LOGIN承也の漆黒の瞳に、鋭い光が走った。彼は微かに片眉を吊り上げ、問う。「どれくらい優秀なんだ?」莉奈は普段、他人の威を借りて威張るような人間ではない。それなのに今は、ほとんど反射的に言葉が口をついて出た。「あなたよりずっとね」その声には、ほんの少しだけ得意げな響きが混じっていた。彼女が口にした「先生」という男が本当にそこまで凄い人物なのだと、思わず信じてしまいそうになる言い方だった。だが、承也はそれが気に食わなかった。――こいつの目には、自分以外の男が皆、自分より優れているように映るか。承也が何か言い返そうとした、まさにその時。暗い林の奥から、微かな物音が響いた。この一帯には、上空のヘリから放たれるサーチライトの光が枝葉の隙間からまだらに差し込み、周囲の様子をぼんやりと浮かび上がらせている。承也の眼光が、一瞬にして殺気を帯びた。莉奈の脚を支えていた腕の力がふっと緩められ、莉奈は承也の背中からずるりと滑り落ちる。足が地面に着く暇もなく、承也は彼女をその腕の中へすっぽりと抱き込んだ。莉奈の顔は、雨で冷え切った承也の胸に押し付けられ、外の様子は何も見えなくなった。直後、一発の鋭い銃声が響き渡る。莉奈は承也に抱きかかえられたまま素早く後退し、やがて背中が太い木の幹にぶつかった。承也が発砲しながら、彼女を大木の後ろへと隠したのだ。「敵が多かった?それとも、今の銃弾、避けられたの?」莉奈は承也の胸に顔を埋めたまま動かず、小声で尋ねた。承也がここまで警戒して身を隠す理由は、その二つしか思い浮かばなかったからだ。頭上から、少し冷酷さを帯びた男の声が降ってくる。同時に、大きな手が莉奈の後頭部をなだめるように優しく撫でた。「避けられた。相手は佐藤颯太だ」莉奈は息を呑んだ。承也の口ぶりからして、彼も「佐藤颯太」という存在をすでに把握しているのは明らかだった。「彼は……?」「悠斗の双子の弟だ。奴は悠斗になりすまして美月を連れ去り、刑務所にまで乗り込んで尚南を連れ出した」――やはり。あの二人は兄弟だったのだ。しかも、双子。莉奈は、事態がそこまで複雑に絡み合っているとは知らなかった。悠斗と颯太。二人はあまりにも似すぎている。顔立ちだけでなく、声のトーンまで、ほとんど同じだった。もし、悠斗という人間の
美月は、泥にまみれたその服を地面から拾い上げた。怒りでこわばった指先が、布地に穴を開けてしまいそうなほど力強く握りしめられている。見間違えるはずがない。今日、莉奈が着ていたのは間違いなくこの上着だ。莉奈お気に入りのブランド品で、安いものではない。幼い頃から何不自由なく育ち、七歳までは両親の愛情を一身に受け、それ以降は椎名邸の令嬢として迎えられた莉奈にとっては、一般人が普段着を買うのと何ら変わらない感覚の品だった。何年経っても、莉奈の服の趣味や雰囲気はほとんど変わっていない。美月はまだ現実を信じたくないように、服を顔に近づけた。布地から、淡い香水の匂いが鼻腔をかすめる。間違いない。莉奈のものだ。上着は雨水をたっぷりと吸い込み、手に持つとずっしりとした重みがあった。それは絶望と嫉妬で鉛のように重く沈んだ、今の美月の心と同じ重さだった。美月は爆発が起きる直前の光景を頭の中で思い返した。あの時、莉奈は確実にこの上着を着ていた。爆発の衝撃波だけで、莉奈の服が脱げてこの林の奥まで吹き飛ばされてくるはずがない。ならば、なぜ莉奈の上着がここにあるのか。答えは明白だった。――莉奈は死んでいない。死んでいないんだ。あいつは無事に崖からこの林の中へ這い上がったのだ。だが、いくら雨で濡れそぼっていたからといって、この危機的状況で莉奈が自ら上着を脱ぎ捨てる理由はない。誰かが彼女から濡れた服を脱がせ、体温を奪われないよう別の服を着せでもしない限り。では、その「誰か」とは一体誰なのか。誰がそこまでして、莉奈を大事に守ろうとするのか。美月はわなわなと震える歯を強く食いしばった。両目の縁が一気に赤く充血し、悔し涙がとめどなくこぼれ落ちる。――二人とも生きている。莉奈も承也も、死んでなんかいない。しかも二人は、私と同じようにこの林の中へ逃げ込んでいるのだ。まだそう遠くへは行っていないはずだ。莉奈と承也がすぐ近くにいると気づいた瞬間、美月の全身の血が再び殺意でドクドクと煮え滾った。あの二人を見つけ出す。そして今度こそ、必ず莉奈を殺す!けれど、二人がどちらの方向へ向かったのか、美月には分からなかった。これほど広大な林の中で、人の背丈ほどある荒草が生い茂り、足元の獣道すら判然としない。一歩一歩、勘を頼りに
