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出立までは最短で

last update Last Updated: 2025-07-19 16:25:42

王弟殿下はその顔から笑みを消して私を真っ直ぐに見つめて言う。

「俺があなたにどれ程、恋焦がれていたか、そして今どれ程までにあなたを愛しているか、あなたに分かって貰わないといけないね」

サファイアブルーの瞳が真っ直ぐに私を射抜く。そしてふわっと笑って言う。

「あの青二才と並べて貰っては困るな。それにこうは言いたくないが、俺はああいう女は嫌いでね」

一瞬だけ、嫌悪の感情がその瞳に混ざる。

「俺はあなたが良い。あなた以外に心を動かされた女性は居ないよ。あなただけが俺の心を支配出来る」

そして憂いを秘めた笑みを浮かべて言う。

「今までは叶わぬ恋だった、決して表には出してはいけない感情だったが、今はもう違う。正式に婚約もした。可能ならば今すぐにでも結婚してあなたを俺のものにしたいと思っているくらいだ」

切ない顔をしてそんな蜜語を…。

「こうしている今もあなたに触れたくて、抱き締めたくて、口付けて全てを奪いたくて仕方ないというのに」

そう言われて恥ずかしくて王弟殿下を見られない。

「ヴァロア嬢、いや、ジル」

名を呼ばれて驚いて顔を上げる。

「俺はもうあなたの婚約者だ。だから、王弟殿下などと呼ばずに名を呼んで欲しい」

王弟殿下は微笑んで言う。

「ほら、呼んでみて」

名を呼ぶなど。今までは絶対に許されなかった事だ。でも殿下の言う通り、今はもう私は婚約者という立場。

「テオ……様……」

殿下は急に立ち上がると私の元へ来る。そして私の顔を自分に向けるように上げさせる。

「失礼を許してくれ」

そう言って口付ける。ホンの少し舌が絡まり合う。唇を離すと殿下は私の足元に跪き、胸元から何かを取り出す。小さな小箱だった。殿下はその小箱を開ける。中にはアメジストをあしらった指輪が入っている。それを取り出し私の左手を取ると私の薬指にその指輪を収める。

「これは……?」

聞くと殿下は私の左手の手の甲に口付けながら言う。

「婚約指輪だよ、ジルの瞳と同じ色のアメジストで造らせた。」

そして私を見上げて言う。

「実はずっと前に造らせたものだ。いつか渡せたら良いと思っていた。口実など何でも良かった。俺が贈った物を身に付けて欲しかったから。こうしてこんな形でジルに贈る事が出来るなんて本当に夢のようだ」

そして微笑んで言う。

「婚約を受けてくれてありがとう。これからは俺がジルを守っていく。ジルを決して泣かせたりはしないし、不安にさせないよう心がけよう」

殿下は立ち上がると私の耳元に顔を寄せて囁く。

「ただしベッドでは泣かせてしまうかもしれないけれどね」

自分でも分かる程に顔が紅潮する。胸がドキドキして息が出来ない。殿下はそんな私を見て微笑み、私の頭を撫でる。

「すまない、ちょっと刺激が強過ぎたな」

そう言って歩き出し、自分の座っていた椅子を持って来て私の隣に置くとそこに座り、私の手を握る。

「次の食事からは二人がけの椅子を用意させよう。食事の間も片時も離れていたくは無いからな」

この方は…こんなにも甘い言葉を次から次へと……。

「殿…テオ様」

殿下は握っている私の手に口付けながら聞く。

「ん?何だい?」

殿下を見上げる。

「心臓がもちません……」

殿下はクスクス笑い、私の頭を撫でる。

「これくらい慣れて貰わないと困るな。これからはこれが当たり前になるのだから」

◇◇◇

食事が終わり、殿下と共に父の書斎へ行く。殿下が自分の名を記し、私はその下に自分の名を記す。

「これで成立だな」

殿下は嬉しそうにその書類を眺める。その書類には既に国王陛下、妃殿下の調印がされていた。

「もう既に調印が?」

聞くと殿下は笑って言う。

「昨日の夜のうちに兄に頼んだのさ。普通は婚約する者同士が名を記してそれを国王に認めて貰う事で調印されるが、まどろっこしい事は嫌いでね」

書類は二部あって互いの家で厳重に保管される。殿下は一部を胸元にしまい、私の手を取り口付ける。

「これから仕事があるから失礼するが、いつからうちに来られる?」

私に聞いているようで実はそうでは無い。父を見ると父はとても嬉しそうに微笑んでいる。

「なるべく早く、急いでお支度をしても3日程はかかるでしょうか」

殿下はあからさまにガッカリして言う。

「3日もかかるのか……」

すると父が言う。

「明日には出立させましょう」

驚いて父を見る。父は微笑んだまま言う。

「ヴァロアに不可能などございません。ですが愛娘ですので多少の支度はさせて頂きたい」

殿下はそれを聞いて納得したようだった。

「では明日、迎えの馬車をこちらへ手配する。それで宜しいか?」

父は満面の笑みで頷く。

「ハイ、殿下」

それからは上を下への大騒ぎだった。明日の出立に向けて双方の事務方の人間が連絡を取り合い、荷物の調整やら殿下の邸宅に向かう為の警備のお話やら…。私も侍女たちに持って行くドレスや宝飾品などの選定に駆り出された。

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