第2話

私が美優の病室に着いた時、そこには健太がいて、美優にご飯を食べさせている。

私の姿を見つけるなり、健太の顔に苛立ちが浮かぶ。

「陽菜、また来たのか？

お前のせいで美優はこれ以上ないほど傷ついたというのに！」

美優は得意げに私を一瞥したあと、すぐにいつもの無垢な顔を作って言った。

「お兄ちゃん、そんなこと言わないで。お姉ちゃん、きっと一時の過ちだったのよ。

私を傷つけようなんて、本気じゃなかったと思うの」

健太はその言葉に胸を打たれたようで、美優に痛々しそうな眼差しを向けた。

「美優、なぜあいつの肩を持つ？あいつがどんな人か、お前が一番よく知っているはずだ。

子供の頃から、お前のおもちゃも服も全部欲しがって、今度は優勝まで奪った。あいつは泥棒だ！」

怒りに任せて、健太は私の鼻先を指差して叱った。

「陽菜、美優がこんなに優しいのに、お前はどうだ？最低で、自分のことしか考えない人間が妹だなんて、情けない。

美優が本当の妹だったらどんなに良かったか……」

私は唇を噛み、静かに言った。「……兄さん。今日は、美優に腎臓を提供することを伝えに来ただけ」

健太の目が一瞬大きく見開かれた。まるで私がそんなことを言い出すとは予想もしていないようだった。

「……本気なのか？」

私は頷いた。「うん。美優が元気になるなら、私はそれでいい」

健太が揺れる視線で私を見つけている。

「陽菜……よく決心してくれたな。お前がそう言ってくれて、俺は本当に嬉しい。

安心して、移植手術の後、俺がしっかり世話するからな。

ようやくお前も、大人になったな」

私は小さく苦笑いをして、何も言わなかった。

夕方、家に戻るとキッチンからいい匂いが漂っている。

海斗がエプロン姿で、キッチンで手際よく料理を作っている。テーブルの上には美優の好物ばかりが並べられている。

私に気づいた彼は、手を止め、かすかな慌てのような顔で、私の前に来た。

「陽菜……美優の最後の願い、お前も知ってるでしょ。ウェディングドレスを着て、結婚式を挙げること……

お前の兄にね、先に美優と結婚式を挙げてやってくれって頼まれた。彼女の最後の望みを叶えてあげてほしいって。

彼女が亡くなったら、正式にお前と結婚するつもりだよ。

お前は余計なことを考えないで。美優には、腎不全で余命がもう長くないって先生も言ってる……今月中が限界かもしれない」

彼を睨みつけながら、私の心は完全に枯れ果てた。

「……うん」

海斗は少し驚いた顔をしている。何度も断ってきた私が、あっさり同意したからだ。

「じゃあ、今すぐドレスショップに連絡して、ウェディングドレスを美優のサイズに変更する。それと、結婚式のウエルカムポスターも、名前を彼女に変えるよ」

ちょうどその時、健太が家に入ってきて、その言葉を耳にした。彼は海斗の行動を止めた。

「陽菜は腎臓を提供するって決めた。もう美優は助かる。だから結婚式の準備を変える必要はない。

手術は明日。術後の回復が順調なら、お前らの結婚式にも支障はない」

海斗は目を輝かせて、私の手を取った。

「陽菜が同意した？！お前はやっぱり美優を見殺しできない、やさしい人だ。

安心して、すぐに一流の外科医を手配し、栄養管理の専門家も事前に予約する。手術後はきっとすぐ元気になるよ。

そして最高の花嫁にしてみせるから！」

私は苦笑いをして頷いた。彼らは、私の涙に気づいてない。

健太と海斗は、ほっと一息つくと、その眼差しに安堵の色を浮かぶ。

私は何か言おうとした――

が、突然視界が歪み、体が崩れ落ちた。

気がつくと、倒れた私のそばに、健太と海斗がいる。二人の顔には、怒りと苛立ちがにじみ出ている。

「陽菜！また演技か？

もういい加減にしろ！いつまでこの茶番を続けるつもりだ？チアリーディング大会で気絶するふり、家に帰っても芝居続きか！一体何が目的だ!?」

健太は怒りながら椅子を蹴り倒し、海斗は眉をひそめた。

「わざとらしいことして注目を集めようとしなくていい……本当に、こんなことする意味なんてないよ！

俺はお前を愛してる。過去に誤解を招くようなことがあったかもしれない……お前がどれほど試そうとも、俺のこの気持ちに偽りはない。

でも、毎回同じ手を使われると……さすがに疲れるよ。こんなこと続けてたら、二人の絆もすり減っていく。

本当にぐったりするんだ……この関係に頼りたい気持ちも、だんだん薄れていってる」

私はようやく理解した。彼らは、私が同情を引くために仮病を使ったと思っている。

確かに、強力な鎮痛剤を飲んだおかげで、病人にありがちな青白い顔やむくみもなく、むしろ顔色は良くて、まるで健康な人間と変わらないくらいだった。

私は痛みに耐えながら、体を起こし、冷静に言った。

「ごめん……たぶん低血糖だったのかも。ご飯も食べてなかったし……わざとじゃないの、心配かけて、ごめん。

海斗、今夜中に病院まで送ってほしい、臓器提供の同意書にサインしたい。明日の手術、遅らせたくないから」

海斗はじっと私の顔を見ている。疑いの視線で。

だってこれまで、彼らが「同情を引くための芝居だ」と言う度に、私は「本当に病気だ」と声を荒げて反論していた、先チアリーディング大会の時もそうだった。

でも、今は違った。

私は頭を下げ、海斗の視線を逸らし、静かに言った。

「本当に大丈夫。速く行こう」

海斗は私を見て、それから健太を一瞥し――

結局、迷いながらも私を信じる道を選んだ。「……じゃあ、行こう。一緒に」

病院に着くと、美優は驚いた表情で私を迎えた。

「お姉ちゃん……どうしてここに？」

私は深く息を吸い、彼女の目をまっすぐ見つめた。「この前、『病気で論文がうまく進まないから、お姉ちゃんの論文を譲ってほしい』ってお願いしてきたよね。

いいよ、譲ってあげる」

美優の目が一瞬見開かれ、やがて満面の笑みに変わる。「……本当に？」

「うん」

健太は私の態度に満足そうに頷いた。「もっと早くから妹を大切にすべきだった。

美優の学力だってお前に負けない。病気で論文がうまく進まないことがなければ、お前の論文を使うことだってないはず」

「うん……」

――本当はわかっていた。

私が譲らないとしても、美優はきっと別の手を使って奪うだろう。

そして、自分は「可哀想な被害者」を演じて、私は冷たくて、思いやりもない姉――そんなふうに仕立て上げるつもりだ。

だったら、最初から自分の意思で差し出したほうがマシだ。

ただ、その論文にはまだ大きな穴がある。美優が真面目に確認したらすぐわかるだろう。

でももし、彼女が確認しないまま論文を発表したら、とんでもない問題になる。