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決まった婚約

Auteur: 木山楽斗
last update Dernière mise à jour: 2025-09-01 18:02:15

「喜べ、ラナーシャ。お前の婚約が決まった」

 お父様に呼び出された私は、その言葉に驚くことになった。

 私はつい先程まで、妹と自分の婚約について話していた所だ。中々決まらないことに、悩んでいたのである。

 それがこんなにも早く解決するとは、思っていなかった。とはいえ、これは喜ぶべきことであるだろう。

「えっと、一体どなたとの婚約が決まったのですか?」

「エーヴァン伯爵家の次男イルルグを知っているか?」

「イルルグ様……ええ、何度か話したことはありますね」

 お父様の口から出た名前は、知らないという訳ではなかった。

 舞踏会などのいくつかの場で、私はそのイルルグ様と顔を合わせたことがある。

 ただ彼と婚約することになるなんて、正直意外だ。

 イルルグ様とは、それ程親しくしていた覚えはない。それ所か彼は私に対して興味を持っていないような気がする。なんというか、冷たい人だったのだ。

 となるとこの話は、お父様とエーヴァン伯爵との間で取り決められたものということだろうか。その可能性は高そうだ。だとしたら、私が舞踏会などに赴いていたことは、あまり意味がなかったということになる。

「彼は私に、あまり良い印象を持っていないと思っていましたが……」

「いや、そうでもないぞ。彼はお前のことを素敵な女性だったと、エーヴァン伯爵に言っていたらしい」

「え? そうなのですか?」

「ああ、まあ、内心何を思っているかなど、わかることではないからな」

 お父様は、やけに上機嫌であった。

 恐らく、今回の縁談は良い条件でもあったのだろう。そういったことに関して、お父様は案外わかりやすい人だ。

 ともあれ、悪い印象をもたれていなかったという事実には安心することができる。

 イルルグ様は、お父様と違ってわかりにくい人ということだろうか。それはそれで少々心配ではあるが、まあなんとかなるはずだ。付き合っていく内に、わかっていくかもしれないし。

「さて、そういうことだから、これから話を進めていこうと思っているのだが、異論はないか?」

「え? ええ、それはもちろんありませんよ」

「お前の方は悪い印象などは持っていなかったのか? 先程の言葉を聞くと、少々心配になってくるのだが……」

「あ、はい。私の方は別になんとも思っていません。紳士的な人だと思っていました」

 イルルグ様にどう思われているかは少々不安ではあったが、私の方から彼に何か思う所があるという訳ではない。

 普通に紳士的な人だと思っているし、特に心配することなどはないだろう。

 もちろん、お父様も言っていたように内心の全てがわかる訳ではない。故にこれからも考えていく必要はあるだろう。

 ただそれに関しては、誰と婚約しても同じことだ。少なくとも舞踏会の場では紳士に思えたし、この場で反対する理由はないといえる。

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