LOGINアリーナの視点長い道のりだった。それでも、私はどうにか辿り着いた。大使館から、私の小さなアパートまで。自分の世界が完全に崩れ落ちてしまった人間には、空があまりにも広く感じられる夜だった。建物に着いた頃には、もう夜の九時を過ぎていた。脚は強張り、足は痛い。頭もズキズキしていた。今日聞かされたこと。そして、どうすることもできなかったこと。その全部が頭の中を駆け巡っていた。このアパートだって――明日には、もう私のものじゃない。階段を上りながら、その事実が胸を痛いほど締めつけた。鍵を取り出し、ドアを開ける。部屋は静まり返っていて、かすかに埃の匂いがした。私は後ろ手にドアを閉め、そのまましばらく背を預けた。ゆっくり息を吸う。そして、吐く。そうすれば、この重圧に押し潰されずに済む気がした。「一晩だけ……」自分に言い聞かせるように、私は小さく呟いた。「今夜だけ、乗り越えればいい」バッグを床に落とし、浴室へ向かって重い身体を引きずった。自分の身体じゃないみたいに、何もかもが重かった。今、私が欲しいもの。いや――必要なものは一つだけだった。熱いシャワー。筋肉に染みついた痛みを少しでも和らげるもの。頭の中の考えを全部、洗い流してくれるもの。私は服を一枚ずつ脱ぎ、タイルの床へ落としていった。そして蛇口をひねる。すぐに小さな浴室が湯気で満たされていく。私は浴槽に身体を沈めた。熱が全身を包み込む。その瞬間、今日初めて、肩の力が抜けた。私はゆっくりと身体を滑らせ、背中を冷たいタイルに預けた。膝を胸元まで引き寄せる。目が熱くなった。でも、もう泣くつもりはなかった。泣くことには、もう疲れた。弱い自分にも疲れた。自分の存在そのものが間違いだったように感じることにも、疲れた。どれくらい、そこにいたのか分からない。もう時間なんて、どうでもよかった。そのとき――コン。目が一気に開いた。心臓が激しく跳ね上がり、肋骨に叩きつけられる。私は息を止めた。こんな時間に、誰が来るの?最初に浮かんだのはベッカだった。考えただけで胃がねじれる。会いたくない。謝罪もいらない。言い訳も聞きたくない。ただ、一人にしてほしかった。再びノックが響いた。今度は、もっと大きく。もっと強く。私はびくりと肩を震わせた。
エドリックの視点来るべきじゃなかった。バーの中には、汗と古びたビール、それから絶望の匂いが充満していた。祝うためじゃない。忘れるために酒を飲むような人間が集まる場所。……俺には、ちょうどいいのかもしれない。この店を選んだのは、貧しい地区の奥深くにあって、誰にも俺だと気づかれないと思ったからだ。制服もない。期待もない。「家名を危険に晒した」なんて、父親に説教されることもない。神よ。今日、父が俺に向けてきた言葉が、頭から離れない。無謀。無責任。家を危険に晒した。本当に、父は俺をそんな人間だと思っているのか?ここまで俺が何をしてきたかも知らずに?何を犠牲にしてここまで来たのかも?レオナルドを拘束するために、自分の命まで懸けたことさえ?「よくやったな、エドリック」の一言すらなかった。何もない。ただ、責められただけだ。俺はグラスをもう一度煽った。酒が喉を焼き、思わず顔をしかめる。俺はもともと酒を飲むような人間じゃなかった。でも最近は……酒のほうが、誰よりも俺を理解している気がした。琥珀色の液体を見つめ、その中に意識ごと沈み込んでいた、そのとき。テーブルに影が落ちた。女だった。艶やかな茶色の髪。緑色の瞳。その色は、アリアの瞳と……アリーナの瞳と、ほとんど同じだった。頭が理解するより先に、胸が締めつけられた。自信に満ちた仕草。どこかふざけたような、それでいて人をからかうような動き。アリーナによく似ていた。一瞬、本気で幻覚を見ているのかと思った。けれど、その女が笑った。あまりにも積極的で。あまりにも欲に飢えていて。あまりにも手慣れた笑みだった。……アリーナじゃない。間違いなく。「つらい夜なの?」女はそう言いながら、近すぎるほど身体を寄せてきた。香水の匂いが鼻を突く。俺は即座に拒絶した。「興味ない」女は俺の言葉など聞こえなかったかのように、くすりと笑った。指先でテーブルの上をなぞる。「ねえ、素敵な人。私なら忘れさせてあげられるわよ……」俺は椅子を勢いよく後ろへ引いた。「断った」苛立ちが背骨を這い上がってくる。アリーナじゃない。こいつは絶対にアリーナじゃない。そもそも、二人に共通しているものがあるとすれば、男を正気じゃいられなくする力くらいだ。ただし、その理由はまったく違
