Share

狩りの準備

last update Last Updated: 2025-09-07 06:24:33

テオが眉間に皺を寄せて言う。

「あぁ」

溜息をつく。

「タイランは強い。こんな小さな針くらい刺さっても驚きはするが、制御出来る。だがブランエールはまだ経験が浅い。だから我を失ったんだろう」

ブランエール、私の愛馬……。ポロポロと涙が出て来る。

「泣くな、代わりの馬なら」

私はテオに抱き着く。

「代わりなんて言わないで……ブランエールはあなたが私にくれた馬なのよ?初めての私の馬だったのに……」

毎日、会いに行き、鼻を撫で、櫛で体を梳かしてやり、体を拭いて、お散歩もしたのに…。

「ごめん、そうだったな」

テオが私の背中を撫でる。

◇◇◇

「殿下と奥様が戻らないだと?」

厩者から聞いて俺は厩舎へ向かう。

「南のゲートから出て行ったんで、その奥の牧草地か、そのまた奥の森か」

厩者が言う。もう日が落ちている。その時。

「ブランエール!」

厩者が言う。ブランエールは奥様の馬だ。

「どうした、ブランエール……お前、奥様は?」

厩者が馬をなだめながら様子を見る。

「マドラスさん!これ!」

厩者が言う。

「どうした!」

馬に近付く。馬の後ろ足に何か刺さっている。それを引き抜く。

「…吹き矢か」

幸いにも麻酔や毒の匂いはしない。…となると。奥様と殿下が森の中という事か。

「全員、聞け!」

その場に集まっていた騎士団員たちに言う。

「奥様と殿下が迷われている可能性がある!日は落ちているが、これから志願した者のみ、馬に乗り、捜索を開始する!」

◇◇◇

このままここに残るか、タイランノワールに騎乗して帰るか。しかし、帰るには道が分からない。帰る予定の時間はとうに過ぎている。部下たちが動き出しているだろう。だとしたら、下手に動かない方が良い。火を起こして煙が上がっているからそれが狼煙代わりになるだろう。

それにしても。吹き矢は誰が仕掛けたんだ?最初のブランエールのいななきもきっと吹き矢のせいだろう。あの時、俺たちは走っていた。全力では無いにしても、それなりのスピードだった。馬を狙ったのか、それとも狙いは馬ではなく俺たちなのか。俺たちが狙いなら馬から降りた時に襲撃されている可能性が高い。やはり馬か。それでも人が乗っている馬を狙うなどとは。昔から馬狙いの賊は居たにしても、ここは俺の屋敷の目と鼻の先だ。こんなところに賊が出るなんて話は聞いた事が無いし、もし耳に入っていたら放ってはおかない。屋敷に戻
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~   狩りの準備

    テオが眉間に皺を寄せて言う。「あぁ」溜息をつく。「タイランは強い。こんな小さな針くらい刺さっても驚きはするが、制御出来る。だがブランエールはまだ経験が浅い。だから我を失ったんだろう」ブランエール、私の愛馬……。ポロポロと涙が出て来る。「泣くな、代わりの馬なら」私はテオに抱き着く。「代わりなんて言わないで……ブランエールはあなたが私にくれた馬なのよ?初めての私の馬だったのに……」毎日、会いに行き、鼻を撫で、櫛で体を梳かしてやり、体を拭いて、お散歩もしたのに…。「ごめん、そうだったな」テオが私の背中を撫でる。◇◇◇「殿下と奥様が戻らないだと?」厩者から聞いて俺は厩舎へ向かう。「南のゲートから出て行ったんで、その奥の牧草地か、そのまた奥の森か」厩者が言う。もう日が落ちている。その時。「ブランエール!」厩者が言う。ブランエールは奥様の馬だ。「どうした、ブランエール……お前、奥様は?」厩者が馬をなだめながら様子を見る。「マドラスさん!これ!」厩者が言う。「どうした!」馬に近付く。馬の後ろ足に何か刺さっている。それを引き抜く。「…吹き矢か」幸いにも麻酔や毒の匂いはしない。…となると。奥様と殿下が森の中という事か。「全員、聞け!」その場に集まっていた騎士団員たちに言う。「奥様と殿下が迷われている可能性がある!日は落ちているが、これから志願した者のみ、馬に乗り、捜索を開始する!」◇◇◇このままここに残るか、タイランノワールに騎乗して帰るか。しかし、帰るには道が分からない。帰る予定の時間はとうに過ぎている。部下たちが動き出しているだろう。だとしたら、下手に動かない方が良い。火を起こして煙が上がっているからそれが狼煙代わりになるだろう。それにしても。吹き矢は誰が仕掛けたんだ?最初のブランエールのいななきもきっと吹き矢のせいだろう。あの時、俺たちは走っていた。全力では無いにしても、それなりのスピードだった。馬を狙ったのか、それとも狙いは馬ではなく俺たちなのか。俺たちが狙いなら馬から降りた時に襲撃されている可能性が高い。やはり馬か。それでも人が乗っている馬を狙うなどとは。昔から馬狙いの賊は居たにしても、ここは俺の屋敷の目と鼻の先だ。こんなところに賊が出るなんて話は聞いた事が無いし、もし耳に入っていたら放ってはおかない。屋敷に戻

