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第 8 話

last update Tanggal publikasi: 2026-08-09 11:21:07
「神殿の判断でしょう」

空気がさらに冷えた。

ジュリアスは苛立ったように言った。

「その程度のことで揉めるな。寄付金くらい、例年どおり出せばいい」

バルツァー財務卿は、今度こそはっきりと眉を寄せた。

「殿下。例年どおりと申されましても、今年は北方街道の橋梁修繕がございます。加えて軍部の冬季備蓄増額要求も来ております」

軍務局長が即座に言う。

「要求ではない。必要だ」

「財源には限りがあります」

「兵に凍えろと言うか」

「数字は温情では増えません」

ジュリアスの顔が曇った。

ミレーヌは、おろおろと二人を見比べる。

「あの、皆様、落ち着いて……」

その声は、誰にも届かなかった。

朝会の間に、低い言葉が飛び交う。

財務卿。

軍務局長。

神殿代理。

王妃執務院。

政務院。

それぞれが、自分の正しさを持っている。

だから、衝突する。

クラリスは、衝突しないように順番を組んでいた。

最初にノルヴァルト公国への返礼品を決め、王家の面目を整える。

次に神殿への内示だけを先に認め、支出額の正式決定は財務協議へ回す。

軍部には街道補修と備蓄を一括ではなく、優先順位をつけて認める。

最後に財務卿へ「支出削減案作成」の名目を与え、顔を立てる。

そういう逃げ道を作っていた。

今日、その逃げ道はどこにもない。

「オスカー!」

ジュリアスの声が飛ぶ。

「クラリスなら、どうしていた」

言ってから、王太子自身が気づいた。

朝会の間が静まり返る。

クラリスなら。

その言葉は、今この場で最も言ってはいけないものだった。

ミレーヌの顔から血の気が引いた。

彼女は、王太子の隣で小さく唇を噛む。

オスカーは、できるだけ感情を殺して答えた。

「クラリス様は、朝会を進めていたのではございません」

「何?」

「朝会が揉めないよう、始まる前に半分終わらせておられました」

その言葉は、広い朝会の間にまっすぐ落ちた。

誰もすぐには返さなかった。

バルツァー財務卿が目を細める。

マルタ女官長は黙っている。

フィオナ司祭は、ほんの少しだけ頷いた。

軍務局長は、思い当たることがあるのか、腕を組み直した。

ジュリアスだけが、その意味を受け入れ損ねていた。

「大げさだ。たかが朝会の段取りだろう」

「殿下」

マルタが初めて口を開いた。

「たかが段取りで、人は恥をかかずに済みます。たかが席順で、家門同士の争いが避けられます。たかが一言の言い換えで、同盟国は笑顔を保ちます」

静かな声だった。

だが、老練な女官長の声は、若い令嬢の慰めとは違う重みを持っていた。

「クラリス様は、その“たかが”を積み上げておられました」

ジュリアスは不快げに視線を逸らした。

「ならば、今からでも呼べ」

オスカーは言葉を失った。

呼べ。

まるで、隣室に待機している侍女のような言い方だった。

ミレーヌが小さな声で言う。

「お姉様は……昨夜、お帰りになりましたわ」

「分かっている。使者を出せばいい」

「殿下」

オスカーは慎重に言葉を選んだ。

「クラリス様は、すでに王太子妃候補ではございません」

「だから何だ」

「王宮へお呼びするには、正式な理由が必要です」

ジュリアスは苛立ちを隠さなかった。

「私が呼べと言っている」

その瞬間、フィオナ司祭が静かに言った。

「では、王太子殿下は、婚約を解消した令嬢に、無償で王宮実務を命じるおつもりなのですね」

声は柔らかい。

だが、中身は刃だった。

ジュリアスが口を閉ざす。

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