LOGIN理人はセアの顔を射抜くように見つめ、有無を言わさぬ口調で命令した。「向こうに着いたら、毎日夜には必ず俺とビデオ通話をしろ。適当に誤魔化すことは許さんぞ」「分かったわ」セアは静かに頷いた。理人は運転手にセアを空港まで送るよう指示を出すと、自らは別の車に乗り込み、この突発的なビジネスの危機に対処するため急発進していった。空港の出発ロビー。セアがスーツケースを引いて集合場所へ向かうと、静奈がすぐに気づいて手を振った。「セア先輩、こっちです」セアが近づいていく。「静奈」静奈はセアの目の下に薄く広がる隈に気づき、心配そうに声をかけた。「昨日はよく眠れなかったんですか?」セアは小さく頷き、声を潜めた。「本当は理人も一緒について来るつもりだったの。でも出発直前になって、会社の緊急トラブルで足止めされて、来られなくなったのよ」静奈は心底ホッとしたように胸を撫で下ろした。「それは、本当に不幸中の幸いでしたね」セアは周囲を見回したが、湊の姿が見当たらないことに気づき、不思議そうに尋ねた。「湊さんは?一緒に来なかったの?」「彼は今、VIPラウンジで仕事のメールを処理していますわ」今回のコンクールはマリア教授が引率しており、学生の渡航費用はすべて大学が負担している。予算に限りがあるため、学生の座席は全員エコノミークラスで統一されていた。静奈は自分だけが特別扱いされるのを嫌い、湊が提案したアップグレードを丁重に断っていたのだ。しばらくして、参加メンバー全員が集合した。マリア教授が搭乗券の束を手に笑顔で近づいてきて、皆に向かって告げた。「皆さんに朗報よ。神崎社長のご厚意で、全員の座席がビジネスクラスにアップグレードされたわ。狭いエコノミーで窮屈な思いをせずに済むわよ。さあ、荷物を持って前のキャビンへ移動しましょう」周りの学生たちから、驚きと喜びの歓声が上がった。彼らも、湊が静奈の恋人であることはとっくに知っていた。彼が自分たち全員の席をアップグレードしてくれたのは、ただ純粋に「自分の恋人に狭い思いをさせたくないから」だということも分かっている。彼らは完全に、静奈のおこぼれに預かった形だった。機内に乗り込むと、静奈の座席は湊のすぐ隣に確保されていた。湊はごく自然に静奈の手を取り、指を絡ませてしっかりと
ドアが閉まった瞬間、セアの全身から一気に力が抜け落ちた。彼女はベッドに硬直したまま座り込み、手を強く握りしめては開き、また握りしめた。手のひらには、爪の形をした浅い三日月型の跡がくっきりと残っていた。心臓が氷水に浸されたように冷え切っている。理人は、日に日に狂気を増している。以前は、世間体を気にして「名目上の兄妹」という建前を保ち、多少なりとも行動をわきまえていた。だが今は……自分に向けられるその眼差しは、常軌を逸した執着に満ち、まるで骨の髄まで噛み砕いて飲み込もうとするかのようだった。一刻も早く、ここから逃げ出さなければならない。……時が経ち、海外コンクールへの出発前日となった。湊は手持ちの仕事をあらかじめすべて調整し、静奈と同じ国際線のフライトを予約して、彼女に同行するつもりでいた。西条本邸。セアは自室で身をかがめ、スーツケースに必要な荷物を一つ一つ詰め込んでいた。その時、ドアが静かに押し開かれ、理人がゆっくりと歩み入ってきた。彼はセアの背後で立ち止まり、床に広げられたスーツケースに視線を落とし、淡々と言った。「明日は何時のフライトだ?俺も一緒に行く」服を畳んでいたセアの手が、ビクッと止まった。背筋が微かにこわばる。彼女は振り返らず、必死に平常心を装って、できる限り平坦な声で答えた。「そんなに気を使わなくていいわ。大学の引率の先生もいるし、私一人で大丈夫よ」「どうした?」理人はセアの前に回り込み、彼女を見下ろしながら、少し不機嫌そうに眉をひそめた。「俺に来てほしくないのか?」セアの心臓が早鐘のように鳴り始めた。彼女は慌てて、最もらしく聞こえる言い訳を口にした。「違うわ。理人は西条グループのトップになったばかりで、処理しなきゃいけない仕事が山ほどあるでしょう?こんなに長く会社を空けるなんて、無責任じゃないかと思って」「構わない」理人は感情の読めない、淡々とした声で返した。「ちょうどあちらの国で、以前から目を付けていたプロジェクトがあるんだ。視察のついでだと思えばいい」セアの心は、絶望的なまでに冷え切った。もし理人が同行すれば、これまで血を吐くような思いで練り上げてきた逃亡計画が、すべて白紙に戻ってしまう。だが、ここでこれ以上強く拒絶すれば、かえって彼の疑念を