  • 始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~   吹き矢

    草原に出る。遠くには森が見える。「少し走らせてみるか」そう言われて頷く。馬が走り出す。テオは私と並走している。風を切って走るのは気持ちが良い。あっという間に森の入口に到着する。馬の手綱を引いたその時。◇◇◇ジルと馬を走らせる。ジルに並走しながらジルと共に笑い合う。もう少しで森の入口にさしかかろうとした、その時だった。何か光る物を視界の端に捉えた、次の瞬間、ジルを乗せていたブランエールが急にヒヒーンといななき、その前足を高く上げ、暴れ出した。「ジル!」ジルは驚いているのか、振り落とされないように手綱にしがみつく。ブランエールがジルを乗せたまま走り出す。「待て!ブランエール!」俺はタイランノワールを走らせて追いかける。「ジル!捕まっていろ!今、行く!」森の中を蛇行するように走り抜けるブランエールを追いかける。ブランエールに追いつき、ジルに言う。「ジル、手綱を……」その瞬間、今度はタイランノワールが急にいななき、前足を上げる。「クソッ……!」俺は手綱を引き、タイランノワールを落ち着かせる。「ジル!」ブランエールはジルを乗せたまま走っている。「タイラン!行け!」タイランノワールがまた走り出す。◇◇◇「……ジル、ジル。」誰かが私の名を呼んでいる。「ジル!」ハッとする。目の前にはテオが居る。「テオ……」テオは私を抱き締めて言う。「あぁ、良かった……」辺りを見回す。森の中だった。テオの良い匂い。安心する……。全身の力が抜ける……。◇◇◇すんでのところでジルを助け出した。タイランノワールで追いついた俺はブランエールの手綱を引こうとした。その瞬間にジルがブランエールから落ちかける。俺はタイランノワールを寄せてジルを抱え込み、馬を止めた。ジルは気絶していて、俺は馬から降りてジルの様子を見た。ジルに呼びかけ、一旦はその声で目を覚ましたが、俺の顔を見て安心したのか、また気を失った。タイランノワールは俺の傍に立ち、俺の背中に鼻を擦り付けている。「あぁ、良くやった。偉いぞ、タイラン」撫でてやる。でもおかしい。急にあんなふうにいななくなんて。とりあえずジルを抱き上げ、俺は辺りを見回した。ここはどの辺だろうか。休めそうな場所を探す。タイランノワールは手綱を引かずとも俺に付いてくる。少し開けた場所に出る。日が落ちかけている。どうするか。

