は急いで駆け寄って、ドアを開けた。「……ブレイク様……!」 さっき夕食で会ったばかりだったけど、一日に何度でも、その姿を見るだけで胸がほっこり温かくなる。特に夕食後のブレイクは、いつもより気が緩んでいるのか表情が柔らかくて。着崩したシャツの胸元も、かすかに香るお酒の香りも、近寄り難いくらいの大人の魅力がある。 もっとずっと一緒にいたいって、思ってしまう。「&
アウルラディスと別れ、私達は揃って山を降りた。 山の麓から馬車に乗って屋敷に向かう。「疲れただろう」 ブレイクが私の顔を見てそう言う。彼の方はまったく疲労の色が見えない。荷物をもって山を登って降りているのに、余裕そうだ。 確かに足は痛いし、体力も尽きて今すぐ横になりたいくらいだ。 何より色々な事があって。泣いちゃったりもしたし……。「はい」 私は素直に頷いた。「屋敷まで少しあるから、眠ったらどうだ」 ブレイクは自分の横にあったクッションを私の横に置いてくれる。私のところにあったのと合わせて4つ。積み上がって、ふかふかの寝床みたいになる。「帰ったら、お湯にゆっくり使って、明日はいつまでも眠っているといい」 ここにもたれかかると本当にすぐ眠ってしまいそうだ。「天幕の綻び……もしかかして、他の領地でも起きるんでしょうか」「ああ……それは、私も気になっていた。今はまだそういう報告もないが、特に調べたわけでもないからな」 各領地の統治は、基本的には領主である貴族の采配に任せている。領内の事で国の助けを借りたいときには王家へ陳情がなされるが、それも王家との関係性によるだろう。「だったら、トリスタン様のような病の人が出てくるかもしれないって事ですよね」「少し積極的に調べるか……」 ぼそりとブレイクが呟いた。 摂政の立場として言っているんだろうか。 借り物の国政を、きっちり回すって並大抵じゃないだろうなと思う。そりゃ、公爵ってだけでそういう事は役割の内なんだろうけど。 やる気出るもんなのかな。私にはよくわからない。「——まあ、余り気負いすぎないでくれ」 黙って考えていた私をどう思ったのか、ブレイクが気遣うように言ってくれる。「我が国は、元々が恵まれすぎていたんだ。病が少なく、他国に攻められる事もなく。気候にも恵まれて、繁栄を続けてきた」 陸続きなのにこの国だ
見続けていると、天幕がひらりと翻った瞬間、黒い空に変わる時があった。 はっとしてさらに目を凝らす。「ナノリア?」「あそこ……」「ああ、綻びだな」 黒い空を指さしたが、ブレイクはそれを天膜の綻びと言った。「布地が一部破れたように見えるところもあれば、擦り切れて薄くなったようなところもある。ここは中でも比較的綻びの少ない所なんだが、あっちの方はかなり天幕が減っている」 ブレイクは遠くの山の峰を指さした。 天幕の綻びを見に来たはずが、一番ましな山頂に案内されていたらしい。 それでも、同じ高さになると向こうの黒いもやも良く見えた。「ブレイク様には、黒いもやは見えませんか?」「黒い……以前言っていたものか。私には天幕の切れ間がのぞいても、青空が広がっているが」 ブレイクは4人の騎士にも視線をやるが、皆一様に頷くばかりだった。 手を伸ばして届く距離ではないけれど、あの黒いところにもう少し近づいてみたい……。 数歩足を動かした、その時。「その先に行ってはならない」 空気がひやりと震えた。 声のする方を見れば、影がひとつ、木の陰からすっと動く。 その姿を確認するよりも早く、瞬間、金属が擦れる音が一斉に響いた。 四人の騎士が反射的に剣を抜き、前へと滑り込んできた。 ブレイクも迷いなく私の肩を後ろへ押しやり、半歩前に出る。 普段の穏やかな空気がすっと消え、獣のような鋭さに変わっている。 うわあ……。 不謹慎にも、かっこいいと思って震えてしまった。「大丈夫だ、下がっていなさい」 身震いをどう受け取られたのか、とても気遣われている。違うんです。貴方達がかっこよくて——て、そうじゃなくて。 今の声、聞き覚えがあった。でも筋肉の壁に阻まれて、一切前が見えないのだ。「あの、ブレイク様、ただの先客じゃ——」