一方その頃、冷たい雨が、崖の暗い岩肌を静かに洗い流し続けていた。爆発の凄まじい衝撃波で吹き飛ばされ、崖を転がり落ちていく途中で、美月は気を失っていた。意識を取り戻した時、彼女の体は崖の中腹から突き出た岩の隙間に奇跡的に引っかかっていた。冷たい雨が容赦なく全身を打ち据えている。重い瞼をこじ開けると、遥か頭上の山頂では依然として激しい銃撃戦が続いており、ヘリコプターのローター音が耳をつんざくような轟音を立てていた。上空のヘリから放たれる強烈なサーチライトの光が、雨粒を乱反射させながら美月の網膜を突き刺す。それでも彼女は眩しさに目を細めるどころか、狂気を孕んだ瞳をさらに大きく見開いた。美月はゆっくりと片手を持ち上げ、雨水に洗い流されて血の色が薄くなった手の甲の銃創を、まじまじと見つめた。――そうよ。洗い流せばいい。きれいに洗い流してしまえば、何も起きなかったことにできる。承也はどこへ行ったのだろうか。爆発が起きた瞬間、私は莉奈を殺すために彼らへ向かって飛びかかっていた。私たちも一緒に崖へ落ちたはずなのに。上を見上げると、転落の起点となった山頂は遥か高い場所にあった。美月は這いつくばるようにして岩棚にしがみつき、恐る恐る下を覗き込む。そこには底なしの深淵が大きく口を開けており、這い上がってくる冷たい奈落の風に、彼女の顔からはさっと血の気が引いた。――まさか、承也と莉奈はあの底まで落ちてしまったのだろうか。そう考えた瞬間、美月の心はどこか一部がぽっかりと空洞になったような喪失感を覚えた。その時、頭上を旋回していたヘリが一機、高度を下げて崖の方へと向かってきた。承也の手配したヘリなのか、風牙のものなのかは分からない。――風牙のヘリなら、まだいい。奴は私が握っている情報を欲しがっているのだから、必ず私を助け上げるはずだ。けれど、もし承也のヘリだったとしたら、見つかった瞬間に捕縛され、力ずくで引き戻される。このまま捕まるわけにはいかない。もし承也が死んでしまったのなら、私が生き延びる意味などないのだから。いや、違う。承也もきっと私と同じように、こんなところで死ぬ運命ではないはずだ。そうだ。彼は昔から強運の持ち主だ。どんな絶望的な危機に陥っても、必ず無事に切り抜けてきた。今回だって例外ではないはず。今、美月が
承也が「背負う」と言ったのを聞き、莉奈は反射的に半歩後ずさった。だが、その手首は男に強く握られたままだ。二人の間にはまるで、見えないゴム紐でも結ばれているかのようだった。莉奈が後ずさった途端、承也はぐいと彼女を引き戻した。そして空いた手を伸ばし、莉奈の額に刺さりそうになっていた木の枝を払いのけた。「初めて背負われるわけじゃあるまいし」承也はからかうようにそう言うと、莉奈を引き寄せ、彼女に背を向けてしゃがみ込んだ。莉奈の手首を握っていた手を放し、そのまま後ろに回して彼女の腰や背中に触れて促す。莉奈はびくっと肩を揺らし、両手で承也の広い背中を押し返そうとした。「いいって言ったじゃない」だが、その背に触れた瞬間、彼女は彼の服がすでにすっかり濡れそぼっていることに気づいた。それも当然だった。ここまで歩いてくる間、雨は空からだけでなく、頭上の枝葉からも絶え間なく滴り落ちていたのだ。莉奈は防水性のマウンテンパーカーを着ているため、雨粒はフードや肩を伝って滑り落ち、内側の服までは染み込んでこない。しかし、今の承也が着ている薄手のトップスに防水性などない。莉奈の手のひらが彼の背中に触れても、冷たく濡れた感触があるだけで、以前のような温もりは微塵も感じられなかった。それでも承也は、寒いなどとただの一言も口にしなかったのだ。自分の背中を押す莉奈の手がこわばったのを感じ取っても、承也は意に介さない様子で言った。「俺は平気だ。乗れ」冷たい雨だれが枝から彼の肩に落ち、小さく弾けた。莉奈の指が、ためらいがちにぎゅっと丸まる。やがて、喉の奥から絞り出すような小さな声が漏れた。「……うん」莉奈がそっとその背に身を預け、両腕を彼の首に回すと、承也は軽々と立ち上がった。片腕を後ろに回して莉奈の膝裏をしっかりと支え、もう片方の手には銃を構えている。雑草が生い茂り、ぬかるんで凹凸の激しい林の中を、承也はまるで平地を歩くように進んでいく。足取りは速く、それでいて驚くほど安定していた。頭上の枝さえ邪魔にならなければ、このまま自分を背負って走り出すことすらできるだろうと、彼女は確信した。その背に張り付いていても、激しい揺れはほとんど感じない。枝から雨粒が滴る音が断続的に響く。水滴は莉奈のフードや背中に当たり、防水生地を伝って地面へと
