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妻が娘を連れて昔の男と旅行に行った
妻が娘を連れて昔の男と旅行に行った
Author: 笑い竹

第1章

Author: 笑い竹
目を覚ますと、鼻をつくほど消毒液の匂いがした。

体中が軋むように痛い。頭もぼんやりしていて、ひどく気分が悪かった。

看護師に聞いてようやく事情が分かった。昨夜、俺は自宅の玄関前で倒れていたらしい。それを見つけた近所の人が、病院まで運んでくれたのだという。

ふと、ひまりが電話口で口にした、悠真お兄ちゃん、という言葉が脳裏をよぎった。

深見悠真。美月の初恋の相手だ。

ちょうど昼時だった。病室のあちこちから、患者と見舞いに来た家族の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

けれど俺のベッドのそばには誰もいなかった。

しばらく黙って天井を見つめたあと、結局俺は美月に電話をかけたが、やはり出ない。

SNSを開いてみると、少し前に美月が新しい投稿をしていた。

【大好きな人たちと、最高の連休を満喫中】

添えられていた写真には、美月と悠真が娘を挟んで肩を寄せ合い、観光地を背景に満面の笑みを浮かべていた。

どう見ても、仲睦まじい三人家族だった。

思わず自嘲の笑みが漏れる。傷つかなかったと言えば嘘になる。

だがこんなこと一度や二度じゃない。もう慣れてしまった。

俺はその投稿にわざわざ「いいね」を押してから、スマホを伏せた。

それから数日。俺が病院にいる間、美月とひまりはずっと悠真と遊び歩いていた。

そして退院の日まで、二人が病院に顔を出すことは一度もなかった。荷物をまとめるのも、家に帰るのも、すべて一人だった。

玄関のドアを開けた瞬間、中から美月とひまりの楽しそうな声が聞こえてきた。

リビングでは、美月とひまりがソファに並んで座っている。二人の周りには、大小さまざまなプレゼントの箱が山のように積まれていた。どれも凝った包装がされていて、ひと目で安物ではないと分かる。

俺に気づいた途端、二人の表情が変わった。

さっきまで笑っていたのが嘘のように冷たくなり、まるで俺が敵でもあるかのような目を向けてくる。

以前の俺なら、何事もなかったふりをして自分から話しかけ、険悪な空気をどうにかしようとしていただろう。

でも今は、心も体も疲れ切っていた。そんな気力は、もうどこにも残っていない。

美月は脚を組んだまま、不満げに俺を見上げた。

「航平、今までどこほっつき歩いてたの?何日も連絡一つよこさないで、今さら帰ってくるなんて。父親としてどうなの?」

思わず耳を疑った。

ひまりと悠真との旅行がよほど楽しかったのだろう。だから俺が何十回もかけた電話にも、まったく気づかなかったというわけか。

いや、いつだってそうだった。美月に原因があっても、最後にはすべて俺のせいにされる。

もう言い返す気にもなれなかった。くだらない。

俺が黙っていると、美月はまた俺が勝手に拗ねていると思ったらしい。

軽蔑するような視線を向けると、変えたばかりのネイルを眺めながら面倒そうに言った。

「航平、今度は何が気に入らないの?私とひまりが一緒に旅行へ行かなかったくらいでしょ?そんなことで、いつまで怒ってるつもり?」

そんなこと?そんなことで済むわけがない。

「だいたい、あの日は悠真がたまたま私とひまりを食事に誘ってくれて、それで飛行機に間に合わなかっただけじゃない。悠真はこっちに頼れる人もいないのよ?少しくらい一緒にいてあげたっていいでしょ。男のくせに心狭すぎ」

悠真には頼れる人がいない?だったら、俺は?

俺だって両親はとっくに亡くしている。ずっと一人だった。

長い間愛してきたはずの女を見つめながら、俺は初めて、美月がまるで知らない人間のように思えた。

十年も尽くしてきた。それなのに、何もかも馬鹿らしくなった。

すると今度は、ひまりまで美月の味方をし始めた。俺への嫌悪を隠そうともしない。

「パパってほんと心狭いよね。悠真お兄ちゃんみたいに優しくないし、プレゼントだって全然くれない!

これ、ぜーんぶ悠真お兄ちゃんが買ってくれたんだよ!パパはママを怒らせてばっかりだから、ひまりもうパパ嫌い!

ひまり、悠真お兄ちゃんにパパになってほしい!」

これが、俺がずっと大切に育ててきた娘なのか。怪我をしないように、つらい思いをしないようにと、何より大事に守ってきた。

それなのにひまりの中では、実の父親である俺より、悠真のほうが大切らしい。

笑える。

人の心にだって限界はある。何度も何度も傷つけられれば、そのうち痛みすら感じなくなる。

美月もひまりも、そこまで俺が気に入らないというのなら、望み通りにしてやればいい。

俺は迷うことなく鞄から離婚届を取り出し、美月の目の前に置いた。

「離婚しよう」

そして、口を尖らせているひまりへ視線を移す。

「これで悠真お兄ちゃんがパパになってくれるぞ」

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