翌日の午前中。静奈は記入を終えたエントリーシートを手に、教務課へと向かった。廊下の角を曲がったところで、前方から歩いてくるセアと出くわした。セアの手にも、全く同じエントリーシートが握られていた。「セア先輩」静奈は目を輝かせ、声を潜めて駆け寄った。「先輩も、このコンクールに出るんですか?」「ええ」「じゃあ、一緒に行けますね!」しかし、セアの顔には少しの喜びも浮かんでいなかった。セアは自嘲気味に唇を歪め、誰にも聞こえないような低い声で呟く。「このコンクールは、私にとってここから逃げ出すための絶好のチャンスなのよ」大学の代表として海外へ行くという大義名分があれば、理人の監視網を正当的にすり抜けることができる。異国の地に降り立ってしまえば、逃亡の成功率は格段に跳ね上がる。その言葉を聞き、静奈の胸がキュッと締め付けられた。静奈はそっと手を伸ばし、セアの少し冷たい手をしっかりと握りしめる。「絶対に、うまくいきますよ」セアは小さく頷いた。「そう願うわ」数日後、学内選考の通過者が掲示板に発表された。全校生徒の中から選ばれたのはわずか六名。その中に、静奈とセアの名前がしっかりと並んでいた。海外渡航のためのビザ申請や煩雑な手続きは、すべて大学の事務局が一括して処理してくれた。夜も更けた頃。理人は接待を終え、西条家へ帰ってきた。彼は自室には戻らず、迷うことなく二階のセアの部屋へと向かった。セアは毎晩、必ず内側から鍵をかけている。しかし、理人が中に入ろうと思えば、そんな薄っぺらいドアノブの鍵など、何の障害にもならなかった。部屋の中は静まり返り、セアはすでにベッドで深い眠りに落ちていた。理人は音もなくドアを開けて中に入り、デスクの上に無造作に置かれたパスポートとビザの書類を瞬時に視界に捉えた。ベッドの上のセアは、寝苦しそうに眉をひそめている。隣に突然、人間の気配と体温を感じ、セアは弾かれたように目を覚ました。まぶたを開けると、暗がりの中で理人が覆い被さるように横たわり、燃えるような眼差しで見下ろしている。セアの心臓が氷の刃で貫かれたように縮み上がり、悲鳴を上げそうになった。反射的に体を後ろへ逃がそうとしたが、ベッドの縁ギリギリまで下がりすぎてしまい、あわや床に転げ落ちそうになる。理
誰よりも地獄を味わっていたのは、アイザック本人だった。ようやく本気で手に入れたいと思えるほどの美しい女性に出会い、あと一歩で自分のものになるはずだったのに。たった一夜の過ちで、その夢は完全に粉々に砕け散った。アイザックはどうしても諦めきれず、リチャードに泣きつき、何とかして西条家ともう一度交渉してくれと哀願した。「父さん、頼む!セアと結婚できるなら、どんな代償を払ったって構わないんだ!」ここ数日、何度も西条家に足を運んでは屈辱的な扱いを受け、ストレスが限界に達していたリチャードの堪忍袋の緒が、ついに切れた。リチャードは鼓膜が破れるほどの音を立ててテーブルを殴りつけた。上のティーカップがガチャガチャと跳ね回る。「お前はこれ以上、一族に泥を塗れば気が済むんだ!お前が女と絡み合ってる写真や動画が、世界中のネットにばら撒かれてるんだぞ!お前のような恥晒しのために、私がこれ以上どんな面を下げて西条の門を叩けというんだ!理人が我々を完全に潰さず、ビジネスの道だけは残してくれたのは、私のこれまでの顔に免じてのことだ。これ以上一言も口を出すな。もしまた余計なマネをすれば、ビジネスの縁まで完全に切られるぞ!」アイザックは父親の凄まじい剣幕に怒鳴りつけられ、顔を真っ赤にして反論しようとした。しかし、喉まで出かかった言葉は、リチャードの殺気立った目を前にして萎み、結局一言も発することができなかった。一方、西条本邸。ダイニングテーブルには、重苦しい空気が漂っていた。義治はナイフとフォークを置き、深い未練を含んだため息をついた。「ウィリアム家と強固な絆が結べると思っていたのだが。まさか、あんな結末になるとはな」理人は事後報告という形をとった。ウィリアム家に婚約破棄を叩きつけてから、事の顛末をすべて父親に報告したのだ。「だが、お前の決断は正しかった」義治は顔を上げた。「あんなスキャンダルを起こした男にセアを嫁がせれば、西条家は誰にでも足元を見られる底辺の家門だと笑い者にされるところだった」義治の頭の中にあるのは、セアが嫁ぎ先で幸せになれるかどうかでも、軽薄な男と結婚して傷つくかどうかでもない。ただひたすらに、西条家の体面と利益だけだった。義治は理人に冷徹な視線を向けた。「今回の縁談は白紙に戻った。だが、休んでい
