Se connecter次に確認できる空欄は、よい空欄。 王宮筆頭実務顧問室でその報告を読んだクラリスは、小さく息を吐いた。 「ローゼン侯爵夫人らしい言葉ですね」 イリスが茶を置く。 「社交界向けとして、非常に強い言葉でございます」 「ええ」 クラリスは頷いた。 机の上には、今日の茶会で集まった試記入用紙の写しがある。 実際の書類ではない。 だが、練習記録として十分に価値がある。 どこで夫人たちがつまずいたか。 どの欄を嫌がったか。 どの言葉なら受け入れやすいか。 どの不安が強いか。 それが分かる。 「社交界標準様式の説明書を直しましょう」 クラリスは言った。
扇の動きが少し止まった。 屋敷の内情を見られる。 そう思えば嫌だ。 しかし、屋敷がきちんと動いていた証。 そう言われれば、受け止め方が変わる。 「もちろん、侍女の控えだけで誰かを責めることはありません。けれど、正式記録と違いがあった時、そこから確認できます。空欄があった時も同じです」 ホルスト伯爵夫人が、そこでわずかに反応した。 「空欄」 「ええ」 ローゼンは、彼女へ視線を向ける。 「空欄は恥ではありませんわ。確認できていないという事実です」 ホルスト伯爵夫人は、昨日の追加確認依頼を思い出しているのだろう。 彼女の表情には、不快感と納得が半分ずつ混じって
ローゼン侯爵邸の茶会は、いつも美しい。 窓辺には季節の花。 磨かれた銀の茶器。 薄い陶器のカップ。 菓子は甘すぎず、見た目は華やかすぎず、夫人たちが手に取っても扇で顔を隠さずに済む大きさに整えられている。 その日も、表面だけ見れば完璧な茶会だった。 ただ一つ、銀盆に載せられているものだけが、いつもと違った。 招待状ではない。 詩集でもない。 新しい香水の見本でもない。 記録用紙だった。 慈善茶会標準記録様式。 商会報告。 受領先確認。 現物確認。 補助記録。 未着報告。 五つの欄が、優雅な茶会の中央に堂々と置かれている。
以前なら、嫌味に聞こえて顔を赤くしたかもしれない。 だが、今のミレーヌは少しだけ苦笑した。 「私も、以前はそう思っていませんでした」 侍女長が目を瞬かせる。 「ですが、確認しなかったことで、届かなかったものがありました。ですから、今は確認します」 部屋が静かになった。 侍女長は、しばらくミレーヌを見ていた。 やがて、深く礼をした。 「承知いたしました。受領先確認を取り直します」 「お願いいたします」 セリアが丁寧に答える。 「また、発送前確認をしてくださった侍女の方の記録は補助記録として扱います。捨てずに添付してください」 侍女長の表情が、少し変わった。
「認めます」 セリアは答えた。 「ただし、何を確認したのかが必要です。箱数なのか、刺繍の出来なのか、発送前の品物なのか、孤児院到着後なのか」 「ああ……」 同じ確認済みでも、意味が違う。 ミレーヌは頷いた。 「では、補助記録欄の詳細様式も添付します」 「お願いします」 リーナが小さく微笑んだ。 「ミレーヌ様、慣れてきましたね」 「まだ、少し怖いです」 「怖い?」 「空欄を空欄のまま返すのが」 正直に言うと、リーナは少しだけ表情を和らげた。 「私も怖いです」 「リーナ様も?」 「はい。差し戻すと、相手が怒るかもしれませんから」 「そうですよね」 「で
慈善記録官室に届いた最初の問題書類は、思ったより美しい封筒に入っていた。 白地に金の縁取り。 封蝋には、優雅な百合の紋章。 差出人は、ホルスト伯爵夫人。 社交界では、慈善刺繍会を毎年開いていることで知られる夫人だった。 表向きには、孤児院支援に熱心な貴婦人である。 ただし、ローゼン侯爵夫人の集まりには一度も姿を見せていない。 つまり、新しい標準記録様式に対して、あまり好意的ではない側の人だった。 「……綺麗な封筒ですね」 ミレーヌが言うと、リーナは少しだけ眉を寄せた。 「綺麗な封筒ほど、中身が厄介なことがあります」 「経験則ですか?」 「最近、学びました