  • 始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~   ブランエールとタイランノワール

    ジルを見る。「嫌だった?」聞くとジルは首を振る。「でもテオに触れなくて、切なかった……」そうか、そうだよな、と思う。「それじゃ次は目隠しだけにしようか」ジルが少し膨れて言う。「次はテオが目隠しよ」◇◇◇その日から一週間、俺はずっとジルにプレゼントを贈り続けた。花やドレス、宝飾品や靴、そして最終日……「どこへ行くの?」ジルの手を引いて歩く。「まだ内緒だよ」俺がジルを連れて来たのは厩舎だ。「支度は出来てるか」俺が聞くと厩者が頷く。「はい、殿下」厩者が連れて来たのは真っ白な芦毛の馬。「この子は大人しくて優しいんだ。この子ならジルでも乗れるよ」その子の鼻を撫でてやる。ジルが驚く。「私が乗るんですか?」俺は笑う。「あぁそうさ。俺からのプレゼントだ」最初は俺が乗り、ジルを相乗りさせた。体高が高く、見晴らしが良い。ジルはとても喜んでくれた。「この子の名前は何です?」聞かれて俺は言う。「ジルが決めるんだよ」ジルは驚いて、それでも嬉しそうに考える。「そうね……ブランエールなんてどうかしら」ジルらしい柔らかい名だ。「良い響きだな。意味とかあるのかい?」聞くとジルは馬体を撫でて言う。「白い翼よ」馬から降りて、降りて来るジルを受け止める。ジルを立たせるとブランエールはジルの肩に鼻を寄せる。「撫でて欲しいみたいだな」ジルがブランエールの鼻を撫でると、ブランエールは気持ち良さそうに目を閉じる。「この子、本当に優しいのね」ジルが言う。「奥様にだけですよ」厩者が言う。「私にだけ?」ジルが驚いて聞くと厩者が笑う。「ソイツは自分が気に入った相手じゃなきゃ、乗せません。私だって乗った事無いんです」ジルが俺を見上げる。「でもあなたは乗せたわね」すると厩者がまた笑う。「殿下は特別です。殿下に歯向かう馬なんて居ません。馬は頭が良いんです。だからすぐに相手を見抜く」そしてブランエールに近付いて言う。「良かったなぁ、ブランエールなんて良い名前貰えて」ブランエールはブルルルルとまるで返事をするように唸る。◇◇◇厩舎からの帰り道、ジルと手を繋いで歩く。「ジルは一人で馬に乗れるかい?」ジルが微笑む。「えぇ、もちろん乗れるわ。ヴァロアに居た頃にレッスンを受けたもの」俺は微笑んでジルに聞く。「じゃあ遠乗りは?」

  • 始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~   欲望の手枷

    言われてテオを見る。テオは微笑んで立ち上がり、私の手を引く。連れて行かれたのはお風呂。お風呂の隅に立つとテオがガウンの紐を解く。「ジルが前に見たいって言ってただろ?だから見せてあげるよ」テオはそう言って私を見て微笑む。「しゃがんで」そう言われてしゃがむ。目の前にはテオのそれがある。テオは自分でそれを掴むと言う。「見られてると恥ずかしいな」そう言いながら天を仰ぐ。「……出るよ、ジル」言われて視線を戻す。テオの半勃ちのそこからそれが溢れて来る。ジョロジョロと出されるそれを目の当たりににする。あぁ、すごい、出てる……。テオは私の頭を撫でている。出し終わると雫が垂れる。◇◇◇「そんな顔するな……」ジルはとろけてしまいそうな顔をしている。「食べたいのかい?」聞くとジルが頷く。「良いよ」言うとジルがそれを口に含む。「あぁ……」天を仰ぐ。いやらしい格好で俺の前に跪いて、こんな事…ジルの頭が艶めかしく動く。ジルの頭を撫でながら腰が動いてしまう。「はぁ……はぁ……んっ……」ジルの手が俺のそれの根元を握り、しごく。「あぁ……ジル……イキそうだよ……」そこにグンと力が入る。ジルの口からそれを引き抜き、それを握ってしごく。「見ていて、ジル……出すとこ、見ててくれ……」動きを早める。「あっ……ジル……」ドピュッと噴き出す白濁液。ジルはそれを見ている。あぁ、見られている、自分でしごいて出すところを見られている……白濁液が糸を引いて垂れる。息を切らしてジルを見る。ジルはペタンと座ってしまう。それを見て微笑む。俺はそんなジルを抱き上げる。◇◇◇お湯で軽く流した足を拭いてやり、ジルに囁く。「目を閉じて……」ジルが目を閉じる。俺はスカーフを出してジルに目隠しする。「テオ……?」ジルが不安がらないようにジルの手に触れる。「大丈夫」そう言ってジルを抱き上げ、ベッドに上がる。ジルを座らせて言う。「両手を出して」ジルは言われるがまま両手を出す。ジルの手首にタオルを巻く。そして、用意してあった革のベルトをその上から巻いて固定する。「寝かせるよ」そう言ってジルを寝かせる。「両腕を上げて」ジルが両腕を上げる。ベッドヘッドにある飾り穴にベルトを通して固定する。「痛くない?」聞くとジルが頷く。ギシギシと革が軋む音がする。口付ける。舌を絡