悠斗は立ち上がって二丁の銃を手に取り、一丁を腰のホルスターに収めると、もう一丁を構えたままヘリのハッチへと向かった。ヘッドセットのマイクに向かって短く命じる。「援護しろ」ハッチを開け放ち、降下用ロープを掴むと、悠斗はためらいなく地上へと滑り降りた。彼がロープから手を放すと同時に、ヘリは承也が転落した崖の方向へ向かって飛び去っていく。悠斗は周囲へ牽制の銃弾を放ちながら、颯太が逃げ込んだ山林へと足を踏み入れた。その途中、承也が落ちた崖の方向を鋭く一瞥する。――社長一人であれば、あの程度の崖など造作もない。だが問題は、莉奈を守りながらだということだ。それだけで状況は何倍も困難なものになる。この山林は腰の高さまで雑草が生い茂っており、先ほど越えてきた東安市境界の荒れ山よりも、さらに足場が悪かった。ここは南北の境界に近い。南部の気候の影響を色濃く受けて植生が鬱蒼としており、ここ数日の暖かさも相まって、春の植物が異様な勢いで蔓延っていた。再び小雨がぱらつき始め、冷たい雨垂れが枝葉の隙間から落ちてくる。承也は莉奈の雨に濡れた上着に触れ、背中側へそっと手を差し入れて中を確かめた。幸い、雨水はまだ内側の服までは染み通っておらず、肌には温もりが残っている。承也はためらうことなく莉奈の上着のファスナーを下ろし、それを脱がせると、自分たちが進むのとは逆の方向へ囮として投げ捨てた。続けて、自身が着ていた防水性のマウンテンパーカーと、その下に着込んでいた防弾ベストを素早く脱ぎ去る。そして莉奈の腕を引き寄せ、自らの手で彼女に防弾ベストを着せた。アジャスターを一番きつく締めても、莉奈の華奢な体にはまだ少し隙間があった。「少し大きいが、ないよりマシだ」その上からマウンテンパーカーを着せ、すっぽりとフードを被せる。さらに自分のポケットから暗視ゴーグルを取り出し、莉奈の頭に装着させた。これで、どれほど雨足が強まろうとも、体温を奪われることはない。莉奈は、薄手の黒いトップス一枚になった承也を見つめた。逞しい上半身を包む薄い布地越しに、彼が腕を動かすたびに引き締まった筋肉が隆起し、男性的な力強さが滲み出ている。「雨に濡れたら、冷えるわ……」莉奈の声は、不安げに少しかすれていた。銃を握り直していた承也の手が一瞬ピタリと止まり、
莉奈は、キスを落とされた額に熱い感触が残っているのを感じた。無意識に手を上げてこすろうとしたが、その直後、承也は彼女の腰から手を離し、大きな手で莉奈の小さな手をしっかりと握り直した。莉奈の手は氷のように冷え切っていたが、承也の手は力強く温かかった。「一、二、三!」承也の強靭な腕で空中へ投げ上げられた瞬間、莉奈の手を固く握っていた温もりがふっと消えた。莉奈は向かい側の林の縁へと投げ飛ばされた。咄嗟に垂れ下がる蔦を必死に掴み、預かった銃を口にくわえ、泥だらけになりながら手足を使って崖をよじ登った。ようやく林の地面へと這い上がった、まさにその時。背後で太い木が裂ける音と、大量の土砂が崩れ落ちる凄まじい轟音が響いた。口から外して握り直した銃を持つ手がピタリと止まる。全身の血が凍りついたかのように、胸の奥で心臓がドクンと嫌な音を立てた。目の前が一瞬、真っ暗になる。莉奈は弾かれたように振り返った。先ほどまで承也が掴んでいた木が、根こそぎ引き抜かれ、土砂や岩と入り乱れながら崖下へと滑り落ちていくところだった。その下には、底なしの深い谷が口を開けている。幹を掴んでいたはずの男の姿は、どこにも見当たらなかった。枝先から滴り落ちた雨粒が、莉奈の冷たい頬を打つ。彼女は血の気を失い、震える唇を開いたが、喉がひきつって声すら出なかった。その時、足元に垂れていた蔦が、ふいにグイッと強く下から引かれた。次の瞬間、黒いマウンテンパーカーをまとい、暗視ゴーグルを装着した長身の男が、一本の蔦を頼りに俊敏な動きで崖をよじ登ってくる姿が目に飛び込んできた。張り詰めていた糸が切れ、目元を濡らしていた雨水と一緒に、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。莉奈は早鐘のように打つ胸を押さえ、声を出して泣き出さないよう必死に歯を食いしばった。崖を登りきった承也は立ち上がり、泥だらけになった彼女の小さな顔と、赤く潤んだ目を見下ろした。胸の奥を激しく締め付けられるような愛おしさがこみ上げる。承也は迷わず大股で彼女に歩み寄ると、その後頭部を大きな手で引き寄せ、その唇を激しく塞いだ。彼はキスをしながら、莉奈の手に握られていた銃を自らの手へ移した。そして唇を離した瞬間、振り返りざまに林の奥へ向けて一発の銃弾を放つ。乾いた銃声が響き渡った。眉間を撃ち抜かれて