第67章アリーナの視点大使館を出た瞬間、熱気が借金でも取り立てに来たかのように、容赦なく私の顔を叩きつけてきた。太陽が馬鹿みたいに強い。鋭く、眩しく、肌を焼くような日差し。私は小さく舌打ちしたけれど、タクシーは呼ばなかった。呼ぶわけにはいかなかった。もう、そんな余裕はない。ビザの手続きが終わるまで、この惨めな国に丸々六か月も足止めされるのなら、一枚一枚のお金が大切になる。タクシー代だってそう。必要のない出費だって、全部。私は小さなバッグを握り直し、歩き続けた。六か月。六か月、隠れて暮らす。六か月、父に見つけ出されないよう願い続ける。出国できていないのは私のせいじゃないのに、見つかれば恥をかかされ、罰を受けるかもしれない。六か月、みんなが嬉々として壊していった人生を、もう一度作り直そうとする。その「みんな」の中には、私自身も含まれている。……最高。大使館の門が、背後で小さな金属音を立てて閉じた。私は静かな道をさらに歩いていく。足元の小石を蹴りながら、頭の中ではいつもの不安が渦を巻いていた。どこに泊まればいい?このお金はあとどれくらい持つ?ビザが下りる前にお金が尽きたら?もし……。もし、もし、もし――。身体の中全部が重かった。希望なんて、どこにもない。まるで世界全体が、私がどれだけ早く壊れるのかを待ち構えているみたいだった。考え事に夢中になりすぎて、車が目の前に来るまで気づかなかった。キキィッ!車が急停止する。私は反射的に後ろへ飛び退き、心臓が喉元まで跳ね上がった。滑らかな銀色のジープ。高級で、ピカピカで、この何もない通りにはあまりにも不釣り合いな車が、私の行く手を完全に塞いでいた。私は困惑して眉をひそめる。何なのよ……?運転席のドアが開いた。そして――今、一番会いたくない人間が降りてきた。リラ。艶やかなブロンドの髪は高い位置でポニーテールにまとめられ、頭にはサングラス。服装からして、全身が「高級品です」と叫んでいる。私は心の中で呻いた。当然だ。さっきの会話だけでも十分うんざりだったのに。もちろん、今日がこれ以上最悪になることだってある。私はすぐに腕を組んだ。胸の奥に苛立ちが熱く広がる。「今度は何の用?」リラが近づいてくる。その表情からは、何を考えているのか読み取れ
第66章エドリックの視点目を覚ますと、まだ喉の奥に酒の焼けつくような感覚が残っていた。まただ。オフィスのカーテンの隙間から差し込む朝日が、まるで俺に恨みでもあるかのように容赦なく突き刺さってくる。頭はズキズキと痛み、目は重い。胸も苦しかった。時間を確認する。午前10時07分。それなのに、俺はすでにウイスキーを半分ほど空けていた。……情けない。俺はボトルを引き寄せ、もう一杯グラスに注いだ。手がわずかに震えている。これだけ飲めば、もしかしたら記憶も黙ってくれるかもしれない。笑い声。くだらない冗談。言葉を交わした時間。そして、彼女を抱いたとき、その瞳に浮かんでいた表情。アリーナ。もう、どれが一番俺を苦しめているのかすら分からなかった。そのとき、ドアが勢いよく開いた。アドリアンが入ってきた。そして俺の姿を見た瞬間、足を止め、その顔をあからさまな嫌悪に歪めた。「本気か?」ドアを乱暴に閉めながら、彼が言った。「まだ朝の十時だぞ、エドリック」俺は気だるげにグラスを持ち上げた。「分かってる」「分かってないだろ」アドリアンは吐き捨てるように言うと、まっすぐ俺のデスクまで歩いてきて、手の届かない場所へウイスキーのボトルを奪い取った。「分かってるなら、こんな馬鹿げたことをしてる自分がどれだけ馬鹿なのか分かるはずだ」「返せ」「絶対に嫌だ」その声がオフィス中に響いた。アドリアンが俺に声を荒らげることなんて、今まで一度もなかった。俺たちは、物心ついた頃からずっと友人だった。「アドリアン……」「いい加減、目を覚ませ!」彼は怒鳴った。「最初からお前を騙してた女のために、自分の人生まで壊すつもりか? お前を弄んだ女だぞ。あの女は……」「やめろ」俺は静かに言った。顎に力が入る。だが、アドリアンは止まらなかった。「ウイスキーに溺れたところで何が変わる? 彼女が戻ってくるのか? それとも、彼女がしたことを全部なかったことにできるのか?」「アドリアン」もう一度警告する。声が危険なほど低くなる。それでも彼は引かなかった。両手をデスクにつき、身を乗り出す。「お前はこんなことをするような奴じゃない。自分の姿を見ろ。ボロボロじゃないか」俺は強く唾を飲み込んだ。何も答えなかった。……奴の言う通りだったからだ。そ
