LOGIN部屋が静かになった。 ジュリアスは自分で書き換えた。 王太子府における署名確認の形骸化。 クラリスは、その文字を見た。 重い。 だが、正しい。 「よろしいのですか」 オスカーが確認する。 ジュリアスは苦く笑った。 「よくはない。だが、弱く書けば、また同じことをする」 レオンハルトが静かに頷いた。 「それでよい」 兄弟の間に、短い沈黙があった。 以前なら刺々しくなっていたかもしれない。 だが今日は違った。 ジュリアスは自分の責任を見ている。 レオンハルトはそれを見届けている。 少しずつだ。 全員が、少しずつ変わっている。 夜が
「疲れたお嬢様が百二十七枚を確認するより、皆様で分担した方が、見つかる間違いは多いでしょう」 「……そうね」 「そして、もし残ったら直せばよろしいのです」 クラリスは、茶の水面を見つめた。 もし残ったら直す。 その考え方を、自分は長く持てなかった。 間違ってはいけない。 抜けてはいけない。 自分が防がなければいけない。 そう思っていた。 でも、報告書自体が教えている。 完璧な人間に頼る制度は壊れる。 間違いを見つけて直す仕組みが必要なのだ。 「イリス」 「はい」 「あなたがいてくれてよかった」 イリスは一瞬だけ動きを止めた。 それから、
王弟としての命令ではない。 それより、もっと個人的で、逃げ場がない言葉だった。 「殿下まで」 「私もだ」 扉の方から、別の声がした。 クラリスが振り向くと、ジュリアスが立っていた。 いつからいたのか。 手には、自分の署名確認書類の最終束を持っている。 「王太子殿下」 「失礼。入るタイミングを完全に逃した」 ジュリアスは少し苦く笑った。 「だが、話は聞こえた。クラリス、座った方がいい」 「すでに座っています」 「机から離れた方の椅子へ」 全員が同じことを言う。 クラリスは、最後の抵抗としてローゼン侯爵夫人を見た。 彼女なら、少しは社交界らしい逃げ
報告書の締切前夜、王宮臨時顧問室の灯りは、いつもより長く燃えていた。 窓の外はすでに暗い。 王宮の廊下を歩く足音も減り、遠くで夜番の兵が交代する声だけが聞こえる。 それでも、顧問室の机の上には書類が山のように積まれていた。 第一章、不正の事実。 第二章、関与者および流通経路。 第三章、不正を可能にした制度的欠陥。 第四章、被害と未着物資の補填。 第五章、再発防止策。 第六章、補助記録の正式参考資料化。 付録、証言と帳簿写し。 報告書は、ほぼ完成していた。 ほぼ、という言葉が厄介だった。 クラリスは、その「ほぼ」の部分がどうしても気になっていた
第一章 不正の事実 第二章 関与者および流通経路 第三章 不正を可能にした制度的欠陥 第四章 被害と未着物資の補填 第五章 再発防止策 第六章 補助記録の正式参考資料化 付録 証言、帳簿写し、商会印、赤い紐の箱、署名確認一覧 見ただけで重い。 しかし、必要な重さだった。 「分担を決めます」 クラリスが言うと、イリスが即座に札を置いた。 クラリス顧問が全部書かない 「分かっています」 「先に置いておきます」 「では、第一章はオスカー様とわたくしで」 イリスが無言で見た。 「……オスカー様主担当、わたくし確認」 イリスは頷いた。 「よろし
部屋が静かになる。 ジュリアスは、逃げずに続けた。 「まったく覚えていない二十一件のうち、王太子妃教育関連支出に関わるものが六件。慈善物資関連が四件。残りは儀礼費と王宮備品費だ」 「ご自身で分類されたのですか」 クラリスが尋ねる。 「ああ」 ジュリアスは、少しだけ視線を落とした。 「分類してみると、自分がどれだけ見ていなかったかが分かる」 その声は、苦かった。 「報告書に入れてください。王太子署名管理の問題として」 レオンハルトが兄を見る。 「いいのか」 「いい」 「王太子府への批判になる」 「なるだろうな」 ジュリアスは頷いた。 「だが、入れなけれ