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まともな挨拶

Author: 木山楽斗
last update Last Updated: 2025-09-05 21:02:22

 リヴァーテ伯爵家とサルマンデ侯爵家との間では、私とセリード様との婚約の話が進められていた。

 まだ正式に決まってはいない訳ではあるが、その一環としてセリード様がこちらの屋敷を訪問することになった。それは端的に言ってしまえば、彼という人間を見極めるためのものだ。

 お父様はイルルグ様のようなことがないようにするために、セリード様と実際に会って会話を交わすことにしたのだ。

 もちろん、そこで人の本質を丸ごと見抜くなんてことはできないだろう。ただそれでもお父様は、あの件を受けてそうするべきだと判断したらしい。

 ちなみに私の方も、後でサルマンデ侯爵家の屋敷を訪ねることになっている。

 私も私で、見極めてもらわなければならないのだ。サルマンデ侯爵家の面々とは顔見知りではあるものの、それでもやはり少々不安ではある。

「ふう……」

「セリード様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。しかし、疲れるものだな。挨拶というのは……いや、こういったことはあなたにも言うべきではないか」

「いえ、遠慮なさらないでください」

 訪ねて来たセリード様は、お父様とお母様、それから妹のルナーシャとも挨拶を交わした。

 その挨拶を彼はそつなくこなした――そう思っていたが、二人きりになった途端ため息をつき始めた。今回の挨拶によって、かなり疲弊しているようだ。

 それは当然と言えば当然なのかもしれない。私にとってサルマンデ侯爵家の人々は、友人の家族ということもあってある程度の親しみもある。だが、セリード様にとって妹の友人の家族など関係性が遠い。その不安や緊張は、私が想像している以上のものだったのだろう。

「本当にお疲れ様です、セリード様」

「ありがとう。俺の挨拶はどうだっただろうか。何か無礼があったらと、不安なのだが……」

「とても安心できる挨拶でしたよ?」

「安心か……」

「ああ、別に他意などはありません」

 セリード様の不安に対して、私はつい元婚約者のことを思い出していた。

 イルルグ様の挨拶は、結果的に滅茶苦茶なものであったといえる。正直な所、妹同伴ではない時点で私はかなり安心していたくらいだ。

 しかそれは、セリード様に失礼であるだろう。あんなのと比べられるなんて、あり得ないことなのだから。

「あなたも色々と苦労した訳だな……」

「苦労……という程ではありません。結果として、婚約破棄されたというだけですからね。その補填はしてもらいましたし、こうしてセリード様と婚約することができそうです」

「……ラナーシャ嬢は強いな。やはりあなたは尊敬に値する人だ。改めてそう思う」

「セリード様……」

 セリード様の言葉に、私は少し面食らっていた。

 別に私は、特別なことをした訳ではない。ただ単に、そうなっているというだけだ。流れに身を任せているというだけともいえる。

 それは別に、褒められるようなことではないだろう。だから私は、苦笑いを返すことしかできない。

 ともあれ結果として、セリード様の挨拶は成功だったといえるだろう。

 お父様も表面上はまだ疑っているものの、今回の婚約を好意的に捉えている節がある。これなら特に問題はないかもしれない。

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