  • 始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~   秘密の贈り物

    ノックがしてメアリーが現れる。「お呼びですか、奥様」入口に立っているメアリーに言う。「そうなの、ちょっとこっちへ来てくれる?」私の座っているソファーにメアリーが近付く。「ここへ座って」すぐ横をトントンと叩く。メアリーが遠慮がちに座る。「何でしょう」メアリーが聞く。入口にはギリアムが立っていて、含み笑いをしている。「あのね、メアリー。あなたに渡したい物があるの」そう言って包みを出す。メアリーは包みと私を交互に見て聞く。「これは……?」聞かれて私は微笑む。「あなたによ、メアリー」途端、メアリーは息を飲む。「私に?」メアリーの手にそれを載せる。「開けてちょうだい」言うとメアリーが包みを開ける。中には眼鏡用のチェーンが入っている。「奥様……」メアリーの目にはもう涙が溜まっている。「あなたにはいつも助けて貰っているもの、テオも私もね。この御屋敷の侍女たちを纏め上げてくれているあなたに、感謝を込めてね」メアリーの肩を撫でる。メアリーが俯いて肩を震わせる。「泣かないで、貰い泣きしそうだわ」「アンを呼んでくれる?」言うと二人が微笑む。「はい、奥様」二人とも新しい眼鏡チェーンがよく似合っている。ギリアムには黒い鎖のものを、メアリーには金細工のものを贈った。パタパタと足音がしてアンが現れる。「奥様、お呼びでしょうか」アンはまだ若い。私とそんなに歳も変わらない。子爵家の令嬢だけれど、ここへ奉公しに来ている。「アン、ちょっとこっちへ来て」アンは私の傍まで来る。私は立ち上がってアンの前に立つ。ここの侍女の服はちょっと特殊だ。普通一般的には黒の侍女服なのだが、ここは濃紺。色だけで王弟に仕えていると一目で分かる。普通、装飾品などは付けないのが一般的だけれど、出自の家柄が高い者は首元などにブローチを付けたりする。この屋敷にも何人か、そういう侍女が居るけれど、アンは違った。私はアンの首元にアメジストをあしらったブローチを付ける。「奥様、これは……?」アンが聞く。私は微笑んで言う。「あなたがここで私に仕えているという証よ。これを付けていれば、どこへだって行けるわ。私の侍女なのだから」アンはポロポロと涙を零して泣く。「奥様……」アンを抱き締める。「泣かないで。あなたにはこれからもっと頑張って貰うんだから」◇◇◇ジルのプレゼ

  • 始まりは婚約破棄~王弟殿下の溺愛~   それぞれの贈り物

    屋敷に戻る。たくさん見て回った筈だけど、まだお昼だった。昼食にテオが戻って来る。「街は楽しかったかい?」聞かれて頷く。◇◇◇「えぇ、とても。それでね、あなた」あなたと呼ばれてドキッとする。「ん?何だい?」聞くとジルは微笑んで俺に何かを差し出す。それはプレゼントの包みだった。「これは……?」聞くとジルが言う。「あなたに。開けてみて」俺は包みを開ける。中には青い革の手袋が入っていた。「ほぅ、青か、珍しいな」ジルがワクワクした様子で言う。「付けてみて」言われて手袋を付ける。柔らかく、それでいてしっかりとした作りだ。職人の腕が良いんだろう。「どうだい?似合うかい?」聞くとジルはうっとりしている。「似合うわ、とても……」そんなジルに微笑んで、俺は手袋を付けたまま、ジルの顎に手を添えて顔を上げさせる。「こういうふうに使うんだろ?」顔を近付けて言うとジルが言う。「そうよ」そのまま口付ける。口付けたままジルのうなじに手を回す。革の音がする。◇◇◇ジルは街での買い物について話してくれた。まだ渡していないから内緒にしてくれと。そんなふうに言うジルが可愛くて仕方ない。「で、君自身のものは買ってないのかい?」聞くとジルは微笑む。「私のは良いの」そして俺を見上げて言う。「あなたがくれる物以外、欲しい物なんて無いもの」そう言われて微笑む。「そうか。なら街ごと買ってやる。国でも良いぞ?」言うとジルが俺をホンの少し押す。「もう!そんな事言って!」笑ってジルを抱き寄せる。◇◇◇仕事に戻って行くテオに付いて行く。途中でテオの侍従であるダイナスとノリスが合流する。私は二人に錫製のマントの留め具をプレゼントする。二人とも飛び上がりそうな勢いで喜び、その場で付けてくれた。詰所に行くと参謀のマクリー卿と団長補佐のマドラス卿が居た。その二人にもプレゼントを渡す。「頂いても宜しいのですか!」マクリー卿が聞く。「あぁ、構わない。ジルが選んで来たんだ、貰ってくれ」テオがそう言うと二人とも震える手でプレゼントを開ける。中にはルビーをあしらったマントの留め具がある。「これは!」「何と!」二人とも言葉を失い、感動しているようだった。「す、すぐにでも……いや、家宝にするべきか」マクリー卿が言う。私は笑う。「すぐに使って頂けるかしら

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status