第65章アリーナの視点私は昨日と同じ服のまま、昨日と同じように、人生の残骸になったような気分でソファから重い身体を起こした。外になんて出たくなかった。でも、そうするしかない。私の人生が完全に崩れ落ちてしまう前に、何かしなければならなかった。何でもいい。とにかく、何かを。ドアを開けた瞬間――誰かに真正面からぶつかった。最悪。完璧。今の私に必要だったのは、まさにこれ。私はよろめきながら後ずさりし、文句を言おうとした。けれど、視界がはっきりして、その顔を見た瞬間――心臓が落ちたような感覚がした。ベッカ。元親友。くせのある髪を後ろで留めている。その髪型は、昔、私の家に泊まりに来ては私のお菓子を盗んでいた頃とまったく同じだった。柔らかくて、無邪気な瞳も同じ。何年も信じていた、あの子。私の背後でジェイソンと寝た、あの子。私は反射的に眉をひそめた。「アリーナ……お願い」彼女はそう囁きながら、私に手を伸ばしてきた。私は、その手に触れられることが火傷のように感じて、腕を勢いよく引いた。「触らないで、ベッカ」彼女の顔が曇った。「分かってる。分かってるわ。私が間違った。私がしたことは、本当にひどかった」「ひどかった?」私は笑った。そんな言葉じゃ足りない。「私が大丈夫か知りたいの? それとも、私の人生がどれだけ最悪なのか知りたいの?」私は彼女を睨みつけた。「それでジェイソンのところに行って、全部話すつもり? 二人で笑うの? お互いの話を比べたりして?」涙が込み上げてくるのを必死に堪えた。今の私には、もっと大きな問題が山ほどある。それでも、このことだけは、心の奥をずっと締めつけてくるものの一つだった。「アリーナ、違う――」「ベッカ、そこをどいて」声が震えた。それでも私は顎を上げた。「これ以上、私の人生をめちゃくちゃにしないで」彼女はまた私に手を伸ばした。まるで、自分に私へ触れる権利があるかのように、私の腕を掴もうとする。私は今度こそ、強く彼女を押し返した。「触らないで」低く吐き捨てる。「お願いだから……もう触らないで」「お願い――」私は、それ以上聞かなかった。彼女が私の名前を呼ぶ声を無視しながら、廊下を足早に進んだ。鼻の奥がツンと痛むのも無視した。今にも溢れそうな涙が目を焼くのも無視した
第64章エドリックの視点三日。平気なふりをし続けた、疲れ果てるほど惨めな三日間。三日間、遅くまで会社に残った。ほかに選択肢がなかったからだ。家に帰れば、自分のものではなくなった人生が待っている。三日間、違和感しかない屋敷へ重い足取りで戻った。三日間、俺を騙した女を恋しく思い続けた。あの屈辱によって、俺の存在そのものが揺さぶられてから三日。最悪だった。この感覚が嫌だった。アリアとアリーナが同じ顔をしていることが嫌だった。それなのに、二人を前にすると、俺の中のすべてがまるで違う反応をすることも。そして何より嫌だった。俺の子を身ごもっている女が、俺の子を宿しているその女が、俺の心が愚かにも求め続けている相手ではないことが。そんな自分が、たまらなく嫌だった。アリーナのことが憎かった。裏切りも。嘘も。俺をこんなにも情けなく、引き裂かれたような、そして……壊れた人間にしたことも。真夜中をとうに過ぎてから、俺は車を走らせて屋敷へ戻った。街は静かだった。世界は穏やかだった。なのに、俺の頭の中だけは、そんな平穏とは無縁だった。彼女の顔が頭に浮かぶたび、ハンドルを握る手に力が入った。涙。声。あの馬鹿みたいに頑固で、それでも必死に立ち向かおうとしていた姿。彼女は壊れていた。けれど、俺たち全員を壊したのも彼女だった。屋敷に到着すると、必要以上に強く車のドアを閉めた。家の中は静まり返っていた。全員、眠っている。それでいい。俺はゆっくりと階段を上った。一段進むたびに、身体が重くなっていく。胸が苦しい。頭の中は考えでいっぱいだった。寝室の前まで来ると、一度息を吐いてからドアを開けた。アリアがベッドに座っていた。起きていた。俺の姿を見た瞬間、彼女の顔がぱっと明るくなる。「エドリック! 帰ってきたのね!」彼女は駆け寄り、俺に腕を回した。その温もりが、腹の奥を殴りつけられたように感じた。嬉しかったからじゃない。むしろ、何も感じなかったからだ。俺は硬く頷いただけだった。唇を固く結び、無言のまま彼女の横を通り過ぎる。ジャケットを脱ぎ、ネクタイを椅子に置く。とにかく手を動かしていたかった。考えないために。けれど、アリアは俺についてきた。「エドリック、最近ずっと帰りが遅いわ」彼女は優しく言いながら、再び俺