翌朝。アイザックはソファの上で目を覚ました。頭が割れるように痛く、意識はまだ二日酔いの靄に包まれていた。昨夜自分が何をしたのかを思い出す間もなく、父親から雷が落ちたような怒声の電話がかかってきた。今すぐ帰ってこい、という絶対の命令だった。心臓が嫌な音を立て、最悪の予感が背筋を駆け抜ける。アイザックは慌てて本邸へと車を走らせた。リビングに踏み込んだ瞬間、父親のリチャード・ウィリアムが向かって新聞を激しく投げつけた。新聞は床に散らばり、その一面トップには、昨夜のクラブでの生々しい盗撮写真がデカデカと掲載されていた。写真の中の彼は顔を真っ赤に紅潮させ、左右の腕にそれぞれホステスを抱き寄せ、だらしなく淫らな姿を晒していた。ネット上でも、すでにこのスキャンダルは炎上し、制御不能なスピードで拡散されている。西条家とウィリアム家の政略結婚が発表された直後に、花婿がこんな下劣なスキャンダルを起こしたのだ。世間が食いつかないはずがない。メディアはこぞって扇情的な見出しをつけ、もはや火消しなど不可能な状態に陥っていた。リチャードは怒りで全身を震わせ、ウィリアムを指差して怒号を響かせた。「お前という奴は、なんてことをしてくれたんだ!婚約式まであと一日というこの時期に、水商売の女とあんな写真を撮られるとは!ウィリアム家の顔に、これ以上ない泥を塗ってくれたな!」アイザックは床に落ちた新聞の写真を呆然と見つめ、何が起きているのか理解できず、ただうわ言のように呟いた。「おかしい……昨日の夜、俺が見たのは確かにセアだったんだ。どうして他の女にすり替わってるんだ……?」「まだそんなふざけた言い訳をする気か!」リチャードの怒りは頂点に達した。「セアお嬢様は厳格な西条の箱入り娘だ。そんな深夜にクラブなんぞに足を運ぶはずがないだろう!お前が酒に飲まれて下半身のコントロールもできなくなった挙句、こんな見え透いた嘘をつくとは、どこまで恥知らずなんだ!」怒鳴りつけられ、アイザックは首をすくめるしかなかった。確かに昨夜は飲みすぎた。細部の記憶は飛んでしまっており、自分がどうやってあの女を抱いたのかすら思い出せない。言い返す言葉がなかった。さらに説教を続けようとした時、執事が血相を変えて飛び込んできた。「旦那様、西条グループの理人様
セアは首を横に振った。瞳に、果てしない迷いと孤独が広がる。「まだ決めてないわ。西条家から、理人から逃げ出せるなら、世界のどこだって構わない」すべてを失ってでもただ逃げたいと願うその姿に、静奈の胸が激しく痛んだ。慰めの言葉を探したが、どれもひどく薄っぺらく感じられた。助けたいと心から願っても、自分にできることはあまりにも少なく、残酷な運命を根本から変える力などないのだ。静奈はその手をしっかりと握りしめ、真っ直ぐに言った。「先輩。これから先、もし私にできることがあれば、絶対に一人で抱え込まずに教えてくださいね」セアは頷いた。目頭が微かに熱くなったが、すぐに瞬きをして涙の膜を散らし、強引に元の冷ややかな表情を取り繕った。「さあ、戻りましょう」これ以上長く二人で姿を消していれば、理人に疑念を抱かせかねない。二人は再び、煌びやかな光と偽りの笑顔が渦巻く宴会場へと足を踏み入れた。……パーティーから数日後。ウィリアム家が正式に西条本邸を訪れ、婚約の日取りを具体的に進めたいと申し入れてきた。アイザック本人がセアにすっかりご執心であり、この結婚に極めて前のめりになっていたのだ。ウィリアム家としても、西条グループとの強固な結びつきは願ってもない話だった。一族の重大な政略結婚ということもあり、すでに引退した義治がわざわざ理人を本邸へ呼び戻し、話し合いの場を持った。ウィリアム家は最大限の誠意を見せ、「婚約式は一週間後に執り行いたい」と自ら提案してきた。義治はこれを聞いてすっかり上機嫌になり、その場で快諾しようとしたが、ふと隣に座る理人に視線を向けた。「理人、お前はどう思う?」理人はティーカップを手にしたまま、表情一つ変えなかったが、腹の底では煮えたぎるような殺意が渦を巻いていた。セアをあの男にくれてやるなど、絶対に認めない。だが、この政略結婚はもともと両家で合意されていたことだ。自分が実権を握ったばかりの不安定なこの時期に、明確な理由もなく一方的に婚約を破棄すれば、ウィリアム家を完全に敵に回すことになる。父親を納得させる口実もない上、西条の今後のビジネスにも深刻な打撃を与えかねない。理人は沈黙の中で、冷酷にすべての盤面を計算し尽くし、ゆっくりと口を開いた。「ウィリアム家がそれほどの誠意を見せてく